兎は明るく喋らない(7)

 Q支部に到着した幸善は佐崎達と別れると、すぐにQ支部の中を移動し、秋奈の眠っている病室に向かっていた。秋奈は未だに目覚めていないようだが、一度見舞いに行きたいと思ったら、自然と足が秋奈の病室に向いていた。

 詳細は分からなかったが、治療に影響が出ないように、仙人や妖怪のような強い気の持つ存在は近づけないようで、幸善が病室に入ることはできないそうだが、外から秋奈の様子を見ることはできるらしい。その話を聞き、教えてもらった病室の前まで幸善は移動する。


 そこで一人の女性が立っていることに気づいた。Q支部の中にいるくらいなのだから、仙人か仙人の関係者だとは思うのだが、その女性は幸善の知らない女性だ。誰かと思っていると、腕の中で何かを抱えていることに気づく。ゆっくりと近づきながら、それが何かと覗き込んでいると、白い塊が見えてきた。


 やがて、それが白い猫、延いてはグラミーであることに幸善は気づいた。そこでグラミーも幸善の気配に気づいたのか、こちらに視線を向けてくる。それに釣られて、女性も幸善を見てきた。


「久しぶりだな」

「あ、ああ…」


 グラミーの声に返答した幸善に向かって、女性が不思議そうな視線を送ってきていた。グラミーを抱きかかえている、この女性は誰だろうと思っていると、不意に花が開いたように、女性の顔が明るくなる。


「あ、もしかして、貴方が頼堂幸善さん?」

「えっと…俺のことをご存知で?」

「はい、もちろん。貴方は有名ですから」


 どの部分が特に有名なのか気になったが、それ以上に女性の正体が幸善には分からなかった。誰なのか聞こうとしたところで、グラミーを抱いたまま、女性がこちらに身体を向けてくる。


「私は満木まき夏梨かりんです。普段は保護した妖怪の管理を担当しています」

「保護した妖怪の管理?そんな仕事があったんだ…」

「はい。もちろん、永続的に奇隠で飼えるわけではないので、野生で発見されたり、飼い主が亡くなったりした妖怪を、一時的に保護しているだけなんですけどね」

「一時的にってことは、その後は?」

「例えば、野生で発見された妖怪の場合は、奇隠で記録を取ってから、自然に帰されたり、場合によっては海外のもっと環境の良い場所に送られたりします。飼い主が亡くなった場合は、新しい飼い主を奇隠が探して、そこに預けられることが多いですね。しばらく人間と暮らしていた妖怪は、人間との共存を望んでいる個体が多いですから」

「なるほど」


 満木夏梨の話に納得しながら、幸善は満木の腕の中で大人しく抱かれた状態のグラミーを見た。グラミーはQ支部の中で秋奈に飼われていたはずだ。そう考えていると、幸善の視線に気づいたグラミーが口を開く。


「私も一時的に預けられている状態だ」

「ああ、そういうことか」


 幸善が秋奈に目を向けて納得した。秋奈があの状態ではグラミーの世話は到底できない。その間にグラミーの放置もできない。グラミーを他に世話する人物が必要で、その人物として満木は最適な人材だったということのようだ。


「今は他の妖怪と寝食を共にしている」

「大丈夫なのか?グラミーは独占欲が強いからな」

「誰の独占欲が強いと?」

「いや、だって、お前がここに来た時の感じとか、凄く独占欲が強い感じだったし」

「そんなことはない。私だって大人の猫だ」

「神社に入ってきた幼気な高校生を攻撃する奴が大人なわけがない」


 幸善がいつもの調子でグラミーと話していると、その様子を不思議そうに満木が見ていることに気づいた。やはり、初めて見た人からはおかしく見えるのだろうかと思い、つい、いつもの調子で話してしまったことを幸善は反省し、口を閉じた。


 しかし、その途端、満木の目が輝き出した。


「本当に妖怪と話せるんですね!?」

「え、あ、まあ…」

「凄い!どうやってるんですか!?」

「いや、それは謎というか…気づいたら、話せたというか…」


 唐突に前のめりになった満木に幸善が反応に困っていると、同情した目でグラミーがこちらを見ていることに気づいた。


「そいつは大の妖怪好きのようだ」


 そう呟いた声に幸善は酷く納得すると同時に苦笑いを浮かべた。葉様はざま涼介りょうすけの対極にいる存在という点は好意的に思えたが、それも度が過ぎると困りものだ。何でもそうだが、あくまで程々がちょうどいい。満木の好奇心による質問攻めに遭い、幸善は心底そう思った。


「どんな妖怪とも話せるんですか!?」


 何個目かの質問か分からないくらいに質問され、その質問が満木の口から飛び出した時、苦笑いを浮かべた幸善の頭の中をウサギが跳ねていった。


「あっ、そういえば、何かウサギの妖怪をQ支部が預かったって…」


 失踪した女性の一人である田村が飼っていたウサギを、現在はQ支部で保護しているはずだ。満木が妖怪を保護しているのなら、もしかしたらと思って幸善が聞いてみると、案の定、正解だったようで満木が頷いた。


「はい。今、ちょうどいますよ」


 ウサギは声帯がないので喋れない。そこから何かを聞くことはできないと幸善は聞いたが、一度くらいは逢っておきたい。そう思った幸善が満木に聞いてみた。


「そのウサギに逢えますかね?」

「はい。大丈夫ですよ。今から行きますか?」

「お願いします」


 幸善はグラミーを抱いたままの満木に案内され、Q支部の中を歩き出す。その直後、忘れていなかったように満木の質問が再開され、幸善の苦笑いは途切れることがなかった。

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