影が庇護する島に生きる(33)
ヘビが牙を剥いて飛び出すように、キッドの身体に巻きついた影がアシモフを狙ったが、その一撃がアシモフの身体を貫く直前、アシモフは整わない体勢のまま、引き金を引いていた。
それは目前に迫った影に対する一種の防衛反応だったのだが、その一発は偶然にもキッドの身体を掠めて飛んでいき、その一撃にキッドが怯んだことで、アシモフを貫こうとしていた影も、アシモフの体表を撫でるだけで空中に伸びていった。
頬を影が掠めた痛みに生を実感しながら、アシモフは体勢が整ったと同時にキッドの身体を蹴り飛ばす。距離のままに銃を撃つことも考えたが、表面に影をまとったキッドのどこに弾丸が入るのか、咄嗟に判断することが難しく、それは諦めるしかなかった。
キッドがアシモフから離れ、その着地の隙を狙うように、走り出していた冲方と渦良がそれぞれの武器を構える。
アシモフに対してキッドがそうしたように、どんな手練れでも体勢の整わない一瞬に完璧な対応をすることは難しい。
冲方と渦良の連撃を咄嗟に捌き切ることは不可能のはずだ。その思いから二人はタイミングを合わせて攻撃しようとしたが、その攻撃が届く前に二人の足に何かが絡んだ。
その何かに動きが止められ、冲方は何が足に絡んだのかと目線を落としたことで、自分の影から伸びる影がツタのように絡まっている光景を見つける。
それは明らかにキッドの仙術が原因だったのだが、さっきまで一切なかった行動に、冲方は混乱した。この拘束の仕方が可能なら、冲方達の動きを止められていた瞬間はいくつもあったはずだ。
そう思ってから、さっき御柱が呟いていた言葉を冲方は思い出した。
「11番目の男の動きが変わっている…」
その時は意味の分からなかった言葉も、今になって理解できた。
キッドの動きはこの一瞬にも変化している。それは単純な見た目の動きというよりも、仙術を利用する力の話であり、それによって戦況は少しずつ変化している。
楓が負傷したこともそうだが、アシモフは有利な距離を殺されるようになり、冲方と渦良はキッドの拘束から逃れる行動を取らなければいけなくなった。
それにあの時、御柱が指摘したように、有間はそれまでと比べて、行動自体に対応されるようになっている。
ギアが上がるまで時間がかかる。冲方には意味の分からなかったキッドの英語がそのままに、キッドの力の状態を示していた。
「不味いな…時間をかけられない!全員で叩くぞ!」
冲方と渦良の動きが止められた様子を見て、御柱がそう叫びながら走り出した。
冲方と渦良を拘束した影は本人達の影から伸びてくる。その絡繰りさえ把握していたら、その影を警戒することは十分にできる。
そう言わんばかりに御柱は足元から伸びてくる影を躱し、キッドとの距離を詰めていった。
キッドは接近する御柱に対応するために、自分の足元や周囲の木々が作り出した影から、鋭利に尖った影をいくつも伸ばし始めたが、それに即座に対応したのがアシモフだった。遠距離から弾丸を放ち、触手のように複数伸びてくる影をその端から撃ち落としている。ある程度の速度に乗れば、十分な威力を発揮する影達も、生み出された直後はアシモフの弾丸に抵抗できないようだ。
「面倒だ」
小さく呟きながらキッドが片手を握り、その動きに合わせる形でアシモフの足元の影がいくつもの針のように飛び出した。何かがあると最初から察していたアシモフは、その一撃を躱すことに成功するが、その状態から銃を使うことは難しいように思われた。
「これでこっちに…」
そう言って、キッドが御柱に影を向けようとした瞬間、御柱がまだキッドとの間に開いた距離を気にすることなく、手刀の形で構えていた右手を大きく振るい始める。
「おいおい、何をして…」
そう言いながらも、キッドはすぐに気づいたようだ。咄嗟に身体の影を頭上で伸ばして、目視できないながらも存在していることが分かる、その何かを受け止めようとした。
しかし、その動きを封じるように、遠方から弾丸が飛んできた。キッドの影による攻撃を躱しながら、アシモフが狂うことなく、キッドの手元を狙ってきたのだ。
「No.5…!」
苛立ったようにキッドが呟く中、キッドの頭上から目視のできない何かが降ってきた。それは御柱の手刀から伸びた仙気の塊であり、御柱の手刀が影を斬ったように刃物の性質を持っていた。
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