第1話 少年"シヴァ・グリフィン"
あの日のことが脳裏から離れない。
友を失った日...、温もりは手から消え去り塵になる。
彼女の妖刀がポトリと手のひらに落ちる。
雨の中、僕は誓ったのだ。
"樹化異(きかい)"を殲滅し、彼女を元の世界に返すことを...。
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(聖大陸・白聖国 )
西の大きな大陸"聖大陸(せいたいりく)"。
聖大陸の北西に存在する大国"白聖国(はくせいこく)"は、貴族を中心とした王権国家である。
白聖国の国内で権力を持っているのは、"貴族騎士(きぞくきし)"と、"貴族狩人(きぞくかりうど)"の存在である。
彼らを中心に白聖国は名を挙げ、今では世界一の魔法国家としても有名である。
(白聖国 首都クロワイト郊外 フランドール)
木枯らしが吹く季節。
厚手のコートを羽織った人々が日々の生活を始める。
白で統一された景観に、青い海が照らされる。
赤と黄色の紅葉が散り、地面を赤く染めていく。
白聖国の前国家であるフラン帝国の跡地でもあるフランドールの街には、伝統的な石造りの建築物が多く残されていた。
街の中心には運河が流れており、運河を上っていくと王都がある。
かつて王都として栄えたフランドールの街には、フラン帝国時代の王宮跡が遺されていた。
飾り気のない宮殿は、人々と共に歩んだ王の性格を現しているように思える。
(フランドール城跡(フラン帝国王宮跡))
フラン帝国の王宮跡地に1人の少年が訪れていた。
「綺麗な城さ...」
少年は王宮を見るなり口から声が溢れる。
誰も居なくなった王宮だが、国内の祝賀会などで王族や貴族などに使用されることもあり、綺麗に保たれている。
竜糸(りゅうし)の繋ぎ服にマントを羽織った小さな少年は、王宮の敷地内へと入っていく。
長い堀の上の橋を渡って、高くそびえ立つ城壁と相違ない大きな鉄扉を抜けると、石造りの道が城へと導いてくる。
「良いもの見た!」
少年は美しい城を目に焼きつける。
顔を少し横に向けると小さな教会が視界に現れる。
「城内には教会もあるのかな...?」
少年は興味本位で教会へと歩み寄っていく。
王宮に比べて教会はかなり廃れていた。
壁の石には亀裂が見え、至る所に苔が生い茂っていた。
少年は恐る恐る教会の扉を開く。
教会の中は外観と違い綺麗に掃除されており、"サン教"の象徴である"陽の向日葵"の彫像も丁寧に施されていた。
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(※サン教)
...聖大陸の殆どの人々が信仰する宗教。世界の何処かに存在する生命樹より魂を預かり、死と共に魂を返還する。
聖者は日入りと日の出に礼拝し、7月の最終日には聖地シャインオークにて日の出の礼拝をする(人生に1度)
12月には、神の子"クロース・サンタヤーナ"の生誕を祝い、"サンタ祭"が開かれる。
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少年は教会の1番前の長椅子の端に座る。
「ふわぁああ...。何だか...眠たいや...」
少年は長旅で疲れたこともあり、座るなり早々に夢の世界へ落ちてしまう。
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(少年の夢の世界)
目をあけると、そこには和風の大きな豪邸が広がっている。
空も周りの景色も見渡す限り何もかも真っ白で、和風の豪邸だけに色があった。
大きな木の門の前に立っている少年は、玄関に向かって歩いていく。
すると、縁側の方から黒髪の清らかな少女が手招きしている。
少年は少女の方に歩み寄っていく。
「また来たんだな、君は」
少女は縁側に座り足を揺らしながら少年に話しかける。
「君だって来て欲しいだろ?」
少年は少女の隣にそっと座る。
少女の肌は和人にしては白く、少し褐色の少年が隣に座ると白さはさらに際立っていた。
透き通るような美しい少女は、女性らしさもどこか男性らしさも合わせ持った綺麗な人だ。
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(※和人)
西の大陸と東の大陸の間にある島国"和国(わこく)"の人間のことを指す。
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少女は少年の問いを少し間を空けてから答える。
「うーん...、別に。君がしんどいなら来なくてもいい」
少年は誰が見ても分かるほど落ち込んだ顔で話す。
「寂しいことを言わないでおくれ。眠たくない、食欲もない、朝も無ければ夜もない。こんな世界に君を閉じ込めることになってしまったのは、僕らのせいなんだから...」
少女は少年の顔を覗き込むと、少年の下がった口角を両手で無理やり上げる。
「ほら!笑顔じゃないと幸運が巡ってこないぞ?」
少年は少女の両手をそっと握る。
彼女の目を見ながら少年は誓う。
「あの日の約束、僕は忘れてない。きっと叶えてみせる」
少女は少し涙目になりながら少年に応える。
「うん、ずっと待ってるよ。君の心の中で、妖刀になって...」
少年は少女は背中に手を回すと、優しく少女を抱きしめる。
少年は少女の耳元で囁いた。
「必ず皆でまた会える日を実現させる。あの"滝壺の上にある桜の木の下で"...」
