梟は無駄に鳴かない(4)

 一杯目のコーヒーを飲み干し、二杯目のコーヒーを注文した後のことだ。三人がその時を待ちながら、軽い雑談に興じていると、幸善達を除いて最後の客が会計を済ませた。店を出たことを知らせるようにドアベルが鳴り、幸善達の言葉が止まる。


 誰かが合図を出したわけでもなく、その時の到来を理解した三人は自然と揃って立ち上がっていた。事前に決めていたわけではないが、これは水月と葉様の問題であり、葉様が言い出すと棘があると分かっていたからなのか、先頭には水月が立って、仲後に近づいていく。


「あの、すみません。少しいいですか?」


 水月の声かけにコーヒーカップを片づけている最中だった仲後の手が止まった。不思議そうに水月を見てから、その場に幸善達が立っていることにも気づいて、驚いた顔を見せている。


 カウンターの上から、その様子を福郎も眺めていることに幸善は気づいた。何かを言ってくるわけでもなければ、何か合図をしてくるわけでもない。ただ観察するように幸善達を見ている。


「マスターにお願いしたいことがあるんです」

「お願い?」

「はい」


 そう言いながら、水月は持ってきていた竹刀袋を持ち出した。仲後の前に突き出された竹刀袋に、仲後は何かを察したのか、険しい表情を見せている。

 水月は特に何も言わずに、その竹刀袋を黙って開き、中から二本の小刀を取り出した。その刀に仲後の表情が更に曇る。


「私達は奇隠の仙人です」


 仲後は本来なら聞き慣れないはずのその言葉に聞き返すことをしなかった。ただ黙って、水月の次の言葉を待つように険しい表情を向けている。


「お願いというのは、私達に刀を作って欲しいのです。私達に合う刀を。お願いします」


 最後の言葉と一緒に頭を下げた水月の隣で、葉様も同じように頼みながら頭を下げていた。言葉自体はいつもの葉様らしいものであり、体裁だけの敬語を使ったぶっきらぼうな言葉だったが、その行動には本気で頼み込んでいることが分かる真摯さが見えた。少なくとも、普段の葉様なら簡単には頭を下げないはずだ。それが体裁だけだったとしても、その安さを嫌うのが葉様のように幸善は思っている。


 幸善はそこから一歩下がって、その動向を見守っていた。ここは二人の領域であり、幸善が踏み込むべきことではない。幸善の役目はこの店に案内した時点で終わっているのだと、幸善は強く理解していた。


「誰から、その話を?」


 しばらくの沈黙の後、ようやく口を開いた仲後がそのように聞いてきた。ゆっくりと顔を上げた水月が秋奈の名前を出すと、仲後は納得したように小さく頷きながら、細かな溜め息を吐いている。


「そうか。彼女か。なら、納得だ」


 仲後が手に持っていたコーヒーカップを置いた。それから、酷く言いづらそうな表情を浮かべ、水月と葉様を見てきた。その表情だけで返答が見えるようで、幸善はつい顔を曇らせていた。


「申し訳ないが、私はもう刀を作っていないんだ。作ることをやめたんだ。だから、新しい刀は諦めて欲しい。代わりに昔に作った刀なら、好きな物をあげよう」

「え…?その…」


 仲後の返答に水月は困っているようだった。秋奈からの条件がある以上、既存の刀で満足することはできないのだろうが、作っていないと言われたら、そこを何とか作って欲しいとも言い出せない。その迷いがそのまま態度に滲み出ている。


「それは困ります。何としてでも作ってもらいたい」


 その隣で葉様は一歩も引くことなく、そのように言い切っていた。いつもの葉様の強引さが滲み出た言葉であり、それを拒否できる人間はいないと思っていたが、仲後は優しくかぶりを振るだけで戸惑った様子がない。


「申し訳ないが無理なんだ。ただ作ることをやめただけではない。今の私にはあの頃のような刀を作れないんだよ。作るために大事なものがなくなってしまったんだ。だから、諦めて欲しい」

「そこを何と…!」


 葉様が引くことなく、再度踏み出そうとした瞬間に水月が止めていた。その行動に驚きを浮かべながら、葉様は水月の顔を見て、何かを言い出そうとしたまま止まっている。

 水月は仲後の顔を示し、小さくかぶりを振っていた。その時の水月の表情と、仲後の表情から何かを感じ取ったのか、葉様は大人しく口を閉じていた。


 その時に二人が何を感じ取ったのか、傍から見ていた幸善には分からなかったが、そこでのやり取りで水月と葉様は仲後に刀を作ってもらうことを諦めたらしく、残っていた飲み物を飲み干した直後、三人は店を後にすることになった。

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