猿の尾は蜥蜴のように切れない(14)

 手に持ったトカゲの尻尾が変異したことに気づき、牛梁は咄嗟にトカゲの尻尾を投げ捨てていた。宙を舞うトカゲの尻尾は変色し、投げられた空中でも伸びたまま、形を変えることがなかった。


 それだけの光景に違和感を覚えたのも束の間、トカゲの尻尾は空中で突如として静止した。

 先ほどまでと明らかに違うトカゲの尻尾に、本来はあり得ない空中で留まる様子が加わり、幸善達は唖然とした顔のまま、その尻尾から目を離せなくなる。


「これは…?」


 牛梁が自分の投げ捨てた尻尾の変化に驚いた様子で呟く中で、誰よりも先にその光景の危険性に気づいたのは、意外なことに冲方だった。スマホを幸善達に突き出したまま、空中で静止したトカゲの尻尾に、焦ったような声を上げている。


「逃げるんだ!」

「えっ…?」


 相亀が間抜けな声を漏らした直後だった。空中で静止していたトカゲの尻尾の先端部分が相亀を向き、相亀の顔を掠めるように飛んでいった。相亀の頬を掠ったトカゲの尻尾は、相亀の背後にあった壁に突き刺さっている。相亀の頬には鋭い傷跡が残り、じんわりと滲み出た血液がゆっくりと流れ落ちている。


「え…?」


 相亀が再び漏らした間抜けな声を合図にしたように、床に散らばっていた無数のトカゲの尻尾がゆっくりと浮かび上がってきた。それらは牛梁が手に持っていた尻尾と同じく変色し、手に持ったら揺れていた先ほどまでの尻尾と違い、一ミリも動く気配がない。


「これはやばい…」


 目の前の光景に幸善が表情を強張らせながら呟いた途端、浮かび上がっていた無数の尻尾が空中で静止した。それに気づいた幸善達は咄嗟に身を屈める。


 その直後、空中で静止していた尻尾が一斉に周囲に飛び出した。弾丸のような速度で飛んでいき、最初の尻尾がそうだったように、壁に突き刺さっていく。


「おいおい!こんな中でトカゲを探すのかよ!?」

「正直言って無理だよな…どうするんですか?」


 幸善と相亀の呟きを聞きながら、冲方は必死に考え込んでいる様子だった。その間に水月は持ってきていた荷物を漁り、その中から刀を取り出している。以前から水月が使っていたあの小刀の一本だ。


「取り敢えず、トカゲの本体を見つけないといけないね。この尻尾を掻い潜りながらだけど…」


 まとまった考えを順番に口にするように言いながら、冲方が持ってきていた刀を二本取り出していた。身を屈めたまま、それを構えながら、幸善達を見てくる。


「この尻尾の対処は素手だと厳しいと思うから、私と水月さんが何とかするよ。三人はトカゲの本体を見つけて」


 冲方と水月が互いに合図を出して、その場で立ち上がった。一度壁に突き刺さっても、再び動き出し、幸善達に向かって飛んでくる尻尾を弾き飛ばすように、揃って刀を振るい始める。


「本体を見つけるって…この部屋の中から?」


 飛び交う尻尾を何とか躱しながら、相亀が困ったようにリビングの中を見回していた。幸善や牛梁も同じように周囲を眺めてみるが、周囲にトカゲの姿はない。少なくとも、幸善達が簡単に見つけられるところに、問題のトカゲはいないようだ。


「家具が残されているからな。その後ろにいるのかもしれない」


 牛梁の呟きに相亀が拳を構えながら家具を見た。恐らく、家具を吹き飛ばそうと考えたのだろう。


「待て、相亀。ここは廃屋だ。家具だけでなく、建物全体が崩れる可能性がある」

「た、確かに…分かりました。頼堂!建物を持つ準備をしてくれ!」

「どういう流れだよ!?家具を吹き飛ばすなよ!」

「それ以外にどうやって、トカゲを見つけるんだよ!」

「普通に横に退けたらいいだろうが!」


 幸善が近くの家具を手で持ち、その場から移動させようとした。その動きを制止するように、トカゲの尻尾が幸善を集中的に狙ってくる。その一部は冲方が打ち落としたが、全てを打ち落とすには手数が足りなかった。幸善は咄嗟にその場から離れて、トカゲの尻尾を避けるしかなくなる。


「今、妨害したってことはその後ろにいるのか?」

「もしくは家具の後ろにいることは正解で、自分の居場所を特定されないように、片っ端から止めている可能性もある」

「それなら、どちらにしても家具の後ろにいることは確定ってことですね。冲方さん!」


 幸善の呼びかけに冲方は尻尾を払い落しながら、不思議そうに幸善を見てきた。その視線を確認してから、幸善は近くの家具を指差す。


「全部、壊しましょう。それを使って」


 家具から別の物に幸善が指を向ける姿を見て、冲方は納得してくれたのか頷いていた。

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