月から日まで七日で終わる(4)

 浦見との再会に幸善が驚く一方、浦見は納得した顔をしていた。浦見は買い物途中だったのだろうかと一瞬思った幸善だが、浦見が気になることを言ったと思い出す。


「やっぱり?ここに俺達がいると思ったんですか?」

「ああ、うん。だって…」


 浦見が幸善との会話を中断し、目の前でスマホを弄り始めた。急にどうしたのだろうかと思っていると、唐突に子供のような無邪気さで、幸善にスマホの画面を見せつけてくる。そこには幸善も見覚えのあるニュースが映し出されている。


「この失踪事件。君達が調べると思ったんだよ」

「ああ、それで…」


 浦見も自分達と同じく、女性達の失踪事件を調べているのかと納得する一方で、浦見はまた妖怪に関わることを妖怪に関わると分かっていながら調べようとしているのかと幸善は呆れていた。浦見は以前、奇隠のことを暴こうとした結果、人型に拉致された経験がある。一歩間違えれば命を落としていたかもしれないはずなのだが、まだ懲りないのかと幸善は思った。

 その幸善の思いが表情に出ていたようだ。浦見は苦笑いを浮かべながら、頭を掻いていた。


「大丈夫だよ。調べて記事にしようとか思ってないから。これは恩返しのつもりなんだよ」

「恩返し?」

「そう。君達には助けてもらったからね。俺が調べられるところは調べて、分かったことを情報として提供しようと思ったんだ。もちろん、危険だと思ったら、すぐにやめるつもりだったよ」


 浦見がそのように説明してきても、幸善は半信半疑だった。幸善は浦見が想定外の行動を取ることを良く知っているので、生半可なことでは信じられない。当の浦見も信じてもらえないことに慣れているのか、未だに疑いの目を向ける幸善に苦笑を返してくるばかりで、弁明の言葉の一つもない。


「まあ、そろそろ調べることをやめようと思っていたところだし、ここで逢えたのなら、俺の手に入れた情報を渡すよ」

「やめようとって、危険だと思ったってことですか?」

「そういうところだね。ちょっと危ないところに繋がるかもしれないって思う情報が手に入っちゃったから」

「え?本当ですか?」


 人型を知っている浦見が危ないと判断するということは、それも人型に繋がる可能性の高い情報ということだ。もしかしたら、浦見は自分達よりも有益な情報を持っているかもしれないと思い、幸善は前のめりになった。


「それは一体?」

「例のニュースを見てね。目撃されてる双子が気になって、そのことを調べてたんだけど、結局、双子自体はニュースになっていること以上の情報が手に入らなかったんだよ。ただ目撃した人達から話を聞いている時に、その人達が教えてくれたんだ。俺よりも前にがいたって」


「それって仙人じゃ?」

「俺も最初はそう思ったんだけど、更に聞き込みを続けていたら、俺が三回目になる時があったんだよ」

「三回目?」

「そう。多分、一回は君達の関係者だと思う人なんだけど、それとは別に男がもう一人、聞いていたみたいなんだ。それも君達の関係者は複数人で聞き込みしているみたいだけど、その男の人は必ず一人みたい」


 奇隠に恩返しをするために調べている浦見と、Q支部に所属していると思われる仙人。それ以外に双子を目撃した人物から聞き込みを続ける謎の男。謎の第三者の登場に幸善は首を傾げた。Q支部に人材を割いてまで、再度調べる余裕があるとは思えない。仙人が二回に渡って調べている可能性はかなり薄い。


 それなら、その第三者は誰であるのか。考え始めた直後、幸善の頭の中に薫の姿が思い浮かんだ。まさか、薫は双子の目撃者を探し出し、その情報次第では始末しようと考えているのではないかと思ってみるが、そこまで大胆な行動を取るようには思えない。


「それに一番気になるのが、ショッピングモール周辺でその男の目撃情報が多かったんだよ。ここの店員とか、良く訪れる客とかに多く話を聞いているみたい。それも中には双子を目撃していない人に双子を目撃したかどうかまで聞いていたみたい」

「え?それって、いつのことですか?」

「具体的には分からないけど、最低でも一週間前くらいから現れてるみたいだけど」


 双子がショッピングモールに関わっていると断定されたのは、幸善達が双子と駐車場で接触した昨夜のことだ。それ以前の奇隠は失踪した女性の家を中心に、双子の目撃情報を集めていた。ショッピングモールに双子がいるどころか、そこが怪しいとすら思っていなかったはずだ。


 男の行動の異様な速さに幸善は疑問を懐いた。幸善達よりも先に双子の存在を知っている人物が、双子の目撃情報を聞き込みしている。

 そう思ったら、やはり幸善は薫の顔しか思い出せない。


「君達がここにいるってことは、やっぱり、ここに何かあるみたいだし、俺はここで調べることをやめるよ。気づいたら、近づいちゃったみたいだから」

「その方がいいと思います。ありがとうございました。聞き込みをした人が誰なのか、まとめて教えてもらえますか?」

「うん、分かった。連絡先を教えてよ。リストにまとめて送るから」


 幸善が浦見に言われるまま、連絡先の交換をしていると、不意に思い出したように浦見が口を開いた。


「そういえば、重戸さんがどうしているかとか知らないよね?」

「え…?」


 唐突な一言に幸善は言葉を失った。人型があった正体が露呈した重戸は、今もQ支部の中で留置されているはずだ。そのことは浦見にも、重戸が浦見と一緒に働いていた出版社にも、もちろん知らされていない。


「いえ、俺は…」

「だよね。実はあの後、急に会社を辞めちゃったみたいでさ。元気にしてるならいいんだけど、ちょっと心配で」


 そう言いながら、どこか気恥ずかしそうに苦笑する浦見の姿に、幸善の胸が痛んだ。さっきは恩返しと言っていたが、重戸と女性が失踪した事件が関わっている可能性も考えて、浦見は調べ始めたのかもしれない。

 そう思ったら、幸善は浦見に本当のことを言いたくなった。


「ごめんね。変なことを聞いて」

「い、いえ、大丈夫です…」


 しかし、言い出せなかった。自分の信用していた後輩が、自分を拉致したこともある人型の一体だと知らされ、浦見がどのように思うか想像したら、伝えることができなかった。


 後で情報を送ってくれることを約束し、浦見を見送った直後に、牛梁が声をかけてくる。


「どうした?」

「いえ、何でもないです」


 そう呟いてから、幸善は浦見から聞いた話を冲方に報告することにした。

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