影が庇護する島に生きる(15)

 同じ森を一緒に調べても時間がかかるだけだ。特にどこに目的があるか分からない以上、調査する場所は被らない方がいい。

 御柱と羽衣の話し合いはそこに帰結したらしく、合流した第一部隊と第二部隊は再びの別れを味わうことになった。とはいえ、そこに感涙する者はなく、あっさりとした別れである。


 その後に第一部隊と第二部隊は別々の場所を調査することになるのだが、問題の二つの部隊が合流した森に関しては、引き続き第二部隊が調査することになったようだ。


 第一部隊は森の調査や森の子供の捜索以外にも、行方不明になった応援の捜索という別の目的がある。そちらも考慮すると、一つの場所に固執するよりも、一つでも多くの場所を調べたいと思ったそうだ。

 できれば、他の村も見つけ出し、そこでの聞き込みも考えたいと伝えて、第一部隊は姿を現した茂みの方向に消えていった。


 そこから、冲方達は森の調査を本格的に開始し、森の中を大きく移動してみることにしたのだが、そこで森の子供や島の管理者を発見することはできなかった。


 ただし、収穫がなかったわけではなく、それまで一切発見できなかった動物の痕跡が発見できた。それは比較的新しい痕跡であり、少なくとも、二時間以内に動物が通ったことを示す証拠になった。


 動物が近いということは、その動物を集めるという森の子供も近いということになる。その近辺の捜索にそこから移ってみたが、その捜索で森の子供を発見することはできなかった。


 このまま、闇雲に探し続けても森の子供に繋がる可能性は少ない。それよりも、動物の痕跡を更に見つけることで、森の子供の行動範囲が特定できるかもしれない。


 そう思って、冲方達は先ほどの動物の痕跡付近から、更に痕跡がないか探し出そうとしたのだが、そこで一つの問題が起こった。


 先ほど発見した動物の痕跡が忽然と消えたのだ。鹿のものと思われる蹄の跡や糞が確かに残っていたのだが、それが跡形もなく消えていた。


「本当にこの場所だったか?」


 御柱が冲方達に確認するように聞いてきたように、木々に囲われた森の中は細かな区別がつきづらい。もしかしたら、自分達が間違っているだけなのかもしれないと考えたら、その場所であると自信を持って言える人は冲方達の中にはいなかった。


 ただし、唯一アシモフを除いて、だ。


「この木の麓だ。それは間違いない。確認したし、万が一に備えて、痕もつけた」


 アシモフが木の根元に手を伸ばし、そこにつけられた傷痕をなぞっていた。御柱が通訳した言葉を聞くに、それはアシモフが先ほど、この場所を通った際につけた傷のようだ。


「微かに糞尿の臭いも残っている。その痕跡だけは残っているようだ」


 そう呟きながらも、アシモフは目に見えて残っていた痕跡が消えたことに疑問を懐いているようだった。


「島の管理者が片づけたのでしょうか?」


 有間が木の根元を覗き込みながら呟いた。それ以外に考えられる可能性はないと冲方も思うのだが、その場に冲方達以外の人が通った跡も特には見当たらなかった。冲方達の足跡が残っているところを見るに、島の管理者がその場を訪れたのなら、それなりの痕跡が残っているはずだ。

 それもないところを見ると、その可能性も違うのかと考えている冲方の前で、アシモフが小さく呟いた。


「人為的ではないな…」

「人為的ではない?」

「蹄の跡が残っていた地面に弄られた痕跡がない。この地面は最初から、こうあったように何もない。これを人の手で作れるとは考えない。あるとしたら…」


 そこまでの言葉を御柱の口から日本語の形で聞き、冲方は次に繋がる言葉が何であるのか、すぐに理解できた。


 つまり、動物のいた痕跡を消すために、島の管理者が侵入者を追い出す力を使った可能性だ。そうしたら、この場を訪れた痕跡を含めて、あらゆる痕跡を消すことができる。


 しかし、それには大きな疑問が生じた。


 たったこれだけの動物の痕跡を消すために、それだけの力を行使するだろうか。少なくとも、冲方にはそれだけのことをする理由が思いつかない。


「やはり、鍵は動物とそれを集める子供のようだ」


 アシモフが立ち上がりながら呟いたその言葉は、不思議なことに冲方にも意味が理解できた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る