豚は食べると美味しい(9)

 既に一度、目撃していることなど全く関係なく、豚舎の中のハムカツは驚くほどに大きかった。一瞬、さっきよりも大きくなっていないかと思うほどだったが、流石にさっきより大きくなっていたら、豚舎の方が持たない。更に大きくなっていることはないはずだ。


 ハムカツが巨大化した理由について、既に幸善の中で一つの説が確立されていた。それは根拠のあるものではないので、あくまで幸善の予想を出ていないのだが、ハムカツに聞いてみる材料としては十分だ。それが当たっていたら、尚且つ良い。


 ハムカツの頭部に近づき、幸善はハムカツに問いかけるように話し始めた。ハムカツが巨大化する前に起きた変化として、この家の財政難があった。必要以上の豚の処分を強いられ、そのタイミングでハムカツが大きくなったと考えると、そこにハムカツの真意がある可能性が高い。


 幸善の思いつきは簡潔にまとめて、二通りの理由が考えられた。そのどちらかは分からないが、そのどちらだとしても、そこに含まれているハムカツの思いは一つだけだ。


 それを幸善は口にした。


「助けたかったのか?」


 その問いかけにハムカツ以上に蓋空達が反応を示していた。


「助けたかった?」


 そう呟きながら、蓋空や満木の不思議そうな視線が幸善に集まる。皐月は豚串だった串を手に持って、ハムカツの背中をじっと見ている。何を考えているのか考えてしまうとノイズになるので考えない。


「はい。ハムカツが巨大化したタイミングで、この家の家計が苦しくなり、大量の豚を処分することになったと聞いて思ったんです。ハムカツの巨大化の理由はそこにあるんじゃないかって」


 蓋空家か、飼育されていた豚か。ハムカツの対象は分からないが、助けたいという気持ちが発端になって、ハムカツは自らの身体を大きくしたのではないかと考えていた。


 何せ、これだけの大きさだ。ハムカツだけで賄える豚肉の多さは計り知れないほどだ。それがあれば蓋空家も、処分されることになった豚も、どちらも助けられるに違いない。


「ハムカツは自分の肉を犠牲にして、助けようとしたんじゃないかって思ったんです」


 幸善の考えたハムカツの動機を聞き、蓋空は感動したように言葉を失っていた。それが実際のハムカツの真意なのか、まだ分かったわけではないが、その可能性だけでも蓋空にとって、とても嬉しいことだったのだろう。


 もしかしたら、これまで一切鳴かない、動かないハムカツに対して、本当に自分達が接していてもいいのだろうかという不安があったのかもしれない。

 それを幸善の考えた可能性が肯定してくれた。それだけでとても嬉しかったのかもしれない。


 まだ確定していないことだが、その蓋空の姿に幸善がここに来て良かったと感じていると、ハムカツの身体が僅かに動いたことに気づいた。ハムカツに目を向けてみると、いかにも重たい頭を無理矢理に持ち上げ、ハムカツの口が僅かに動き始める。


「良く分かったな…」


 久しく鳴いていないからなのか、それとも体格的な問題なのか、ハムカツの声は酷くくぐもっていたが、耳を澄ませば聞き取ることができた。


「そうだ…俺はただ助けたかった…」


 それは幸善の考えた可能性を肯定する言葉だった。やはり、そうだったのかと思う幸善の前で、ハムカツは言葉を続けていく。蓋空は幸善がハムカツの言葉を聞く様子を見守りながら待ち、満木はハムカツの背中に串を刺そうとする皐月を取り押さえている。


 いや、本当に皐月は何をしているのだ、と幸善はそこで思ったが、それを考えていたら、ハムカツの言葉を聞き損なってしまうので、ここは全力で無視することにした。


「この家にいる人達を…俺を大切に扱ってくれた人達を…助けたかった…」


 明確に蓋空家を助けたかったとハムカツが口に出し、それを幸善はすぐに蓋空に伝えることにした。その言葉を聞いた蓋空が耐え切れなくなったように涙を流しながら、ハムカツに軽く抱きついている。小さくお礼の言葉を何度も呟いている。


「そのために俺は自分の身体を大きくした…だが、それで俺を犠牲にできるほど、この家の人達は非情ではなかった…優し過ぎた…」


 きっとそれがハムカツにとって納得のいかないことであり、同時に嬉しかったことなのだろうと、その言い方から幸善は容易に想像できた。


 こういう形で人と妖怪が共存していくケースがあるのかと幸善はハムカツや蓋空の姿を見て、温かい気持ちになっていた。


「それから、俺は気づいた…」


 ハムカツの告白を待つ幸善は、とても温かい目を向けていた。関係としては少し歪だが、こういう友好の形も悪くないのかもしれないと考えている間に、ハムカツが言葉を続ける。


ことに…」


 その瞬間、幸善の時間が止まった。物凄い速さで脳が回転し、ハムカツの言葉を処理しようと試みてはエラーを繰り返す。


「え…?もう一回、言って…?」

…」


 幸善はゆっくりと頭を抱えた。それまでの空気を完全に破壊するハムカツが巨大なままでいる理由に、幸善は蓋空に伝えるべきかどうかを本気で悩み始めた。

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