風は止まる所を知らない(8)
丸太を部屋の中に連れ込み、椅子に押し込んでから、幸善はその丸太に向かって、自分語りを始めた。
妖怪の声が理解できる理由を特定するために、幸善の気を本部で検査してもらっていたのだが、その結果、幸善の気には仙気以外に妖気が混ざっていることが判明した。
その事実を目の前の丸太に伝えたが、丸太は幸善の想像とは違い、一切の反応を見せなかった。もちろん、丸太であるのだから、反応しないことは当たり前だ。
しかし、実際は丸太という名の相亀だ。
丸太に生まれ、丸太に育っただけで、実際は丸太とはかけ離れた存在。それが相亀だ。
今の話に全く反応を見せないなど、本当に丸太になってしまったのかと、心配こそしなかったが、考えるほどに幸善の前に座った相亀は特に何も言わなかった。
それどころか、幸善の話が終わったと空気的に察したのだろう。そのタイミングに合わせて、相亀は一言だけ言ってきた。
「で?」
「いや、もっとあるだろうが!?普通はもっと驚くとか、それなりの反応を見せるだろうが!?」
「まあ、確かに。妖気が混ざっているという部分は驚くこともなくはないが、そもそも、お前は妖怪の声が聞けたり、仙術を使えたり、普通と明らかに違うところが多かったからな。今更、妖気が混ざってましたくらいの情報では驚かんよ」
「じゃあ、何だったら驚いたんだよ?」
「実は死んでましたか、実は妖怪でしたか…いや、実は俺と兄弟でしたが一番驚くな」
「それは俺も自殺するレベルでショックを受けるよ」
同い年で兄弟ということはほとんど確定的に双子だ。相亀と同じタイミングで、同じ母親の腹の中にいたなど、考えるだけで虫唾が走る。
「まあ、冗談はそれくらいにして、確かに妖気が混ざっているっていうのは普通じゃ考えられないことだが、何をそんなに悩んでいるんだ?妖気が混ざっていたら家に上げてもらえないのか?」
「そんな限定的な勘当の条件はない」
幸善は相亀の対応に調子を狂わされながら、何とか自分の気持ちをまとめようと、少し俯いて言葉を考える。
「何か、俺の身体は聞いたことがない状態で、そういう状態の俺って何者なんだろうって思ったら、いろいろと不安になって…その秘密を知りたいって思う気持ちと、知りたくないって思う気持ちに挟まれて、どうしたらいいのか分からない…みたいな感じで…」
自分の中で渦巻く不安を伝えようと、幸善は必死に言葉を選びながらそう言ったが、その言葉は微塵も相亀に刺さっていなかったようで、相亀は白い目で幸善を見るだけだった。
「何だそれ?自分探し中の大学生みたいなことを言い出したな」
「何だそれって…考えるだろうが、俺はどういう存在なのかとか。もしかしたら…」
「妖怪かもしれない、とか、人型かもしれない、とか、そういうことか?だとしたら、何なんだ?」
「だとしたら…」
「嫌なのか?生きることも嫌になるのか?あれだけ妖怪を受け入れると言っていたお前が全てを否定して、妖怪という存在を嫌悪するのか?」
「違う!そんなことはしない!」
「なら、関係ないだろうが。お前が何者であるかとか、そういうことはどうでもいい。今のお前は高校生で、仙人で、頼堂幸善っていう名前の人間だ。そう思ったら、それが答えだ。悩む必要がどこにある」
椅子に座ったまま、そこから一切動くことなく、相亀は幸善の顔を見上げながら、そう平然と言っていた。
「妖怪とか、人型とか、そういう定義はどうでもいいよ。本人がそう思って、周りが間違ってないって思うなら、それが答えでいいだろう?誰かが認めなくて、お前を排除しようとしても、少なくとも、冲方隊の全員がそんなことはないって肯定してやるよ。それ以外に何か必要なのか?それともなんだ?お前の敵になろうとする奴の許しがないと、お前は生きることも諦めるのかよ?」
幸善の悩みは些末なことである。そう言わんばかりに相亀は堂々とそう宣言し、その態度の大きさに幸善は自然と笑みが零れていた。
相亀の言うことは何も間違っていなかった。
幸善が正しいと信じることがあるのなら、それを信じるだけで良かったのだ。それ以上に悩む必要など最初からなかった。
それはずっと前から分かっていたことのはずだ。妖怪を敵視する葉様の考えに真っ向から対抗したのも、そこに正当な理由があるからではなく、自分が正しいと思ったことに反することだったからだ。それ以上の理由はなかった。
なら、今回もそれだけで良かったと相亀に言われるまで気づかなかった自分に、幸善は恥ずかしさすら覚えていた。
悩んでいたことが非常に馬鹿らしい。それを馬鹿らしい姿になった相亀に気づかされた。
「ていうか、喜べよ。お前の望むことを実現するためには、お前の力の秘密が分かった方がいいだろう?それに一歩でも近づいたなら、それは十分な成果じゃないか」
「何かお前…女性が苦手なところ以外は結構変わってきたな」
「別に変わってねぇーよ。ただ悩みっていうのは大概単純な方法で解決するってことを知ってしまっただけだよ」
「例えば?」
試しに幸善がそう聞いた瞬間、相亀はニヤリと不敵な笑みを浮かべて、可能な限り腕を上げた。
「拳」
「脳筋じゃねぇーか」
そうツッコミを入れながら、幸善は悩んでいたことをやめて、本部に行くという話を受けようと考えていた。
この後すぐにでも、そのことを鬼山に伝えに行こうと幸善が思った直後、タイミングを見計らっていたようにスマホが震えた。
何かと思って幸善がスマホを取り出すと、それは一通のメールが届いた通知だった。
そのメールを開いた瞬間、幸善はそこに書かれた文面を見て、顔を一気に青褪めさせることになる。
その変化に流石の相亀も不思議に思ったのか、さっきとは違い、少し覗き込むように顔を見てきた。
「どうした?何かあったか?さっきよりも顔色が悪いぞ?」
「……来た…」
「え?」
「死亡宣告が来た…」
そう呟いた幸善のスマホに届いたメールは結果を伝えるものだった。
幸善の気の検査結果ではもちろんない。
それは
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