吊るされた男は重さに揺れる(6)

 起爆剤は幸善の写った写真だった。それまで静けさに包まれていたはずの浦見の部屋は、その写真の登場により、一変することになった。少し前までの光景が嘘のように、部屋の中は騒がしさに包まれる。


 という騒がしさに。


「ダッサ!バッチリ撮られてるじゃねぇーか!」


 腹の底からの笑い声を上げながら、相亀が幸善と写真を何度も見比べていた。幸善についてきたノワールは「そんなことか」と言いたげに、さっき作った寝床に戻っていき、残された幸善は相亀の笑い声に晒され続ける。

 何か言い返したい気持ちはもちろんあるが、言い返すことも難しい。写真に撮られたことは事実であり、それは明らかな幸善の落ち度だ。


 言い返せないが、ふつふつと湧いてくる怒りは止められないので、幸善は気を紛らわせるために別の写真を見ることにした。


 幸善と福郎の写った写真と同じ場所で撮られたと思うのだが、ミミズクの前と思われる場所を撮った写真が数枚。内容的に亜麻との戦いの後だと思われた。

 確か穂村から雑誌記者の存在を聞いたのが、その頃だったと思うので、この時に写真を撮ったことが奇隠を調べるきっかけになったのだろう。


 それから次、と思い、幸善が次の写真に目を落とす。その直後、幸善は未だに笑い続ける相亀に目を向けていた。「何だよ?」と笑いながら聞いてくる相亀に、幸善は見たばかりの写真を目の前に突き出し、相亀に見せつける。


 その写真には相亀がバッチリ写っていた。場所的には高校で撮られた写真だろう。


「あっ…」

「お前も撮られてるじゃねぇーか!?」


 人のことを散々笑っておきながら、ちゃっかり自分も撮られていた相亀に、幸善はそこまでの鬱憤を渾身の叫びと共にぶつけた。相亀は途端に恥ずかしくなったのか、さっきまで普通だった顔を赤くしている。


「しかも高校まで来て撮られてるじゃねぇーか!?」

「ウルセェー!?そもそも、お前が撮られたから…って、高校だな…?」


 何か言い返そうとした相亀が急に冷静になって、写真を見た。どうしたのかと思っていると、その写真を見ながら、ぽつりと呟き始める。


「これ、高校で撮ってるってことは俺って分かって撮ってるよな?」

「はあ?何が言いたいんだ?」

「これってさ。俺が知られたのって、あの蜘蛛の後だよな?つまり、あの蜘蛛の段階で俺を知った浦見十鶴が高校で俺を見つけて、俺を撮ったんだよな?」

「それが…」


 幸善の一言は疑問形にならなかった。相亀の言いたいことが分かり、一転していた戦況に再び変化が訪れることを察した。

 相亀が鬼の首を取ったように、幸善に向かって指を突き出してくる。その動きに応戦するため、幸善は新たな武器を求めるように次の写真を見た。


「全部お前から延焼してるじゃ…」

「あっ…」


 相亀の言葉を遮る意思もなく、ただ反射的に声が漏れた。その声に遮られたことで相亀はイライラした顔で睨みつけてきたが、一枚の写真を見せると、大人しくなって同じように「あっ…」と声を漏らした。


「これって、有間ありまさん?」

「ていうか、全員いる」


 幸善が他の写真を並べていく。そこには有間隊の面々と翼の生えたオオカミの戦いが切り取られていた。復帰早々に有間沙雪さゆきが特殊なオオカミと戦った話は聞いていたが、その戦いまで浦見は撮っていたのかと幸善も相亀も驚いた。


「しかし、これだけ奇隠の写真を撮ってたのか」


 さっきまでの揶揄いモードもなくなり、冷静になった相亀がぽつりと呟いた。幸善も同じことを考え、本当にここまで写真を撮れるものだろうかと疑問を覚え始める。


「もしかしたら、人型として最初から知っていたから、これだけ写真が撮れたのか?」


 不意に思い出したのは、No.7、戦車ザ・チャリオットが以前言っていた言葉だ。


 幸善は監視されている。あの言葉はこういうことだったのかと考えてみるが、それにしてはどれも実際の行動に繋がっていないところが疑問である。


 それからも幸善と相亀は浦見の部屋を調べてみたが、幸善達の写った写真以外に関係のありそうなものは見つからなかった。

 次は周辺の聞き込みと出版社の聞き込みなのだが、それに繰り出す前に幸善と相亀は揃って座り込んだ。


「休憩~」


 流石に物が多過ぎて、関係のない物を関係がないと判断するだけで疲れ切ってしまっていた。それだけでなく、幸善と相亀は昨晩の戦いから回復していない。ここで少しでも休まないとすぐに動けなくなる。

