猿の尾は蜥蜴のように切れない(15)

 冲方に考えが伝わったと判断した幸善は、即座に近くの家具に触れていた。それは部屋の中に置かれた家具の中でも比較的小さいキャビネットであり、それを移動させるために幸善は持ち上げようとする。


 その瞬間、宙に浮いていたトカゲの尻尾が幸善に向き、幸善の行動を止めるように飛び始めた。それらは鋭く、弾丸に近しい威力を有しているので、幸善はそれらを無視して、キャビネットを移動させることはできない。


 しかし、それで特に問題はなかった。キャビネットから離れた幸善の目の前で、飛来してきたトカゲの尻尾がキャビネットに突き刺さっていく。もしも当たったら、確実に怪我を負うと幸善達に思わせる通り、それらの尻尾はキャビネットに明確な穴を開けていく。


 元々、この廃屋の中に放置され、キャビネット自体が壊れかけていることもあるのだとは思うが、尻尾の刺さった衝撃もあって、キャビネットの一部が軽く崩れ始め、幸善は自らの考えが間違っていなかったことを理解する。


「相亀!牛梁さん!」


 幸善の呼びかけに流石の相亀も文句を言うことなく、軽く頷いてから近くの家具を見ていた。テーブルや椅子など、家具自体は多いのだが、その多くが木製であり、今のキャビネットのように崩れることは確かなはずだ。それらを動かそうとしたら、トカゲの尻尾がその行動を阻止してくれて、必然的に家具を破壊する結果になる。


 幸善の思いつきを現実のものとするために相亀や牛梁も動き出し、部屋中に置かれた家具の間接的な破壊を開始した。

 とはいえ、全てが一度の攻撃で確実に壊れるはずもなかった。放置された末の老朽化も、家具の元々の頑丈さも、全ての家具が違う種類である以上、当たり前のように変わってくる。攻撃の強度や手数に変化がない以上、それらを破壊する効率はそれぞれの家具によって変わり、それは必然的に相手に考えを読ませる時間を生むことになった。


 幸善の近くにあったキャビネットやテーブルの破壊後、戸棚の破壊に移りかけた牛梁の動きを止めるように、トカゲの尻尾が急に動きを変化させた。それは先ほどまでの家具から人を離す攻撃ではなく、家具に人を近づけさせない攻撃であり、牛梁は家具を移動させることも、家具に攻撃させることも難しくなっていた。


「行動パターンを変えてきた!?」


 トカゲの尻尾から逃れる牛梁を追尾して、尻尾は牛梁を追いつめていく。相手は最低でも牛梁を負傷させることで、この場の頭数を減らそうと考えていることは幸善にも分かった。

 それを阻止するために慌てて冲方がカバーに入る。牛梁目がけて飛んでいく尻尾を打ち落とすように、両手に持った刀を勢い良く振るっていく。尻尾は簡単に弾かれ、周囲に突き刺さっていくが、そのどれもが力を残したように硬度を保っている。


 その光景を見ながら、幸善は少しずつ違和感を覚え始めていた。家具の後ろは確かに隠れる場所として最適だが、そこを幸善達が確認できないように、相手からも幸善達は確認できないはずだ。


 しかし、先ほどからの攻撃は正確に幸善達を狙っている。今の攻撃も確実に牛梁を追いつめていた。

 これが対象の見えない家具の後ろから可能なのか。幸善には疑問でしかなかった。


 もしかしたら、他に隠れている場所がいるのではないかと考えてみるが、その場所に思い当たる節がない。少なくとも、部屋の中で他に隠れられる場所はないはずだ。


 幸善は改めて確認するように部屋の中を見回してみる。牛梁をカバーする冲方に、考え込む幸善の前で、幸善を守ってくれている水月。かわいい。それと相亀は壊れたテーブルの破片を拾い上げ、他の家具への投擲を試している。


 それ以外には洋服箪笥や本棚などが残されているが、それらの中から見ているのだろうかと幸善が疑問に思った直後、相亀が変な声を出した。


「うもっくぅ…!?」

「え?何?どうした?日本語が喋れなくなったか?」

「お、お前、急に饒舌になるんじゃねぇーよ!?何か破片が引っかかっただけだよ!?」


 そう言いながら、テーブルの破片を何とか持ち上げようとしていた相亀が、そこにある何かに気づいた。


「あれ?これって…?」

「どうした?日本語が喋れるようになったか?」

「いや、だから、うるさいんだよ!ここに穴があるんだよ!」

「穴?」


 相亀が指差した場所には床下へと通ずる穴が開いており、それを見た瞬間に幸善は気がついた。視線を下げて、先ほどまでトカゲの尻尾が散らばっていた床を見てみる。流石に床の一部は幸善達が乗っても問題がないように崩れる気配はなく、他に穴が開いている場所はない。


 しかし、軽く押してみると、僅かに軋む音を鳴らしながら、床板は凹んでいく。その凹みの大きさは軽く押しただけでも分かるほどであり、人が動いたのなら、もっと分かるだろうと簡単に想像できた。


「ああ、これか…」


 そう呟いてから、幸善は相亀が投げていたテーブルの破片を見た。それらは本棚にぶつかって床に落ちており、その上では本棚に何本かのトカゲの尻尾が刺さった痕がある。

 こうしてみると分かりやすいと思いながら、幸善は近くに落ちていたキャビネットの破片をいくつか拾って、水月に声をかける。


「水月さん!俺がこれを投げたら、その刀で壊してくれ!」

「え?うん、分かった…?」


 水月は幸善の考えが分からなかったようだが、幸善が順番にキャビネットの破片を投げていくと、順番にそれらを切り落としてくれた。その破片が床にいくつか散らばり、床と強くぶつかっていく。


 その直後、トカゲの尻尾が空中で静止し、四方八方に飛び出した。

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