星は遠くで輝いている(1)

 頼堂らいどう幸善ゆきよしに一つの荷物が届いたのは、幸善が自身の気に関する話を知り、本部行きを決めた翌日のことだった。


 まさか、当日に――それも幸善に話してから一時間も経たない内に――幸善が自分を訪ねてくるとは思っていなかったらしく、鬼山きやま泰羅たいらは非常に驚いた気持ちをそのまま表情に出していた。


 そこで幸善が本部に行く話を受けると伝えると、早速鬼山がその話を進めるために動き出してくれたのだが、そこで一つの問題が発覚した。


 それがパスポート問題だった。


 非常に大規模なQ支部がある時点で分かることだが、奇隠の本部は日本国内には存在していない。

 本部がある場所は海外であり、その海外に渡るためにはパスポートが必要だ。これは一般的な常識であり、そこに仙人であるかどうかは関係のないことだ。


 しかし、幸善はこれまで海外旅行を一度もしたことがなく、パスポートは持っていなかった。


 まずはその手配が必要であり、そうなると必然的に時間がかかるので、本部行きは自然と遅くなってしまう。


 そのことを幸善は不可抗力ながらも申し訳なく思ったが、鬼山は気にすることはないと優しく対応してくれていた。


 それに惚れることこそなかったが、鬼山が異性であれば分からなかったと幸善は思っていたのだが、届いた荷物を確認したことで、それが鬼山の優しさでも何でもなかったことに幸善は気づいた。


 気にすることはない。鬼山の言っていたことはただの事実だった。

 何故なら、翌日に届いた荷物は幸善のパスポートだったのだ。


 それも宅配便で届けられたことから、明らかに正規な方法ではないのだが、中に入っているパスポートは本物であるようだったので、恐らく、政府と繋がりのある奇隠が何かしらの手回しをしたのだろう。

 それがそのパスポートから分かり、幸善は思わず表情を引き攣らせていた。


 分かり切っていたことだが、奇隠という組織は相当な力を持っているらしい。

 改めて、そのことを理解して、幸善は恐怖すら覚えた。


「パスポート?」


 表情を引き攣らせる幸善が気になったのか、手元を覗き込みながら、ノワールがそう呟いた。


「ああ、ちょっと海外に行くことになってな」

「旅行か?」

「そういう話じゃない」


 そう言いながら、幸善は一切の説明を家族の誰にもしていないことを思い出した。

 もちろん、説明できる内容でないことは分かっているのだが、何も言わないで海外に行くために数日間も家を空けることはできない。


 そこをどうするのだろうかと思っていたら、目の前のノワールには説明できることに幸善は気づいた。


「どうした?」


 自分の顔をじっと見つめる幸善を不審に思ったのか、ノワールが眉を顰めながら、そう聞いてくる。


「実はな、ノワール」


 幸善は判明した自分の気に関する情報を伝えてから、本部に呼び出されていると事情を説明し、その説明を他の家族にどうするべきかと相談してみる。


「つまり、実はお前が妖怪だったから、本部に連行されるってことか?」

「いや、違うから。そうだったら、パスポートとか取らないから」

「でも、そっちの方がまだ説明しやすいんだが?そもそも、説明しづらいことに説明しづらいことが絡まって、どうやって説明するんだよ?」


 幸善に思いつかないことを自分が思いつけるはずもないと言いたげなノワールに、幸善は言葉もなかった。

 それは本当にノワールの言っている通りだ。自分に説明できないことを人に説明できるはずがない。


 そもそも、説明できないことなのだから説明できないと思っているのに、それを説明するように頼んでいることが馬鹿馬鹿しい。


「ていうか、そういうことは奇隠に相談しろよ。そのパスポートを見るに、そっちの方が何か策があるんじゃないか?」

「まあ、確かにその可能性は高いけど、どうやって説明するんだ?」


 幸善とノワールがそう悩んでいる最中のことだ。不意に家のチャイムが鳴らされ、それに答えるように頼堂千幸ちゆきの声が聞こえてきた。


「あれ?どうされたんですか?」


 次にワントーン高くなったその声が聞こえ、幸善とノワールがどうしたのだろうかと顔を覗かせてみると、玄関で千幸が来客の対応をしている姿が見えた。


 ただ問題はその対応ではなく、来客の方だ。

 一人は見たことのない女性で、幸善は何も思わなかったのだが、その隣に立っている人物が問題だった。


 その人物を見た千幸が同じように驚いたらしく、その人物を呼ぶように呟く。


「先生?」


 そう言われた人物は幸善の担任にして、序列持ちナンバーズの一人、七実ななみ春馬はるまだった。

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