影が庇護する島に生きる(34)
話が大きく逸れてしまうのだが、秋奈の用いる仙技は非常に特殊だ。それこそが評価され、序列持ちのNo.2に選ばれたように、その再現は非常に困難であり、真似することに成功した傘井でも、細かな再現まではできていない。
特に仙気を放出する際に形状を薄く整え、斬撃そのものを再現する技術は非常に難しいもので、奇隠の中でも再現できる仙人は秋奈を含めて五人ほどしかいない。
ただし、それは仙気の放出を絡めた形状の変化が技術的に細かく、再現することが非常に難しいだけであり、仙気で物を切断するだけなら、そこまでの器用さは必要としない。
そのために用いられる技術が仙気そのものの性質を変化させるというものだ。
例えば、仙気に熱を持たせたり、静電気のように触れた際に痺れる感覚を齎したり、そういう細かな性質を持たせる技術であり、この技術を極めることが仙術の会得のために最も重要なことだと言われている。
これを利用することで、仙気そのものに刃物のような斬撃性を持たせ、触れただけで物を斬ることのできる仙気を作り出すことが可能だった。
ただし、これも完璧ではなく、仙気に性質を持たせるためには使用者がその性質を深く理解している必要がある。
包丁で指を軽く切ってしまった。紙で指が切れてしまった。剃刀で肌を傷つけてしまった。そういう軽い物でも、何かを切ってしまった、切られてしまった感覚を知らない人には扱えず、知っていたとしても扱えるかどうかはその部分に対する感じ方から大きく変わる。
言ってしまえば、経験と性格がその仙技の使用のために必要な条件となってくるのだ。
そして、御柱の振り下ろした手刀は、正にそういう経験から生まれた見えない刃物そのものだった。その刃物が向かう先ではキッドの頭ががら空きであり、その直撃は免れない。
その状況を作り出したアシモフの援護に感謝しながら、御柱はこの戦いを早々に終わらせたことに一瞬、安堵していた。
それが油断となったわけではない。もしくはそれが油断だったとしても事態は大きく変わらなかったはずだ。油断していようが、油断していまいが、結果は変わらなかったとしか思えない。
そのように御柱に知らせるように、振り下ろしたはずの御柱の腕が止まった。手刀の形を作った先からは仙気を伸ばし、その仙気は斬撃の性質を帯びている。
仮にキッドの頭にぶつかっても、それが完全に止まることはなく、仙気が霧散しながら手刀自体は振り下ろされるはずだ。その結果、キッドの身体がどうなっているかは分からないが、致命傷を負っていることに間違いはない。
そのはずなのに停止した腕に、御柱は確認する前から理解していた。
何より、すぐに腕に触れた感触に気づき、何が起きたか分かってしまった。
御柱はゆっくりと顔を上げる。そこではキッドが御柱を見下ろし、小さく笑みを浮かべている。その視線の先には固定された御柱の腕があり、その先端からは見えない仙気が伸びている。
どうして腕が固定されたのか。答えは簡単だ。キッドは当初、自分の頭上で仙気の塊を受け止めようとしたが、その行動を諦めて、咄嗟に受け止める場所を変えたのだ。
それが御柱の腕だった。手刀から仙気は伸びているが、腕は何もしていない。その部分を影で受け止めることは容易であり、何よりその影をアシモフが撃ち抜くには、その体勢の不安定さと御柱の存在が大きな障害となった。
「流石に焦った」
笑みを含んだ呟きを聞き、御柱は咄嗟に片腕で自分の腹を押さえた。
その瞬間、御柱の影が伸びてきて、御柱の腹部を貫こうと突撃してきた。咄嗟に腹をガードしていたことで、その影が腕に突き刺さるだけで済んだのだが、その影に押し出される形で、キッドとの距離は再び開いてしまった。
最後のチャンスを逃してしまったかもしれない。御柱は影の刺さった腕を庇いながら、遠くに立つキッドを見て、そう思ってしまった。
それほどまでにキッドの力は少しずつ強さを増していた。仙術の使用による仙気の消耗も感じさせないほどに、周囲の影は自由に動き始めている。
「さて、そろそろ温まってきたことだし、本気でやるか」
キッドの呟きに冲方や渦良、アシモフが武器を構える姿を見ながら、御柱は今更ながらに思い出していた。
目の前に立っている男が奇隠に対して何をしたのか。一体どれほどの仙人をこれまでに殺してきたのか。
その思い出した事実から生まれ、静かに染み込むように広がっていく絶望は、日だまりに差し込む影のようだった。
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