月と太陽は二つも存在しない(16)

 人を容易に飲み込む大きさの火球や炎による瞬間的な移動、近づくだけで肌を焼くほどの高熱を始めとする水月や牛梁が厄介と感じる行動の多くは、一定の準備が必要のようだった。

 飛びかかってくる水月や牛梁を阻むために、女の子が差し向けた炎はそれらに比べると、威力の弱い大玉サイズの火球だ。


 それでも、水月や牛梁の進路を阻むには十分だったが、その足が遅くなるだけで、完全に足止めができているわけではなかった。


 水月は飛来する火球を二本の刀で切り払いながら、女の子との間に開いた距離を詰めていく。それは隣を走る牛梁も同じであり、牛梁は刀の代わりに両腕を振るいながら、女の子に接近していた。


「こっちに来ないで」


 女の子は拒絶するように呟き、更に背後に跳びながら、足元に炎を生み出すように落としていた。それは着地と同時に広がり、水月達と女の子の間に炎の壁を作り出す。


 それは本来、圧倒的な高熱で人の接近を阻む強力な壁となるはずなのだが、それはあくまで対象が人である場合の話で、仙人である水月や牛梁が相手になると、少し話が違っていた。


 実際、二人は女の子が火球を放ったとしても、その熱によるダメージを受けることなく、刀や腕で振り払っている。


 それを可能としているのが、二人の身にまとっている仙気だ。それが炎との間に割って入り、防火服のような役割を果たしていた。


 そのため、熱以外に対象を阻む要素のない炎の壁は、二人には通じなかった。水月は刀を振るいながら、牛梁は両腕で顔だけは覆いながら、その中に突入し、向こう側にいる女の子の前に飛び出している。


 その姿に女の子は驚きながらも、咄嗟に片手を大きく振るっていた。その指先から細かい光が飛び散り、水月達の目の前に広がっていく。

 その正体を水月も牛梁もすぐに理解することができなかったのだが、そこから更に踏み込み、女の子に接近しようとした時に分かった。


 それは細かな火花だった。石と石がぶつかり、そこから飛び出すような本当に小さな火花だ。それが二人の目の前を広がりながら、飛び散っていた。


 それがどうしたと見たものの多くが思うもので、実際に水月と牛梁も何をしたいのだろうかとは思ったが、その火花を警戒することはなかった。

 苦し紛れに取った咄嗟の行動。その判断がその状況から最も的確だと思われた。


 しかし、そこには大事な要素が一つ足りていなかった。


 相手は人型である。今回の戦いに於いて、忘れてはいけない最も重大な要素だ。


 それを失念していたことで、水月と牛梁はその火花の中を突っ切ろうとした。その先にいる女の子に近づくために二人は躊躇うことなく飛び込んだ。

 飛び散った火花が突っ込んできた水月と牛梁の身体に触れる。


 その直後、その空間を立て続けにが襲った。水月と牛梁は爆発に襲われ、強制的に背後に引き戻された。


 細かな爆発に押されるように、二人の身体は軽く宙を舞って、その背後の地面に背中から着地する。細かな爆発は仙気の保護を突き破り、その体表に細かな火傷をいくつも作り出していた。


 その痛みに耐えながら、二人は起き上がって、目の前に立つ女の子を見た。女の子はとても子供とは思えない不気味な笑みを浮かべている。


「馬鹿だな。突っ込むなんて」

「やってしまった。油断した」


 即座に命を奪ってくるほどの攻撃ではなかったことから、二人は背中を地面に打ちつけて、細かな火傷を負うだけで済んだが、今の一撃が命に届く一撃だったら、二人はその瞬間に死んでいた。


 相手が人型であることを思い出し、これ以上の油断は許されない。水月はそう考えながら刀を構え、牛梁は再び女の子の姿を見据えようとする。


 しかし、この時の二人は気づいていなかった。


 今の攻撃は二人の命を奪うほどではなかったが、二人のとしては確実に成功していた事実に。


 今の爆発は確かに二人の足を止め、女の子に僅かばかりの時間を与えていた。

 そして、その時間は女の子にとって十分過ぎるほどの時間だったようだ。


 水月と牛梁が顔を向けた先には、既に姿。二人はその事実に驚き、一瞬、思考が停止する。


 どこに行ったのか。その疑問が生じ、その答えを見つけ出すまでに時間はかからなかった。

 ただ、その一瞬の時間も許されないことは、答えが見つかったからこそ理解できていた。


 次の瞬間、牛梁はで身体が吹き飛んでいた。公園の地面を何度も転がり、十数メートル先でようやく停止する。


 その心配をするよりも先に水月は二本の刀を構え、さっきまで牛梁が立っていた方向を見た。

 そこには想定通り、赤い髪の女の子が立ち、水月に目を向けていた。


 ただし、想定とは一つだけ違い、女の子は水月の向けた刀のすぐ前で、片手を構えていた。


 その向けられた掌に水月が次の攻撃を理解した瞬間、そこから飛び出した炎が水月の身体を包み込んだ。

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