星は遠くで輝いている(6)
ミミズクにあるテーブル席の内、片隅にある二席を占拠する形で、東雲達は席についていた。そこに置かれたメニューを各々眺めながら、何を頼もうかと和気藹々とした雰囲気で話し合っている。
その一方で、幸善と相亀はピリピリとした緊張感をまといながら、店内に入ってきた鈴木の動向を窺っていた。
鈴木はカウンター席にまっすぐに向かい、そこで仲後に何かを頼んでから、チラリとこちらを見てくる。
幸善と相亀が鈴木の素性を知っている一方で、鈴木が幸善や相亀のことを知っているのかは分からない。
Q支部に連行した人物はラウド・ディールであり、幸善と相亀は一切関与していないので、二人のことを知らない可能性は十分にある。
しかし、それも憶測でしかない。
鈴木がパンク・ド・キッドと繋がっていた以上、キッドから情報を得ていた可能性はある。この店で接触した時点で、幸善のことを知っていたかもしれない。
ただそれは可能性であり、知らない可能性も十分にあるので、幸善から情報を漏らすこともできない。
幸善と相亀は鈴木を強く警戒しながらも、そこに対して下手な接触はできなかった。
「二人共」
鈴木に意識を向けていたことで、東雲達の会話の外にいた幸善と相亀が呼ばれ、二人は自分を呼んだ東雲に目を向ける。
その途端、メニューを顔の前に突き出され、幸善と相亀は揃って目を丸くした。
「ほら、二人も見て。特に幸善君が決めないと意味がないよ」
「ああ…うん…」
東雲の圧に幸善は言葉を失い、相亀は困ったようにメニューから目を逸らしていた。差し出されるままにメニューを受け取り、幸善は鈴木のことを忘れたようにメニューを見始める。
その直後、相亀が幸善の肩を軽く小突くように腕をぶつけてきた。
「何だよ?」
「後ろに気づかれないように店の外を見てみろ」
相亀にそう言われ、幸善は視線だけを動かして、ミミズクの外を見た。
そこには特に変わったものがなく、強いて言うなら、壁に凭れかかりながらスマホを操作している男が一人いるくらいだ。
「見たが何だ?」
「外に立っている人は見覚えがある」
「え?どこで?」
そう聞いた幸善に相亀は黙って視線だけを寄越し、それが簡単に言えない場所であることを幸善は察した。
つまり、見た場所はQ支部であり、外にいる男は奇隠の仙人であるということだ。
「だとして、どうして?」
「ここにいるはずがないのに、自由にいると思ったら、そういうことなんだろう」
そう言いながら、相亀は急に興味を失ったようにメニューに目を落とし、幸善はカウンターに座る鈴木を思い出していた。
奇隠は鈴木を餌にしている。それが理解できた幸善は鈴木に下手な行動は取れないと判断し、鈴木を気にすることをやめて、東雲に言われるまま、渡されたメニューを相亀と一緒に眺めようとした。
その瞬間のことだった。
「あれ?」
不意に背後から鈴木の声が聞こえ、幸善と相亀の背筋は鉄筋が入っているように固まった。
まさか、声をかけてきたのかと思った直後、鈴木の立ち上がる音が聞こえ、こちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。
動き出したのかと思った幸善がミミズクの外に目を向けてみると、そこに立っている男がスマホを手に取ったまま、こちらをまっすぐに見つめてきていることが分かった。
それらの様子に何かが起きてしまうのかと考えた幸善と相亀が息を呑んだ。
その直後、鈴木が口を開いた。
「四織ちゃん?」
その声に愛香が顔を上げ、近づいてくる鈴木を見た。
「あれ?蕪人さん?」
「え?知り合い?」
「うん。お姉ちゃんの恋人」
そう言われた鈴木が軽く会釈をしてから、手前に座っていた幸善を見てきた。
「君達には一度あったけど、まさか、四織ちゃんの知り合いだったんだね」
「こっちの台詞ですよ。鈴木さんが愛香さんと知り合いだなんて知りませんでした」
そう朗らかに話し合う東雲と鈴木の雰囲気に、店の外にいる男は大丈夫と判断したのか、再びスマホを眺めていた。
その様子に何も起こらなかったことを安堵しながら、幸善が軽く挨拶するように話している鈴木を見ていたら、最後に鈴木が幸善と相亀の近くで軽く屈んで呟いてきた。
「だけど、解放されてすぐに逢えるとは思わなかったよ」
その一言の後に「邪魔して悪かったね」と言ってから、鈴木が再びカウンター席に戻っていく。
それを見送ってから、幸善は鈴木の呟いた一言を確認するように相亀を見ていた。そこで相亀と視線が交わり、二人は引き攣った笑みを浮かべる。
幸善の見送り会は本格的に始まる前から、不穏な空気が漂うことになった。
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