月と太陽は二つも存在しない(20)

 七実の用いる仙技はしばしばと表現されることがあった。それも、少しずつ本人も気づかない内に体内を蝕んでいく遅効性の毒だ。

 気づいた時には対象の感覚を狂わせ、自分の認識している世界と実際の世界に差異が存在していることにも気づかせないまま、その相手の行動を封じることができる。


 実際の破壊力は皆無に等しいが、その補助と考えると最高クラスの仙技だろう。


 しかし、それは七実の持つ生来の仙気の薄さがあって、ようやく実現できることだった。


 本来の仙気の濃さだと、その状況を作り出す前に、相手に仙気の存在を悟られてしまう。

 そうなったら、流石に何かをしていることは相手も分かってしまうので、その仙気で相手の感覚が完全に狂う前に、何らかの対策を打たれてしまうからだ。


 牛梁はそれを後天的に身につけようとしたが、それは非常に困難だった。


 天性の身体の柔らかさを持った人間に近づこうと、どれだけストレッチを繰り返しても、その柔らかさには限度があるように、どれだけ仙気を薄めようと努力しても、到達できない領域がある。


 それができなければ、七実の仙技の再現は不可能であり、自分には扱えないものなのだと牛梁も思いかけていた。


 しかし、そこで七実が一つの秘策を授けてくれた。


 それが七実の仙技の応用であり、七実自身はその仙気の性質から、うまく使用することができなかった裏技だ。


 そこまでなら、牛梁でも可能かもしれないと言われ、七実から教わった仙技を牛梁はようやく実戦で試し、そして、成功させていた。

 その証拠となる姿を目の前にし、牛梁は実感する。自分にも可能だったとようやく自信を持つ。


「何をしてるの…?」


 女の子は不思議そうにそう聞いてくるが、教えるはずがなかった。


「何も」


 牛梁はそれ以外の返答を知らないように、そう答えることしかしない。


 それもそのはずだ。この力は理解されると簡単に対処される。


 言ってしまえば、初見で油断していたからこそ、ようやく成立したものであり、知られてしまうと普通の妖怪が相手でも通用するかは怪しく、人型となるとほとんど通用しないと考えるべきだろう。


 その秘策を牛梁は七実の仙技の印象から発展させ、と表現していた。


 七実の仙技が遅効性の毒なら、牛梁のやったことは一瞬で人を死に至らしめる猛毒そのものだ。


 その猛毒を再度与えるために、牛梁は女の子に接近していた。既に一度食らっている女の子がその動きに対応することは不可能だ。


 そう思った通りに、女の子は走ってくる牛梁に炎を飛ばそうとしているが、その対応は全て遅く、牛梁は意識して避けるまでもなく、その炎を食らわずに女の子に接近していく。


「どうして…!?当たらない…!?」


 そう叫びながら、女の子がバックジャンプで逃げようとしたところを狙って、牛梁は大きく踏み込んだ。女の子を狙って拳を振るうが、その拳は女の子に当たることなく、女の子の前を横切っていく。


 その瞬間、牛梁はその拳から垂れ流すように、仙気を女の子の身体に飛ばした。

 それは女の子の身体にぶつかり、女の子の身体に影響を与えていく。


 これこそが猛毒の正体だ。


 牛梁は七実のように少しずつ影響を与えるのではなく、一定以上の仙気を一度に与えて、大きく身体の感覚を狂わせる。その方法を取っていた。


 女の子がそれに気づいたかどうかは分からない。


 ただし、着地の瞬間まで既にズレが生じているはずなので、その違和感は大きくなっているはずだ。

 何をされたかは分からないにしても、何とかしないといけないとは思っているに違いない。


 それをさせる前に、目の前の女の子を倒し切ろうと考えて、牛梁は水月に声をかけた。


「水月!今の内に押し切るぞ!」


 その声に水月が頷き、牛梁と一緒に女の子に接近していく。女の子はそれを遮るために、自分の周囲に炎を展開したが、それで進路が阻まれるわけでもない。

 牛梁と水月がその中に飛び込もうとした。


 その瞬間のことだ。女の子が自分の目を触り、そこからを取り出した。

 正確には、を目から外していた。


 次に赤い髪を掴んだかと思うと、そのまま引っ張って、頭から引き剥がしている。

 その下から一切の頭髪の生えていない頭が露わになり、牛梁と水月が驚きから一瞬、固まった。


 一体、何をしているのだろうか、と牛梁と水月が考える目の前で、女の子は服を脱ぎ、下着姿になっていた。


 それから、服の中から別の服と今度はを引っ張り出してきた。


「何を…?」


 水月が隣で呟いた声を聞き、牛梁は我に返った。女の子の突然の行動に驚き、ただ漠然と見守っていたが、そういう場面ではない。


 相手が人型であると分かっているのなら、それを無視して詰め寄るべきだ。

 そう考えた牛梁が水月に声をかけ、女の子に踏み込もうとする。


 その時には女の子が新たに取り出した服を着て、青い髪の毛を頭の上に置き、最後に青いカラーコンタクトを入れていた。


 その姿は完全にのもので、その姿になった瞬間、女の子が呟いた。


「やるよ、


 それは完全にだった。


 次の瞬間、地面が一気に凍結し、牛梁と水月の足が地面に固定されていた。

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