月と太陽は二つも存在しない(13)

 氷と炎が動き出す少し前のことだ。最近のQ支部内を支配する慌ただしさを肌で感じながら、七実は廊下を移動していた。


 慌ただしさの理由は七実も詳細まで知らない。それは水月や牛梁に話した通りであり、何かが起きていることしか知らないのだが、今はその何かを想像している場合ではなかった。


 十人の特級仙人。通称、序列持ち。それは人型に対抗するために奇隠が用意した戦力であり、その一人である七実ももちろん、人型に対抗できると判断された人物だ。


 しかし、七実の力は決して戦闘向きではない。もっと詳細な言い方をしてしまえば、戦闘に用いることは可能でも、単独での戦闘ではなく、複数での戦闘の際のサポートとしての役目が強い。


 一級仙人を特級仙人に、二級仙人を一級仙人に、それぞれ力の限界を超えて引き上げるだけの状況を作り出すことが七実の仙技の凄さであり、自分一人で確実に人型が相手できると決まった話ではない。


 序列持ちでも、No.1からNo.5、飛んでNo.10は単独で戦えるほどに、仙技で威力を出すことが可能だが、それ以外のNo.6からNo.9はサポートとしての側面が強く、七実もそうだ。

 特異性のある仙技を多大に評価されているが、それ自体が戦況に影響を及ぼすことは、特に単独である場合、非常に難しい。


 今回も七実が動くことは決まったも同然だが、それで万が一の事態が解決するかは怪しいところであり、七実はそこに確実性を持ちたかった。


 そこで七実はそこに確実性を生むだけの実力を持った人物に逢いに行く必要があった。それも動いてくれる可能性の高い人物でないといけない。


 Q支部にはその候補が二人いるのだが、一人は七実の接触でどうにかなるとは思えなかった。その間には大きな壁があり、普段なら、その壁も時間をかければ問題ないと七実は考えるのだが、今は時間をかけられる時ではない。


 確実に七実の接触で動かせる人物は一人しかなく、その一人に逢うために七実はQ支部の一角を訪れていた。その扉には、の文字が書かれている。


「失礼します」


 ノックと声掛け、それから、扉の開閉を同時に行い、七実はほとんど前触れなく、部屋の中に入っていた。そこで相手が一人だとしても、急に七実が入って困ることはしていないだろうと七実は思っていたからだ。

 特にその相手は今の状況を少なからず把握している。暢気なことはしていないに違いない。


 そう思っていたのだが、入った演習場の中心でスマホから流れる音楽に合わせて、踊るように身体を動かす秋奈を発見し、七実は固まった。

 秋奈も唐突に七実が入ってきたためか、両手を上げた何かの途中と思われる体勢のまま固まり、七実を驚いた顔で見つめている。


「あっ…うわぁあああ!」


 急に秋奈が叫び出し、飛びかかるようにスマホを手に取っていた。慌てて何かをした瞬間に、スマホから流れていた音楽が止まり、顔を真っ赤にした秋奈が慌てて立ち上がっている。


「どうしたのかな!?」

「いや、今何してた…?」

「別に!?体重とか気にしてないよ!?」


 秋奈はあまりに急な事態に混乱しているのか、顔を真っ赤にしたまま、自分がヒントという名の答えを言っていることにも気づいていないようだった。


 このまま質問を重ねると、秋奈はどんどんと襤褸を出してくれそうだが、あまり知りたくない情報まで飛び出しそうだったので、七実は何も見ていないことにして、さっさと本題を進めることにする。


「それで秋奈さん。あんたに一つ話があって来たんだが」

「な、何?あっ、もしかして、告白?」

「いや、違う。一瞬で否定して申し訳ないが、それどころじゃないから言わせてもらうけど、それは違う」

「少しくらい考えてくれてもいいのに…」

「そんな気がない癖に言わないでくれ。そうじゃなくて、水月から話を聞いたんだ」


 水月の名前が飛び出し、秋奈は一瞬でそれまでの柔らかい雰囲気を解いた。瞬間的に演習場の中の空気が引き締まり、七実は肌に刺す鋭い雰囲気を感じる。


「例の話?」

「そう。協力を要請された。俺は了承したが、正直、相手を一人でできるとは考えていない。特に俺の力は一度見せている。そういう相手には警戒されるものだ」

「だから、私も動くようにって言う説教?」

「説教じゃないが、そういうところだ」


 七実の言葉に秋奈は真剣な表情を崩すことなく、演習場の入口に向かっていった。そこで扉から顔を覗かせ、Q支部内の廊下を見回してから、再び演習場の中にいる七実を見てくる。


「いや、でも、支部長怖いし…」


 途端にそれまでの空気を打ち壊すように、秋奈が涙目になりながら呟いた。その急な緩和に七実はガックリと体勢を崩しそうになる。


 何とも情けない秋奈の姿と発言に、七実は何を言うか迷いながら、しばらく頭を抱える必要があった。

 今はそれどころではないはずなのに、と思ってから、それをそのまま口にしようと思い、七実は秋奈を見た。


 その瞬間のことだった。七実と秋奈を同時に猛烈な妖気が襲い、二人の表情は固まった。


 それは明らかに普通の妖怪のものではないと思った直後、Q支部内を警報が鳴り響く。それと同時に聞こえてきた声が人型の出現と接近を知らせていた。


「秋奈さん!」


 七実が叫びながら演習場を飛び出すと、流石に事態の重さを把握したのか、秋奈も刀を持って七実の跡を追いかけてきた。

 どうやら、可能性は現実のものとして芽を出したようだ。


 願わくは全員が無事であるように。そう思いながら、七実はQ支部内の廊下を駆けていた。

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