 座り込んだ幸善の隣で、我慢できなかったように相亀が寝転んだ。そのまま、自分の両手の様子を確認するように、腕を軽く揉んでいる。


「しかし、何で死神は吊るされた男の番号を口に出したんだ?」


 不意に思ったのか、相亀がそう呟いた。幸善は言われるがまま、その時の状況を思い出してみる。


「何かに気づいたみたいだったけどな。何に気づいたんだろうな?」

「正体…は知らないはずないしな」

「気づいてなさそうなことか…」


 そう言いながら、幸善は到着時の死神の反応を思い出した。


「そういえば、俺が来ると思ってなかった風のこと言ってたな。来たことに驚いていた感じだった」

「来ないと思ってたのか?何でだ?」

「さあ?」


 考えても分からないことはどれだけ考えても分からない。身体が休んだら、早々に考えることをやめて、幸善と相亀は聞き込みを始めることにした。


 とはいえ、幸善はノワールを連れている。


「お前、一度家に帰った方がいいんじゃないか?それから、先に出版社の方に行ってろよ。こっちは俺が聞き込むから」


 犬がいたら面倒なこともあるかもしれない。そう判断したらしい相亀の指示に、素直に従うことは癪だったが、間違っているとは思わなかったので、下手に言い返すことをせず、幸善はノワールと一緒に浦見の家を後にした。周辺住民への聞き込みは相亀に任せることにしよう。


 そこから、家に一度帰ろうとしたところで、不意にノワールが口を開く。


「さっきの話だが」

「さっきの話?」

「お前と相亀が話してた話だよ」

「ああ、吊るされた男の番号を呟いた理由か」

「それだが、そもそも、No.12がとかないか?」

「時間稼ぎ?」

「本来はNo.12が時間稼ぎしてるはずなのに、幸善が現れてビックリしたとか」


 確かにノワールの言うことは状況に当てはまっているが、その理由の部分がスカスカで納得できない。気になるポイントは複数あったが、その中でも特に気になるポイントが一つある。


「何で時間稼ぎするんだよ?」


 ノワールの話は前提的に時間稼ぎをする理由が必要だった。逃げるためなら、幸善達の来訪時点で逃げればいいし、応戦するつもりなら時間稼ぎが必要だとも思えない。あの場に誘い込むにしても、何かを準備している素振りはなかった。

 時間稼ぎをする理由があの場所にはなかったはずだ。


「例えば、何かをしていたとか?」

「そんな感じはなかっただろう?死神がいた体育館だって何もなかったんだし」

「そこ何だよな~」

「どこだよ?」

「いや、のにって思ったんだよ」

「それは…」


 確かに体育館には何もなかった。あそこにわざわざ隠れる理由もない。そう考えると、何もない体育館にいたことは不思議に思えてくるが、その理由を考えても分かるものなのだろうか。


 そう思っていたら、ノワールが何気なく呟いた。


「それとものか?で時間稼ぎをしたとか?」

「何かって…」


 ノワールに聞きかけて、幸善は一つの疑問点に気づいた。


 あの場所で現れた妖怪は二体だけだ。一体は幸善が戦った死神で、もう一体は相亀が戦った巨大な妖怪。一応、冲方の戦った相手もいるが、あれは妖術の可能性が高く、本体を確認できていないため、浦見が人型なら現場にいたことになるが、それ以外の場合は現場にいたかどうかも分からない。


 つまり、あの学校にいた妖怪は人型を除く相亀が戦った一体だけになる。


 それはあまりにのではないか。


「もしかして、相亀が戦ったような妖怪がけど、それを移動させていた?」


 思いつきを呟いた幸善にノワールが目を向けてくる。


「その可能性があるかもな」

「ただ、その場合はが必要だよな?」

「問題はその場所だな」


 ノワールが呟き、幸善が考え込み始める。浦見の家から少し離れようとした時のことで、その声は不意に聞こえてきた。


「あれ?君は?」


 幸善とノワールが同時に顔を上げ、その声の聞こえる方向に目を向ける。

 そこには重戸が立っていた。

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