月と太陽は二つも存在しない(25)
開かずのトイレに入る幸善を目撃した直後のことだ。
その直前まで姿を消していた男の子が再び東雲の前に現れていた。
その再登場に驚きながら、東雲はどこに行っていたのか聞こうとしたが、男の子は東雲の質問に答えることなく、一つの質問をしてきた。
それが幸善の秘密が気になるかというものだ。
その質問を聞いた瞬間、東雲の中で膨らんでいたそれまでの疑問は綺麗さっぱりと消え、幸善の隠している何かに対する好奇心だけが残っていた。
もしも気になるのなら、幸善に質問してみるように提案してから、男の子は最後に約束をしてきた。
仮に幸善が話さなかったのなら、この公園でもう一度逢おう、と。そこでその秘密を暴くために協力する、と。
それから、東雲は幸善に何を隠しているのか聞いたのだが、幸善はそれに答えることがなかった。
このままだと何も分からない。そう思った東雲が男の子と約束をした公園に向かうことは必然だった。
東雲は背後で幸善達が尾行していることに気づくこともなく、男の子と約束している公園にまっすぐ向かう。
その間に幸善は葉様と逢うなどの出来事が起きていたが、東雲には特に何もなく、学校から公園まで、ほとんど最短に近い形で到着していた。
そこには約束通り、青い髪のあの男の子が待っていた。
「やあ、お姉ちゃん」
「こんにちは。あの約束のことで来たんだけど」
そう東雲が呟くと、男の子は子供らしい笑顔を崩すことなく聞いてくる。
「やっぱり、話してくれなかった?」
「やっぱりって、話さないと思ってたの?」
「うん。だって、秘密ってそういうものだよね?」
そう簡単に話さないから、秘密は秘密たり得ている。
男の子の達観した主張に東雲は驚きながらも、男の子が何かを知っているのではないかという期待に、ほんの少し胸が躍るようだった。
どうしてかは分からないが、自分は幸善に関して何も知らないと思えば思うほどに、胸の奥が痛む感覚に襲われる。
その感覚が少しでも和らぐかもしれない。その予感に東雲は男の子の手を握り、頼み込んでいた。
「何か知っているなら、教えてくれる?」
しかし、男の子はゆっくりとかぶりを振るだけだ。
「ごめんね。何も知らないんだ」
「そう…なんだ…そうだよね…普通は知らないよね…」
一方的な期待が膨らんでいたことから、東雲は男の子のその返答に、勝手に落胆してしまっていた。
それが身勝手なことであるとは分かっているのだが、膨らんでしまった期待を最初からなかったことにはできない。
もしかしたら、何かが分かるかもしれないと思ってしまった気持ちにまで目を瞑ることはできない。
その落胆を察知したのか、最初からそう言おうと思っていたのか、男の子が近くのベンチを指差してきた。
「少し、そこに座って待ってみる?」
「座って待つ?どうして?」
「あそこに誰が入っていくのか、確認してみない?」
幸善が女性と一緒に入っていく瞬間を目撃した。
それはつまり、幸善以外にもあの開かずのトイレに入っていく人がいるということになるのだが、その部分を東雲は完全に失念していた。
そこから調べることもできるのかと、男の子の提案を受けてようやく気づき、東雲は言われるがまま、その近くのベンチに座ることにした。
そこで再び、唐突に男の子が姿を消した。
男の子はどこに行ってしまったのだろうかと思いながら、東雲は公園の中を見回してみる。
あの見た目だから、少し離れていても、その姿は目立つはずだ。
そう思っているのだが、男の子の姿は公園の中に見当たらない。
それに疑問を覚えた東雲が一度、男の子を探してみようと思い、ベンチから立ち上がろうとした。
その時にちょうど、奇妙な香りが漂っていることに気づいた。
それは日常の中で嗅いだ覚えのない非常に特徴的な香りだったのだが、その香りを嗅いだ東雲はそれが初めてである気がしなかった。
他の場所で嗅いだことがある気はするのだが、その他の場所がどこなのか思い出せない。
香り自体は非常に特徴的で、一度嗅いだら忘れるようなものではないはずなのだが、一向に思い出せないことを東雲は少しずつ不思議に思い始めていた。
これは一体、どこで嗅いだ香りだっただろうか。そう思えば思うほどに、東雲の視界がだんだんとぼやけていく。
気づけば、東雲は抗えない睡魔に襲われ、ゆっくりと瞼を閉じようとしていた。
その時になって、東雲はようやく思い出した。
この香りを嗅いだ時、以前もこのような感覚に陥った、と。
そう気づいた時には既に遅く、東雲はそのまま、夢の世界に落ちていた。
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