月と太陽は二つも存在しない(29)

 唐突に発生した非常事態だったが、終わってみるとそれはとても大きな収穫を齎していた。


 二体の人型の確保。それは今後の奇隠の方針を定めていく上で、重要な情報を齎してくれる可能性がある。


 未だに重戸えと茉莉まりは口を割っていないが、見るからに若い二人の子供であるなら、口を割る可能性も非常に高く、重戸から得られない情報が得られるかもしれない。


 その期待は大きく、鬼山を始めとするQ支部の面々は二体の人型から話を聞こうと思ったのだが、そこに一つだけ問題があった。


 それが確保した二体の人型が共に男の子である点だ。

 それも同じ姿をした男の子であり、見る限りはそこに違いが存在しない。


 片方は意識を失っており、もう片方は拘束されて、妖術が使えない状態になっていることから、その現象が妖術ではないと分かるのだが、妖術ではないとすると、その見た目が同じである理由が分からない。


 その理由を特定できなければ、想定外の事態が発生する可能性がある。

 記憶や意識が共有され、その影響からQ支部に危機が訪れては元も子もないことだ。


 そう判断した鬼山の考えの下、特別留置室での取り調べは特別な形が取られることになった。


 それが二人の男の子の取り調べを同時に行うというものだ。それも違う部屋ではなく、一つの部屋の中で。


 何故、その手段を選んだのか。その理由は端的に対処の簡単さにある。


 二つの部屋に分かれて、非常事態が起きた際、その対処のために片方の部屋に人を割く必要があるが、その場合にもう一つの部屋で問題が起きると、そちらの対処に手が回らない可能性がある。


 特に人型の対処となると、その手段として序列持ちは数に入れたいものだが、その序列持ちの数にも限りがあって、そこを割くこと以上に危険なこともない。


 それにQ支部は重戸も捕縛している状態だ。そちらも考えると、完璧な対処のためには、その部屋数は少なければ少ない方がいい。

 その判断から、男の子は一つの部屋に入れられ、そこで鬼山達が話を聞くことに決まったのだ。


 ただし、一つの部屋に集めるリスクも存在するので、それに関することだけ先にいくつか検証する必要はあった。


 そこで男の子の意識の繋がりなどを含めた、いくつかの実験のような行為が行われたのだが、そこで判明した事実は意外なものが多かった。


 まず、男の子同士の意識の共有だが、行われていない可能性が高いことが判明した。


 つまり、一つの部屋に男の子を入れたことで、そこで何かしらの共鳴を起こし、想定外の被害が出る可能性は少なくなった。


 それから、それぞれの認識だが、意識の共有とは関係なく、できていないようだった。


 それは端的に互いの居場所を知ることができないというよりも、気の探知ができていないと考えた方が普通である結果で、人型の基礎能力から考えると、普通はあり得ないものだ。


 ただ男の子は二つの妖術を扱っていた証言があるので、何かしらの能力を持っていなかった代わりに、他の部分で大きな力を持っていた可能性は高いと思われ、その部分を深く掘り下げることはなかった。


 そして、二体の人型の捕縛から十八時間後、二体の人型は一つの部屋に連行され、そこから、取り調べが始まることになった。


 互いをできるだけ認識させないように、二体の人型はそれぞれ目隠しをつけられ、特別留置室に連行される。

 そこで対面し、ディールや秋奈が部屋の外で待機する中、鬼山が二人の男の子から話を聞く予定だった。


 しかし、問題は唐突に発生した。


 それは二体の人型を特別留置室に連行し、そこで目隠しを外した直後のことだった。


 二体の人型は連れてこられた部屋を確認してから、お互いの姿を見つめて、そこで唐突に動きを止めた。

 その目は揃って丸く見開かれ、まるで相手も自分と同じ格好をしているとは思っていなかったように思えるものだ。


 しかし、男の子が女の子に、女の子が男の子に変わることは事前に聞いている。

 もう一体の人型がどちらの格好でいたとしても、そこに不思議はないはずだ。


 そう鬼山は思ったのだが、その反応は想定外に大きく、二人の男の子は目を見開いたまま、次第に口を小さく動かし始めていた。


「どうした?」


 流石におかしいと考え、鬼山が声をかけてみるが、二体の人型はその声に反応することなく、小さく動き始めた口から、声とは言えない音が漏れ始める。


「あぐあぅ…ぐがっ!」

「ががぐ…がごっ!」

「おい…?何だ?どうした?」


 その異常事態にディールと秋奈も部屋の中に入ってくるが、男の子達の変化は攻撃的な何かではなく、二人が入ってきた時には口の端から泡を吹き出していた。


 そのまま、二体の人型はその場所に倒れ込んで、一切動かなくなる。


「何が起きた?」


 そう呟く鬼山の隣で、ディールが男の子の近くに座り込み、その様子を見るが、舌打ちをするだけで何も言わない。


「どうしました?」


 鬼山がそう聞くと、ディールは眉を顰めたまま振り返り、ゆっくりとかぶりを振った。


「どっちもぁ。終わりぃ」


 それだけ言い残して、ディールは特別留置室から去ってしまう。


 その後に鬼山も確認してみるが、確かにディールが言った通り、二体の人型はどちらも既にしていた。


「どういうことだ?」


 その事実に鬼山は首を傾げることになったが、その理由が判明することはもちろんなかった。

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