梟は無駄に鳴かない(15)

 奇隠の創設時の貴重な物語を聞けた点は面白かったが、コーヒー一杯を飲み終えても本題に入らない福郎の話に、葉様の苛立ちは募りに募っているようだった。テーブルを小さな地震が襲い始めて、幸善はコーヒーを飲み終えていて良かったと思った目の前で、葉様がオレンジジュースを点々と零している。

 そのことにまた苛立ったのか、更に地震が激しくなっていく中、福郎は小刻みに震えることも気にせずに、淡々と話を続けていた。


 奇隠の創設から時間が過ぎ、仲後が仙人御用達の刀鍛冶として有名になった頃のことのようだ。仲後の刀を求めて、まだ仙人になったばかりの一人の少女が仲後の元を訪れた。


 その少女の目的はもちろん、今の水月や葉様と同じように仲後に刀を作ってもらうことだ。良い刀を用いれば、それだけで強くなるという単純明快なものでもないが、自分に合った武器を使用しているかどうかは、特に仙気を用いて戦う仙人にとって、大きな要素の一つになる。

 特に少女が当時考えていた仙技には、その体質や仙気と合っていることが必須だったらしく、仲後の刀を強く求めている様子だった。


 しかし、刀を作っていた時の仲後は全ての仙人に刀を作っていたわけではなかった。それは奇隠に所属していることや、仙人としての実力は関係なく、この人物に刀を渡しても問題ないと仲後が判断しなければ渡せないという、仲後が刀鍛冶になろうと決意した時の掟を守っているからだ。


 特に今もそうだが、奇隠に所属した仙人にも偏りはある。葉様のように妖怪は全て許さない派から、幸善のように人型まで仲良くなれるかもしれない派が所属しており、奇隠に所属していたら大丈夫とも言えない。


 仲後は刀を作るために多くの仙人に平等に課していた条件を少女に伝え、少女は刀を得るためなら悪いこと以外何でもすると、条件を飲む姿勢を見せた。

 そこで仲後は福郎を少女の前に突き出し、少女に告げたそうだ。


「この福郎を一時間くらい散歩に連れていってくれないかな?」


 その条件に少女は目を丸くし、その顔に仲後沙耶がくつくつと笑っていたらしい。少女は自分の間抜けな顔に気づいたのか、すぐに林檎も白旗を振るほどに顔を真っ赤にしていたそうだ。


 とはいえ、仲後の課した条件は難しいものでもなかったので、少女はすぐに了承していた。この時点で仲後のチェックは半分以上済んでいたそうなのだが、チェックは全て終了しないと何があるか分からない。


 少女が福郎と散歩に出てから、仲後はこっそりと少女の後をついていき、少女と福郎の様子を窺い始めた。それは現代なら、完全に通報される状況なのだが、当時はまだギリギリ通報されないレベルのようで、それまでとそれからを含めても、数回の職務質問で済んだそうだ。


 福郎の散歩の中で少女は仲後チェックを受けることになったのだが、そこでの少女の福郎への対応は率直に言って、言葉を失うものだったそうだ。

 それは決して悪い対応だったからではない。


 寧ろ、初めて逢ったとは思えないほどに愛情深いものだったらしい。


 だが、その愛情が捻じ曲がっていると言うべきなのか、偏愛も形を変えて逆にまっすぐになってしまったと言うべきなのか、とにかく筆舌に尽くしがたい対応だったらしい。


 この時の記憶は福郎自身で忘れ去りたいと思い、既に忘れ去った部分が多いため、明確に何があったとは言えないそうだが、ぬるま湯で意識を解かされ、気づいた時には溺死させられている恐怖がそこには微かにあったそうだ。


 その溺愛という表現も相応しいのか迷うほどの愛情を見せたことで、無事に少女は仲後に刀を作ってもらうことが叶ったそうだ。仲後の刀の製作のためにしばらくの期間が空き、再び少女が店を訪れた時に、その刀を引き渡すことになった。


 その前に刀に名前が必要だと仲後は考え、仲後沙耶に何かないかと聞いたところ、仲後沙耶は少女に一つの質問をした。


「そういえば、名前を聞いていなかったのだけど、何て言うの?」

「あ、はい。秋奈です。秋奈莉絵です」

「秋奈さんね。なら、秋と刀で『秋刀魚』とかいいんじゃないかしら」


 笑顔でそう言った仲後沙耶に秋奈は微妙な反応を見せたそうだが、誰にもその決定を断る力はない。


 こうして、今の名刀『秋刀魚』は誕生したそうだ。


「おい」


 この話を終えたところで、ついに火山が噴火したように葉様がテーブルを叩きそうになった。寸前のところで水月が葉様の手を止めて、周囲の客の迷惑になると言ったことで、その拳を静かにテーブルに押しつけることに留まった。


「いいから、本題に入れ。妖怪の話を聞いているだけでも気が狂いそうなんだ」

「こいつが発狂しそうだから、本題に入れって」

「既に発狂しているように見えるが?」

「通訳できないことを言うな」


 流石に目の前で飼いフクロウがただの肉塊になるところを見たくはない。幸善は福郎の言葉を心の中に留めておくことにして、福郎に本題を話すように促した。


 そこでようやく福郎は数年前に起きた一つの出来事の話を始めるのだった。

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