星は遠くで輝いている(8)
楽しげに談笑する声は少女のものだった。入店と同時に一人が仲後に挨拶し、もう一人が軽く会釈をしたようだ。
その姿に「本当に来てたんだね」と驚き半分、嬉しさ半分の声を挨拶した少女が漏らし、もう一人の少女が「うん」と軽く答えてから、二人は入口近くで足を止めていた。
「あれ?鈴木さん?お久しぶりです」
「久しぶり」
一人の少女がカウンター席に座る鈴木を発見し、とても嬉しそうに声をかけているようだった。もう一人はそれに対して、一切の反応を見せていないのか、特に声が聞こえてくることはない。
それもそうだろうと幸善は思いながら、久世の揶揄いを受けていた相亀と一緒に、ようやく振り返って入口付近を見た。
そこに立っている少女の姿を確認し、幸善と相亀は揃って苦笑を浮かべる。
その姿に、そこで戸惑った表情をしていた少女も気づいたようで、その少女の視線が幸善と相亀の顔を見たところで止まった。
「あれ…?頼堂君と相亀君…?」
そう呟いた水月
「あれ?本当だ。二人も来てたんだね」
幸善達に近づいてきながら、二人が声をかけてくる。その姿をじっと眺めていた東雲が幸善の背中をメニューでつつき、振り返った幸善を笑顔で見つめてきた。
「知り合い?」
「ん?ああ、バイト先の同僚とその友達。この店を教えてくれた人」
「ああ、そうなんだぁ」
納得したように頷いてから、東雲が水月と穂村に向かって小さく会釈をした。それに二人も笑顔で会釈を返し、初対面は和やかに行われたように幸善は思っていた。
だが、幸善の気持ちとは裏腹に、幸善の隣で相亀と久世は途端に息を合わせたように、頻りに幸善の袖を引っ張っていた。今度は二人がかりで千切る勢いだ。
「引っ張るなよ」
「いや、良くそんな平静でいられるな。流石の俺でも分かったぞ?」
「そうだよ。君はその鈍感さを自身の取り柄だと思うべきだよ」
「ああ?何がだよ?」
幸善からすると謎でしかなかったのだが、見るからに怯えた反応を相亀と久世が見せていて、幸善はゆっくりと首を傾げた。
「何か、二人共顔色悪いな。特に久世」
「いや、まあ、この状況だし、それ以外にもいろいろとあったからね」
「普通に考えて、この状況で普通にしているお前がおかしいんだけどな」
二人が何を思っているのか分からないまま、幸善が水月達に視線を戻すと、水月がその場の様子を眺めながら不思議そうに聞いてきた。
「みんなはここで何を?」
「ああ、何か、俺の見送り会をしてくれていて」
「ああ…例の話だね」
うまく空気を読んでくれたらしく、水月は本部に行くという部分を誤魔化し、確認するように幸善を見てきた。その視線に幸善が軽く頷いた瞬間、東雲の座っている辺りから、やや大きな物音が聞こえたが、幸善はメニューをテーブルの上に置いたのだろうと気にすることはなかった。
「なら、私達も一緒に座ってもいい?」
水月が軽く鈴木に目を向けながら、そう聞いてきた。
確かに穂村と一緒に鈴木の近くに行くことはリスクしかない。そう思った幸善が許可を出すように頷こうとした瞬間、幸善の袖を相亀と久世が掴んできた。
どうしたのかと思いながら、幸善が二人を見てみると、二人は首が取れそうな勢いでかぶりを振ってくる。
「どうしたんだよ?」
「いや…友達同士の話もあるだろうし、邪魔をするのは…」
「そうそう…初対面だと遠慮することもあるかもしれないし…」
発作のある相亀はともかく、久世も拒否反応を示していることが幸善は不思議だった。久世のいつもの性格なら、さっさと相亀の両隣を空けて、そこに座らせるくらいのことはしそうだ。
そう考えていたら、二人と同じように穂村も水月の袖を掴んで、苦笑を浮かべていた。
「あんまり邪魔したら悪いから、向こうの席に行こうよ…」
そう水月に言いながら、穂村は頻りに東雲を見ている様子だった。何だか知らないが、穂村なりの優しさで気を遣っているようだ。
「いや、そんな気を遣わなくても…」
幸善がそう言おうとした瞬間、隣から相亀と久世の腕が光速で伸びてきて、幸善の口元にまとわりついた。気持ち悪いことこの上ないが、相亀は仙気を込めているのかと思うほどの本気の力で幸善の口を塞いでいて、少しも声を出すことができない。
それどころか、それは息苦しさも生むほどで、窒息すると幸善が必死に抗議の視線を二人に向けていたら、その背後で東雲が呟いた。
「いや、いいよ。全然気にしないで。幸善君の知り合いなら、一緒にお話ししようよ」
東雲のその一声に相亀と久世の力が弱まり、幸善はすぐに口元を押さえていた手を退けていた。それから、二人に抗議しようと幸善は叫びかけたが、二人は全身を強張らせたまま、まるで屍のように動く気配がない。
「あれ?どうした?」
二人の前で幸善が手を振ってみるが、二人は本当に屍のように一切の反応を示さない。
その様子に幸善が首を傾げていると、東雲に答えるように水月の声が聞こえてくる。
「本当?ありがとう」
そう水月が笑顔で答えた隣では、相亀や久世と同じように穂村が固まっていて、幸善の首は更に角度を増していく。
「みんな、どうしたんだ?」
幸善がそう呟いた直後、水月の隣に座っていた愛香がぽつりと呟いた。
「東雲さん…大変そう…」
幸善が振り返ると、その一言に同意するように我妻が頷いていて、幸善の首は復旧できないほどに傾くことになった。
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