豚は食べると美味しい(10)

 ハムカツの衝撃の告白は幸善だけでなく、幸善を通して伝えられた蓋空達の時間も止めていた。蓋空や満木も幸善と同じように言葉を失い、その気持ちを代弁するように皐月がぽつりと呟く。


「馬鹿?」

「言ってやるな」


 取り敢えず、ハムカツがこうして豚舎の半分以上を圧迫している理由が分かった以上、その解決のために動くのが仙人だ。幸善達はハムカツの身体を簡単にチェックして、どうやったら元に戻るのか考えてみることにした。


「ダイエット」

「そんな直球な解決法がある?」

「単純に妖術を解けばいいと思いますけど」

「ですよね。俺も同じことを思ってましたよ」


 状況的に真っ先に検証するべき満木の提案を、早速ハムカツに伝えてみた幸善だったが、ハムカツはそこから全く動きを見せなかった。


「ハムカツ?」

「そもそも…」

「うん?」

「大きくなる妖術ではない…」

「ん?」


 妖術を解くように指示した途端、急に語り始めたハムカツに幸善は戸惑った。何を語りたいのか分からないが、口を動かす前に妖術を解いてくれよと思っていたら、ハムカツの話は妖術の説明に移っていく。


「俺の妖術は…肉を増やす妖術だ…」

「何て?」

「太りたい…そこまでは思わなくても…もう少し肉をつけたい…身体の一部を大きくして、コンプレックスを解消したい…そういう要望を叶える妖術だ…」


 何となく、ハムカツの話の方向性を理解し、幸善は再度言葉を失いかけていた。まだ最後まで聞かないと断言はできないが、何となく、嫌な予感というか、方向性の不一致がそこにあった気がする。


 もっと言ってしまえば、既に解答が出されていたかもしれない。


「俺は肉を増やした…だが、減らす方法はなかった…」

「なるほど…」


 幸善は振り返って、皐月の顔を見ていた。急に顔を見つめられたことを不思議に思ったのか、小首を傾げる皐月に向かって、幸善はちゃんと言わなければいけなかった。


「皐月さん…正解だった…」


 ハムカツの解決法はダイエットである。正確に身体を調べたわけではないので、それが完璧な解答かは分からないが、少なくとも、現状導き出される最適解がそれだった。


 これは幸善達に何とかできる問題でもない。Q支部に報告して、仙医にでも身体をじっくりと調べてもらってから、適切なダイエット法を割り出してもらうことが解決への近道だろうと考え、幸善はそのことを蓋空に伝えた。


 最初に想定していなかった解決法であり、幸善や満木は納得できたと胸を張って言えるほどに納得できてはいなかった。これで本当に解決かと思う心がどこかにあり、それは解決を頼んできた蓋空も同じ様子だった。幸善からダイエットが解決法かもしれないと聞いた直後、ハムカツが元に戻らない理由を聞いた瞬間と同じくらいに、何とも表現のできない顔をして、すぐに返答ができないくらい言葉を失っていた。


「取り敢えず、こちらで報告をしておくので、後でまた人が訪ねてくると思います。その人と相談して、最適な方法をお探しください」


 満木にそう伝えられ、蓋空は苦さを隠す気のない苦笑を浮かべながら、一応の頷きを見せている。


「あと、何となくですけど、元々お喋りな妖怪っぽかったので、毎日適度に話しかけてあげてください」

「そうなんですか?」

「多分。無駄な説明が多かったので」


 今度は苦笑ではなく、子供を思う母親のような温かみのある笑みを浮かべて、「分かりました」と蓋空が答えた。


 それから、幸善達は帰ろうと思っていたのだが、その前に蓋空が思い出したように言ってきた。


「そうだ。今回のお礼をお渡ししますね」

「え?いや、いいですよ」

「そうです。お礼とか受け取れませんよ」


 遠慮することなく、両手を伸ばした皐月を後ろに押しやりながら、幸善と満木が蓋空の言うお礼を断ろうとしていた。それでも、蓋空の気持ちは変わらなかったようで、現金ではないから大丈夫と言いながら、家の中に入っていく。問題はそこではないと思い、困った顔を見合わせた幸善と満木の後ろで、現金ではないのなら興味はないと言いたげに、皐月が伸ばしていた両手を引っ込めていた。


 それから数十秒ほどで、蓋空は三つのビニール袋を持って戻ってきた。


「こんな入れ物ですみません」


 そう言いながら、蓋空が渡してきたビニール袋を幸善達に渡してくる。どうしようと困った幸善が満木に視線を寄越している間に、皐月は遠慮も確認もなく、ビニール袋の中身を覗き込んでいた。


「これって…?」


 そう呟いた皐月に向かって、蓋空が笑顔で答える。


「私の大好物です。多く作ったので、良ければお召し上がりください」


 食べ物であるのなら、ここで断るのも何だろうと思ったのか、満木が遠慮しながら受け取る様子を見せ、幸善も軽く礼を言いながら中身を覗き込んだ。


 その状態のまま、幸善は固まった。その隣で同じ行動を取っていた満木も固まり、二人は思わず皐月が言葉を呟いた理由を察していた。


「えっと…これは?」

「チャーシューです」

「大好き」


 皐月は既に受け入れたのか、そう平然と言っていたが、幸善と満木の頭の中ではさっきのハムカツの姿が浮かんでおり、流石にあり得ないと分かっている可能性をつい考えてしまっていた。

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