月と太陽は二つも存在しない(17)

 相亀が力任せに振り下ろし、地面に勢い良く衝突したことで、アスファルトは砕け散っていた。強烈な爆風と一緒に粉々になったアスファルトが四方に飛び散り、近くに立っていた氷漬けの葉様を細かく傷つけていく。


 足を振り下ろした相亀は、男の子の不意を突けたことに満足したようだ。笑みを浮かべながら、さっきまで男の子が立っていた場所を見下ろしていた。


 しかし、そこに強い違和感があることを幸善は気づいていた。


 相亀が上に立てるほどの大きさをしたアスファルトだ。それが振り下ろされ、その下敷きになったら、人間の身体は簡単に潰れる。


 それが仙人や人型になると、少し話が変わってくるかもしれないが、最低でも怪我は負うはずだ。あの大きさのアスファルトを仙人の力で振り下ろされ、無傷ということは流石にないだろう。


 そうなると、怪我を負った男の子の身体から血が飛び散り、多少なりとも、その場所を赤く汚していたはずだ。その光景のイメージは容易にできる。


 しかし、男の子が立っていた場所から、周囲に飛び散った物はしかなかった。

 軽く飛び散る程度の血痕も見当たらず、凍った葉様の表面には破片でつけられた傷しかない。どこにも男の子が負傷した跡が見当たらない。


 それを幸善が気づいた時には、笑っていた相亀の表情が歪み、振り下ろしたばかりの自分の足を見つめていた。


「これで邪魔者がもう一人、消えたね」


 その声が相亀の足元から聞こえ、相亀の足を這い上がるように、氷が相亀の足を飲み込み始めた。咄嗟に相亀が足元を蹴り飛ばし、その場所から離れるが、足を飲み込んだ氷はじわじわと相亀の身体を侵食している。


 爆風の起こしていた煙が晴れると、ようやく幸善の目にも、相亀の足元にあったものが映っていた。


 そこには男の子を覆う形でが作られていた。雪で作られたかまくらのようだが、それよりは何倍も硬いことが表面に残った傷痕から理解できる。


 考えてみると、アスファルトにアスファルトがぶつかり、四方にその破片が飛び散ったにしては破片の数が少なかった。

 だが、四方に飛び散ったアスファルトは一つ分で、相亀の足にくっついていた分だけと考えると、その量も理解できる。


 アスファルトを砕くだけの硬さを持った氷の壁。それが相亀の力すらも防ぎ、男の子を守ったとしたら、幸善達に打つ手はないかもしれない。

 葉様が完全に凍り、相亀も凍ろうとしている状況で、唯一残されている幸善は仙術を使えない。仙術を使えない幸善の実力は三級仙人の中でも劣るので、二人が相手できなくなった段階で、時間稼ぎすら怪しくなる。


 この状況でどうすれば良いのか。自分に何ができるのだろうか。それを考える幸善の前で、男の子が氷のかまくらから出てきた。


 相亀はまだ凍っていないにしても、足が凍らせられた状態では自由に動くことができない。そちらは既に対応できたと考えるなら、男の子の相手は幸善だけになるだろう。


 ここは自分が相手しないといけない。実力的にどうであれ、それ以外に生き残る道は用意されていない。

 幸善は精一杯の対応をするべく、男の子の前で身構えた。


 その瞬間だった。猛烈に響くガタガタという音を立てながら、男の子に接近する人影がいた。


 それは足を凍らせられ、男の子から離れたはずの相亀だ。凍った足を気にすることなく、そのままの状態でひた走り、男の子に接近すると足を思いっ切り振り上げて、男の子を蹴り飛ばそうとした。

 その動きに気づいた男の子が、咄嗟に氷の壁を眼前に作り出し、その攻撃から身を守ろうとした。


 しかし、ここに一つ男の子の誤算があった。


 相亀の振るった足は氷の壁にぶつかり、そのまま、そこで止まることなく、氷の壁を砕き切った。男の子は氷の破片と一緒に自らを襲う相亀の足を何とか躱し、逃げるように後方に下がっていく。


「何!?」


 見た目の子供らしさそのままに、不思議なことと出逢った子供の口調で、男の子はそう声を出した。その前で相亀は振り切った足を地面につけている。


 それはであり、地面についた今もその足には氷がまとわりついていた。


「お前由来の武器だ」


 そう自信満々に言う相亀は馬鹿っぽく見えたが、その一言で幸善は自分の足に目を落とした。地面とくっつく形でその足は凍っている。

 それから、背後の巨大な氷の塊に目を向ける。その大きさは到底持ち上げられる大きさではない。


 しかし、これは何とかできるものであるかもしれないと幸善は考えた。

 もちろん、幸善の印象通りに幸善がそれで何かできるとは思っていない。


 ただし、同じ状況に陥ったからこそ、想像できる力もある。


 幸善は地面にくっついたままの足を力任せに外しながら、男の子の前に立った相亀に声を出した。


「相亀!後ろの氷だ!」


 そう言いながら、幸善が自分の背後を指差したことで、相亀にも意図が伝わったようだ。咄嗟に相亀が動き出そうとしたが、それを素直に男の子が許すはずもなかった。

 どうやら、意図は男の子にも伝わってしまったようだ。


「逃がさない!」


 男の子が氷の礫を相亀に飛ばし、相亀は咄嗟に凍った足でそれらを蹴り落とす。足を上げなければいけない関係上、その行動を取った瞬間に相亀の足は止められ、目的地までの到着が遅れることになる。

 そのことに相亀が気づき、険しい顔をする前で、男の子は楽しそうに笑っていた。


 相亀の足を覆っている氷が今も広がっていることを考えると、時間がかかることで不利になるのは幸善達の方だ。それを理解しているからこそ、男の子は足止めという方法を選んだのだろう。


 このままだと全員、氷漬けにされて終わる。幸善がその可能性を危惧し、ようやく足を地面から引き剥がしながらも、苦々しい表情をしていた。


 その時、葉様を覆っていた氷が

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