星は遠くで輝いている(5)

 幸善の見送り会が開かれる当日を迎え、幸善は会場となるミミズクまでの道のりを一人で歩いていた。


 今回の主役は幸善であることから、迎えというか、どこかで待ち合わせをして、ミミズクまで行くのかと思っていたが、東雲からの指示は一人でミミズクに来るように、というものだった。


 幸善は一瞬、それに対する反論も考えたが、東雲に反論する無駄さを幸善は良く知っている。

 無駄な時間を過ごすくらいなら、大人しく指示に従って、ミミズクまで一人で向かおうと思い、幸善は一人でミミズクを訪れていた。


 既に数回訪れたことのある店だから、そこまでの道順を間違えるはずもない。

 幸善は迷うことなく、家からミミズクに到着し、店内の様子を確認することもなく、店に入っていく。


 扉を開いてドアベルの音を聞きながら、幸善はそこで東雲のサプライズという言葉を不意に思い出した。


 その瞬間、幸善は嫌な予感に襲われ、咄嗟に扉を開く手を止めようとしたが、既に開いてしまった扉を閉じることはできなかった。

 ドアベルの音に交じって、聞き覚えのある声が幸善の正面から聞こえてきた。


「よう、やっと来たのか」


 それは相亀だった。


「うわっ…」

「しぶとい汚れを発見してしまったみたいな反応するな」

「何で、お前がここにいるんだ?」

「サプライズ!」


 幸善が相亀のいる理由を聞いた瞬間、既に店内にいた東雲が飛び出して、満面の笑みでそう言ってきた。


「サプライズ…?」

「ほら、相亀君が来ると思ってなかったでしょ?呼んだら、幸善君が喜んでくれると思って」


 一切の曇りのない笑みを浮かべながら、そのように言ってきた東雲の姿に、幸善と相亀は共に言葉を失っていた。


 いや、喜ぶはずがないだろうとお互いに思っているのだが、それを口に出す厳しさはどちらも持っていなかったので、二人は静かに俯くことしかできない。


「あれ?どうしたの?」

「……いや…ありがとう…」


 幸善が噛み潰すように呟くと、東雲は満足したようで「どういたしまして」と答えながら、笑顔になっていた。


 幸善は言葉を噛み殺したまま、その後ろに目を向けて、そこで久世がこちらを見ながら、笑っていることに気がついた。

 その笑顔は殺意すら覚えさせるもので、幸善は同じく殺意を懐いた様子の相亀と一緒に久世を睨みつける。


「いらっしゃい」


 そこで幸善はカウンターの向こうから仲後なかご筱義しのぎに声をかけられ、仲後とその隣にいる福郎に向かって軽く頭を下げた。


 幸善が仲後と逢うのは葉様はざま涼介りょうすけが一方的に拒絶の言葉を吐き捨てたあの時以来だ。


 その後に刀を作ってもらうことになったのは知っているが、幸善は多少の気まずさを感じて、少し大人しくしていると、相亀がこっそりと話しかけてきた。


「あの人が水月みなづきの刀の?」

「うん、そう」


 そのように確認していると、我妻が幸善と相亀の近くまで来て、その背中を押してくる。


「ほら、二人共、席は向こうだ」

「ああ、我妻。というか、大丈夫なのか?」


 前回、我妻がミミズクを訪れた時は、ゴーグルやマスクを装備して、完全にアレルギー対策が取られた状態だった。

 それ故に暑さにやられ、幸善達は長居することができなかったのだが、今日の我妻は何も装備していない。


 その状態で何かしらの症状が出るのではないかと思ったが、我妻は軽くかぶりを振るだけだった。


「大丈夫だ。近づかなければどうということはない」

「スナイパーみたいなことを言ってるな」


 心配する気持ちは強いながらも、我妻が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。こういうところで、そういう嘘はつかないのが我妻だ。

 幸善は納得することにして、我妻の示した店の隅の方のテーブル席に移動することにした。そこには既に東雲や久世、愛香が座っている。


 その三人の姿を見ていたら、幸善は相亀の存在が改めて異質に感じていた。


「つーか、お前は何で呼び出されて素直に来てるんだよ?」

「いや、最初はお前のことを話に出さずに普通に呼び出されたんだよ。それを断ることができなくて、なし崩し的に応じたら、こうなった」

「お前…間接的でもダメなのか?」

「別にテンパったわけじゃないから。そうなりそうだったから断れなかっただけだから」

「ああ…」


 幸善は東雲に呼び出された相亀が断り、東雲に付きまとわれる様子を簡単に想像できた。それに動揺する相亀の姿も簡単に想像できて、幸善は言葉を失ってしまう。


「やっぱり、間接的でもダメなんだな…」

「そうじゃないって言ってるだろうが」


 幸善の皮肉に相亀が苛立ちを見せた瞬間、店のドアベルが鳴って、幸善達の視線が自然とそちらに向く。


 そこで幸善と相亀はその寸前までのやり取りを忘れたように動きを止めた。


「いらっしゃい。久しぶりだね」


 仲後が入ってきた人物に声をかけ、入ってきた人物がそれに答える。


「いろいろありまして」


 そう笑いながら言ったのは鈴木すずき蕪人かぶとだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る