蜘蛛の糸に秘密は吊られる(7)
放課後。下駄箱の前。緊張した面持ちで、可憐な少女が立っている。少女は誰かを待っている様子だ。
その少女の前に、一人の少年が現れる。少女は少年の姿を見つけると、緊張した表情を笑顔に変える。
それは緊張のせいか、少しぎこちないが、とても嬉しそうな笑顔だ。
そうして、笑顔を作った少女が少年に声をかける。
「一緒に帰らない?」
勇気を持った少女の一言に、少年は嬉しそうに微笑みながら、「うん」と小さくうなずく。
―――みたいなシチュエーションを幸善は体験していた。
ただし、相手は可憐な少女ではない。
相亀だ。
「一緒に帰るぞ?」
「その前に病院に行くべきだな。お前は何かしらの脳の病気の可能性がある」
本気で心配してあげたつもりだったが、相亀は無言で幸善を殴りつけてきた。
幸善は取り敢えず、相亀の拳を受け止めて、冷静に殴り返してあげる。
ただそれも受け止められ、二人はお互いの拳をお互いに握り合っている状態になった。
「どうしてお前がここにいるんだよ?」
拳を握り合いながら、幸善が聞いてみる。
相亀は幸善の拳を握り、幸善に拳を握られながら、幸善の後ろを怪しく見回している。
「それよりも、今日はお前一人か?」
「その確認がいるなら、まずは確認しろよ」
第一声とか、殴りかかる前にするべきことがあるだろう。
当然のことを幸善は思ったつもりだったが、相亀は意に介していない様子だった。
幸善の後ろに誰もいないことを確認すると、受け止めていた幸善の拳を放してくる。
このまま、油断した相亀の顔面に拳を減り込ませるのも乙なものだったが、ここは先に解放した心意気に敬意を表し、幸善は殴らずに相亀の拳を放してあげることにする。
「穂村が言っていただろう?雑誌記者がお前を調べているって。その警戒用で、お前は俺と一緒に帰ることになった。これは罰だ。甘んじて受けろ」
「お前は俺がお前と帰ることに苦痛を感じていると思っているんだな?」
「え?思ってないのか?」
「安心しろ。思ってる」
そこから、再びお互いの拳を握り合う展開になるのに、十秒もかからなかった。
不本意ながら、相亀と一緒に帰ることに決定してしまった幸善は、相亀と一緒に帰り道を歩いていく。
それもただの帰り道ではなく、尾行されているかどうかが把握できる上に、家の位置が知られないようにするため、いつもより遠回りしていた。
そのため、いつもなら家に帰っている時間になっても、幸善は相亀と一緒に並んで歩くことになってしまう。
それは新手の拷問のようだった。
「ていうか、写真まで撮られて気づかないのかよ?勘が鈍いんじゃないのか?」
「五月蝿い。福郎も気づいていなかったみたいだから、仕方ないだろうが」
「いやいや、妖気もまだ感じ取れないみたいだし、相対的にお前が鈍い可能性が高い」
「人型の妖気はちゃんと感じました!一瞬だけど、ちゃんと感じ取りました!」
「一瞬で威張るなよ…」
呆れた様子の相亀に弄られながら、幸善は新手の拷問に耐え続けていた。
何とか言い返してやりたい気持ちはあるが、言い返すにしても幸善の状況が不利すぎる。
亜麻の妖気を感じ取ったことは確かだが、それ以降、妖気を感じられる機会がなく、あれが偶然や勘違いの可能性が消えていない。
相亀の言う通り、幸善の勘が鈍い可能性は正直、否定し切れない。
「せめて、二度目があったら…」
「いや、二回くらいで威張るなよ?」
相亀の困惑した目に見られ、幸善が唇を噛んだ瞬間だった。
幸善と相亀の間を通り抜けるように、生温い風が前方から吹いてきた。嫌な風とも表現できる風に、幸善は咄嗟に顔を向ける。
その方向に相亀も顔を向けた直後、「うわっ!?」という男の声が聞こえてきた。
「今の風…それに今の声って…?」
「風…?いや、それよりも、今のは妖気だ」
「妖気…?」
相亀の言葉に聞き返しながら、幸善は自分の感じた風が、実際には吹いていなかった事実に気づく。
どうやら、亜麻の時に感じたものは勘違いなどではなかったらしい。
「行くぞ!!」
相亀に言われることは癪だったが、そのことを口に出している暇はない。
幸善は相亀と一緒に走り、生温い風の発生源だった路地裏に飛び込んだ。
そこには一人の男が座り込んでいた。その足には白い塊が張りつき、地面とくっついている。
「何これ!?」
男は自分の足に張りついた白い塊を取ろうとしているが、取ろうとした手にも張りつき、被害は拡大しているだけだ。
その男に幸善が声をかけようとした瞬間、相亀が立ち止まり、空を見上げていることに気がついた。
「どうした?」
幸善が声をかけると、相亀は無言のまま、ゆっくりと上を指差している。
「何だよ?」
そう言いながら顔を上げたところで、幸善は固まった。
巨大な蜘蛛の巣。そこに居座る巨大な蜘蛛。蜘蛛の巣に絡まる意識を失った女性。
「何だ、これ…?」
「いやいや、おかしいだろう…?」
幸善と相亀は揃って、戸惑いの声を出していた。
建物と建物の間にぶら下がった巨大な蜘蛛からは、生温い風が絶えず穏やかに吹き続けていた。
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