蜘蛛の糸に秘密は吊られる(3)

 重戸えと茉莉まりが出社した段階で、既に浦見うらみ十鶴とつるのテンションは上がっていた。重戸の経験上、浦見のテンションが高い時はロクでもない時だ。何か悪いことが起きる予感がすると思い、顔に苦さを浮かべながら、重戸はこっそりと自分の席に座ろうとする。


 そこを浦見に見つかった。浦見は重戸の姿を見るなり、声をかけてくるわけでもなく、優しい笑顔で手招きしてくる。「こっちに来い」と語る以上に語っているが、悪い予感に襲われている重戸はあまり近づきたくない。


 だが、重戸は浦見と一緒に行動するように言われている。それはまだ新人の重戸の教育を浦見が担当するため――という方便で重戸に浦見を監視させるためのようだ。入社後、浦見と一緒に行動するようになって、すぐに重戸はそのことを悟った。


 悪い予感がしても、浦見に近づかないという選択肢は重戸に許されていない。手招きされるまま、重戸が浦見の席まで近づくと、浦見がテーブルの上に何かを広げていることが分かった。


「どうしたんですか?」

「スクープだ。それもかなりの。きっと凄い記事になる」


 そう言って、浦見はテーブルの上に並べていた数枚の写真を重戸に見せてきた。有名人でも誰でもない二人の男が向かい合っている写真。寝袋のような袋の中にスーツ姿のサラリーマンが入れられている写真。フクロウと向かい合っている若い少年の写真。それらを眺めてみるが、どこに浦見の言うスクープ要素があるのか重戸には分からない。


「これのどこがスクープなんですか?」

「気づかないか?」

「何を?」

「これは全部俺が隠し撮りしたものなんだよ」


 そう言われてみると、どの写真も端に不自然な影がある。携帯電話で写真を撮る時にストラップがレンズに覆い被さった時を思い出す影の入り方だ。どうやら、浦見が隠れながら写真を撮る時に、その隠れている場所が写ってしまったらしい。


「何の隠し撮りなんですか?」

「分からない」

「え?」

「この人達が誰なのかは分からない」


 重戸は最大限の呆れを視線に込めて浦見を見ていた。その視線に浦見は怯んでいるが、態度を崩そうとはしていない。


「いいか!!この人達が誰なのかは分からない。だが、そこが重要なのだ!!」

「どういう意味ですか?」

「まず、この写真」


 浦見が二人の男が向かい合っている写真を手に取った。そこに写っている片方の男を指差している。


「この男はこの近くに住んでいる会社員だった」

「分かってるじゃないですか」

「ただこの男が話している男は誰なのか分からない」

「その人の友達とかじゃないんですか?」

「いや、それがこの会社員の男はって言うんだ。こんな男は知らないって」

「いや、でも写真が…」

「俺も写真を見せてそう言ったんだが、この会社員の男は記憶にないって」

「先輩が怪しいから嘘を吐かれたんじゃないですか?」

「いやいや、違うって。寧ろ、その人の方が驚いた顔をしていたくらいだから。それに他の写真も…」


 そう言って浦見が今度はスーツ姿の男の写った写真を手に取る。


「この男はこの袋の中に入れられて、車に乗せられたんだけど、そもそも、この男は意識がなかったように見えるんだよ」

「どういうことですか?」

「つまり、これは拉致だよ」

「極論では?」

「ま、まあまあ、これは予想だからいいけど…一番問題なのはこの最後の少年だよ」


 最後の一枚を手に取り、浦見は強く少年に指差した。


「これ。どんな瞬間だと思う?」

「突然のクイズですか?分かりませんよ。フクロウが目の前にいるシチュエーションとか思いつきませんし」

「このみたいなんだよ!!」

「はあ?」


 重戸は再び浦見に呆れで一杯の視線を向けていた。ただし、今度はそこに心配する気持ちも混ざっている。


「病院行きますか?」

「おかしくなっていから!?見たんだよ。この少年が話しかけたら、このフクロウが鳴いて、まるで会話しているみたいだったんだ」

「本当ですか…?」

「本当だよ!?そんなに疑うなよ!?」

「いや、だって…」


 重戸はもう一度写真に目を向けてみる。確かに少年はフクロウと向かい合っているが、人間の常識的に考えて、人がフクロウと会話できるはずがない。浦見の常識は違うのだろうかと考えてみるが、浦見もちゃんと人間のはずなので、本当に病気とかではないのだろうかと心配になってくる。


「それで、この少年を調べるんですか?」

「まあ、少年もだけど、こっちの誰か分からない男の方も調べたいよね。写真はこれだけだけど、他にも何人かいたし」

「え?一人じゃなかったんですか?」

「そうだよ。この袋に入れられている男を車に乗せたのも、その内の一人だよ」

「その人達が誰かも分からなかったんですか?」

「うん。この近くにいた住人の人に片っ端から聞いたけど、誰も覚えてないって」


 疑いの気持ちしかなかった重戸も、ここまで言われると気になる気持ちが強くなってくる。浦見が何かあると考えてもおかしくないと思えてくる。


「あれ?でも、誰も覚えてないなら、どうやって調べるんですか?」

「取り敢えず、この少年のことを調べてみようと思うんだよ。まだ一つ、があるから」

「どこですか?」


 聞いた瞬間、浦見が写真に写ったフクロウを指差す。


「このフクロウ。この後ろが隠れてて見えないんだけど、ここにカフェがあるんだよ。フクロウカフェ。多分、その店のフクロウだと思うから、まずはそのカフェに行こうと思うんだよね」


 浦見がスマートフォンを重戸に見せてくる。そこには近くにあるフクロウカフェの住所が映し出されている。


「分かりました。では行ってみますか?」

「よし、行こう」


 浦見に急かされ、重戸は荷物をまとめるために一度、自分の席に戻る。テーブルの上に置かれた鞄の中に、ちゃんと自分の名前が書かれた名刺が入っているかを確認する。

 重戸茉莉の名前と雑誌記者の名前が並んだ名刺を見つけると、重戸は満足して浦見と一緒に出版社を後にした。向かう先はフクロウカフェ『』だった。

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