影が庇護する島に生きる(12)

 上陸から村までの動線上に存在する森は一度通過した。詳細な調査は済んでいないにしても、森の子供が存在していないことは確認している。これから、森の調査を進めていく中で、森の子供を発見できる可能性が高いとしたら、その森は外した方がいいだろう。


 その判断が下され、冲方達は遠方に岩山の見える森の中に入っていくことになった。島の中心近くにある岩山自体も気になるものなので、森の調査を進めていく過程で、森の子供が発見できなかった際には、その岩山の調査に移行しようという風に話も決まる。


 問題は森の子供の捜索方法だったが、その部分に関して、流石の御柱やアシモフも考えがあるわけではなかった。最大の問題は森の子供の詳細が分かっていないことであり、それを知るために捜索するのだが、詳細が分かっていない以上は探し方も分からないことに等しい。


 森の異変が明確に発見できれば話が変わってくるのだが、冲方達が入り込んだ森は最初に通過した森と同じく、異常と言えるほどの異常がないものだった。

 強いて言うなら、この森も動物の存在は確認できなかった。森の豊かさに反して、森の中は死んだように静かなままだ。


「本当に子供とか、動物がいるんですかね?」


 その森の異様さに渦良が流石に不安になったらしく、御柱に確認するように聞いているが、御柱も分かっているはずがない。「そのはずだ」以外の返答を持っているはずもなく、冲方がそう答えるだろうと思った直後に、そう答えていた。


「動物自体は村の人間が存在を認知していたから、どこかにいるはずだ。それなのに、これほどまでに動物がいないとなると、何者かが痕跡を消している可能性があるな」


 地面を探るように土を触れていたアシモフがそう呟いた。その言葉の意味を御柱から聞き、冲方は納得しながら、それだけの行為を誰かが行っている理由を考えた。


 森の中に動物がいること自体におかしなことは何もない。仮に変わった動物がいたとしても、島の観測ができない以上、部外者が来ることはないはずなので、生態系を荒らされる心配はない。

 そもそも、動物の痕跡を消している時点で、この島の生態系を操作していることであり、そういう自然保護の観点から行っていないことは明白だ。


 他に動物の存在を隠すとしたら、その存在自体が島の秘密に関与している場合だろう。その場合は動物の痕跡を辿ることで、島の秘密に通じることになるのだが、その秘密に確実に関与している島の管理者以外に、唯一動物との接触が確認できるのが、森の子供だけである点が疑問になる。

 島の管理者は動物の痕跡を全て消しながら、森の子供だけ動物との触れ合いを許可している矛盾が説明できない。


 そこに唯一理解できる答えを持ち出すとしたら、森の子供が島の秘密に直結している場合だ。

 そこまで考えを巡らせたことで、冲方は一つの可能性に気づいた。


「島の秘密は管理者にない可能性も…?」


 思わず思考の辿りついた先を呟いた瞬間、御柱達が振り返って冲方を見た。唯一冲方の言葉が分かっていないアシモフだけ振り返るのが遅れたが、それ以外の四人の反応を見て、冲方が何か重要なことを言ったことは理解したようだ。


「どういう意味だ?」

「いえ、あくまで可能性なのですが、動物の痕跡を消すとしたら、そこにどういう理由があるだろうと思いまして。仮に動物の存在が島の秘密に関与しているのなら、唯一森の子供が動物との触れ合いを許可されている理由が分からないと思ったんです。管理者が秘密を完全に隠すなら、誰にも知られていない方がいいはずですから」

「そういうことか…秘密は管理者ではなく、森の子供の方にあると?」

「断定はできませんが、秘密の所在について特定することは難しいかもしれません」


 それはつまり、森の子供を発見した段階で島の秘密が判明する可能性がある一方、島の管理者を発見しても島の秘密が判明しない可能性も秘めていることになる。


 少し今後の調査で面倒な事態があるかもしれないと冲方達は危惧しながら、森の中を再び歩き出そうとした時のことだった。

 唐突にアシモフが腕を伸ばし、その背後を歩いていた全員の動きを制止した。


「どうかしましたか?」


 御柱が聞いた瞬間、アシモフは静かにするようにジェスチャーで伝え、前方に見える茂みの一つを指差した。


「微かに足音が…何かが来る…」


 アシモフがそう呟いた直後、アシモフの指差した茂みが唐突に揺れ始めた。周囲に風が吹いていないことは肌に触れる空気の感覚から分かる。

 冲方達は自然と武器に手を伸ばし、その正体不明の生物に対して、警戒心を強めていく。


 その間にも茂みの揺れは大きくなり、やがて、そこから何かが姿を現した。そのタイミングに合わせて、冲方達は動き出しかけていたのだが、その動きを今度は御柱が制止し、先に立っていたアシモフに軽く耳打ちした。


「問題ありません。味方です」


 御柱がアシモフに言った言葉は分からなかったが、茂みの中から現れた人物達を見て、冲方達はそれが別の場所から上陸したであることを理解した。

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