猿の尾は蜥蜴のように切れない(2)

 テーブルの上にスマホを置き、頼堂らいどう幸善ゆきよしは全身全霊で拝んでいた。小さく懇願の言葉を呟きながら、スマホを神のように崇める姿に、目撃した久世くぜ界人かいとは困惑した表情をしている。既に東雲しののめ美子みこ我妻あづまけいは幸善の奇行に慣れており、平然とした顔をして見ている二人に、久世は疑問の言葉を向けていた。


「これは何?」

「今日から欲しいライブのチケット抽選の申し込みが始まるんだって」

「え?いや、抽選の申し込みが始まるだけなら、まだ当たるかどうかのタイミングじゃないよね?」

「今から祈っていたら、当選発表くらいのタイミングで祈りのパワーが溜まる予定らしい」

「何、そのオカルト?」


 事情を知ったことで更に困惑した顔をする久世に見守られながら、幸善はスマホに拝み続けていた。とにかく、ここで運を溜めていかないと、自分は地獄に落ちることになる。必死になる幸善の隣で、東雲達の会話は幸善をほったらかしにして、次の話題に移っていた。


「そういえば、七実ななみ先生、今日は休みらしいね」


 思い出したように言った東雲に、我妻と久世は同意するように頷いていた。七実春馬はるまが校内で倒れており、病院に運ばれたという話は幸善達も昨日の時点で聞いていた。詳細は学校を終えてから、冲方うぶかたれんの報告を受けて知るのだが、その当時から気の変化自体には幸善は気づいていた。休み時間であり、幸善も向かおうかと思ったのだが、必要に絡んでくる久世の対処をしていたら、結局向かうことができなかったのだ。相亀あいがめ弦次げんじが巻き込まれたことも、冲方からの報告の時に知ることになった。


「取り敢えず、今日と週末を休んで、療養に努めるらしいな」

「まあ、僕はいいけどね。あんまり好きじゃないし」

「好きじゃなくても怪我をした人は心配してあげるべきだと思うよ?」

「う…うん、そうだね…ごめん…」


 東雲に叱られた久世が縮こまっていた。その様子に内心笑いながら、スマホを拝み続けていた幸善が、昨日に起きたことを思い返しながら考えていた。


 序列持ちナンバーズの二人が人型にやられた。要約するとそういうことらしいが、問題はそれほどの人型が忽然と消えたらしい。その人型の特徴から、周囲の人間の中にいる可能性もあるらしく、そうなると東雲や我妻がターゲットになる可能性も考えられる。


(大丈夫なのか…?)


 そう思ってから、幸善はかぶりを振った。雑念が入ってしまっている。その雑念でNoir.ノワールのチケットが外れてしまうと、幸善は殺される前に腹を切るかもしれない。ここは無心になって祈るべきだと思い、幸善は何も考えないように気をつけながら、改めて拝み始めた。


「お願いします…お願いします…お願いします…お願いします…」


 その呟きの隣で、東雲達の話は更に進んでいる。


「あ、でも、相亀君は学校に来たって聞いたんだけど、大丈夫なのかな?」

「気になるのなら、見に行ってみる?」

「ああ、いいね」

「ん?」


 無心になろうとしながら、必死に拝み続けていた幸善だったが、流石に会話の内容が気になり、顔を上げてしまった。そこを狙っていたわけではないと思うが、東雲が顔を上げた瞬間の幸善を見てきた。


「ほら、幸善君も行こう」

「え?ちょっと待って。相亀のところに行くのか?」

「うん。そうだよ」


 平然と言ってのける東雲に幸善は動揺を隠せなかった。東雲達を相亀に逢わせたくないわけではなく、幸善が今は相亀に逢うことをできれば避けたかった。特に何か明確な出来事があったわけではないのだが、幸善の中の印象の相亀は不運の塊であり、その相亀と逢うことで悪い運気がこちらに流れてくるのではないかと怯えていたのだ。


 この大事な時期に相亀と逢うことで、幸善に不運がついてしまったら、取り返しのつかない事態になる。できれば相亀に逢いたくないのだが、東雲が言い出したら、幸善の意見が通るとは思えない。


「スマホを崇めるのに忙しいから、俺はちょっと」

「なら、崇めながら行こう」


 下手に否定されなかったことで、断ることが難しくなった。恐らく、天然なのだろうが一枚上手としか思えない東雲の対応に、幸善は言葉に止まった。


「時に諦めることも大事だよ?」


 久世がそう声をかけてきて、幸善は仕方なく諦めることにして、取り敢えず、久世の足を思いっ切り踏んでおいた。


「何で!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る