そんな時だった。
少年の体は光を放って体の色が薄くなっていく。
少女は少年に話した。
「そろそろ君が起きる頃だ。また会おう、次は君の彼女の話でも聞かせてくれ」
少年は少女に言った。
「うん、そうするさ。また会おう、式神詩音(しきがみしおん)」
少年が消える瞬間、詩音は笑顔を見せた。
少年は詩音の笑顔を見る度に思い出す。
彼女と過ごした日々を、彼女を失った日のことを...。
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(フランドール城跡(フラン帝国王宮跡))
少年は教会の長椅子に横たわって眠っていた。
少年はゆっくりと瞼をあけ、目を擦りながら静かに起き上がる。
「詩音、元気そうだったな...」
少年は右腰にある"陰陽の刺青"を触りながら長椅子から立ち上がった。
その時だった。
「何だろう、この感じ。あの時と似てる...」
少年は教会の外から嫌な雰囲気を感じとる。
少年は生まれた時から人よりも野性的な勘に優れている。
これは世界中で数百人しかいない"覚醒児"に宿る固有能力の一つである。
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(※覚醒児)
生命の源である"魂(たましい)"。
生物は魂を宿し、魂が尽きるまで生きることができる。
生命樹より生まれた魂は、魔法の力を有しており、多くの人々が魔法陣を介して魔法の力を使うことができる。
覚醒児とは、魂が宿る際に両親の魂、もしくは片親の魂を吸収し、人よりも魔力量の多い人のことをいう。
魂を吸収された両親、又は片親は魂の無い抜け殻になる為、亡命してしまう...。
覚醒児は必ず固有能力を持っている。固有能力は強力な魔法で、超人的な魔法を使用することができる。
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(王宮跡 門前)
少年が王宮の外に出てみると、小さな女の子が母親に泣きながらしがみついていた。
「嫌だよ、お母さん!どうしたの?お母さん!」
娘は必死に母親に訴えかける。
母親は喉を抑えながら必死にもがいていた。
母親の近くには小さな注射針が落ちていた。
少年は慌てて親子の元へと駆けつける。
少年は注射針を拾うと娘を抱きかかえて母親から離れた。
娘は少年の腕の中で必死に抵抗した。
「ちょっと離して!何するの!お母さん、助けて!?」
少年は注射針の中に僅かに残っている緑色の液体を見て確信した。
「"樹液(じゅえき)"だ...。お母さんはもう助からない...」
少年は注射針の中身をよく知っていた。
少年は心の中で思った。
「(樹液...、これは人間を"樹化異(きかい)"に変える薬...。あの日の雰囲気と似てるのはこれの影響...)」
少年が考え事をしていると娘が悲鳴をあげる。
「ぎゃーーーー、お母さんーー!?!?」
少年は慌てて母親の姿を確認する。
すると、母親の姿は突然変貌を遂げる。
両腕と両足が吹き飛び、新しく手足に樹木で作られた手足が生える。
手足の樹木は身体を侵食し、全身が樹木になり、首から上は花の蕾のようになったのだ。
娘はあまりの恐怖に膝から崩れ落ちてしまう。
少年は娘に丁寧に話した。
「あれは"樹化異(きかい)"って言うのさ。永遠に朽ちない肉体に、死んだ魂を無理やり動かすことで、不死の戦士となった生物。体内に謎の液体"樹液"を投与されることで発症するのさ」
娘は少年に一つだけ尋ねた。
「お母さん、もう生きてないの?死んだらどこに行くの?」
少年は娘の胸に手を当てると優しく微笑みかけた。
「お母さんは君の心の中でずっと見守ってくれるのさ。だから苦しんでるお母さんを早く楽にしてあげてくるからまっていておくれ」
少年は樹化異の方に歩み出る。
少年は地面に直径1m程の魔法陣を描くと、柄が朱殷(しゅあん)に染まった槍を取り出す。
樹化異は少年に向かって両腕の樹木を伸ばして攻撃する。
『鸞鳥(らんちょう)』
少年は瞬く間に消えて一気に樹化異との間合いを詰める。
その速度は鷹が獲物を狩る時の最高速度に匹敵した。
「君に贈るは慈悲の炎、蒼き炎の導くままに安らかに眠れ。『聖火・夢幻刀(むげんとう)』」
少年の槍の矛先は青い炎で燃え上がる。
青い閃光を放ち、燃えた槍の矛先は樹化異の首を焼き斬る。
樹化異の首は地面にポトリと落ちる。
蕾を失った樹木だけの肉体は枯れていく、次第に蕾も樹木の肉体も朽ちていき、最後には塵になって消える。
少年は槍の燃える青い炎を見つめながら呟いた。
「青い炎は決して人を傷つけない。魂だけを眠らせる刃、彼女が教えてくれたこの力で僕は樹化異のいない世界を実現させる。もう誰も、大切な人を失わないように...」
母親を失った娘は少年に尋ねる。
「あなたの名前は...なに...?」
少年は槍を魔法陣の中に収納すると幼女にいった。
「僕の名前は"シヴァ・グリフィン"、炎の精霊魔法使いさ!」
これは少年"シヴァ"が、夢の中で生きる親友"詩音"を元の世界に戻す為に、世界に溢れた樹化異から世界を救う為に、立ち向かう物語である。
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※樹化異(きかい)※
世界を震撼させる謎多き生物
手足を自在に変形させ、人々の魂を養分として生きている
蕾と樹木を切断することで成長が止まり、身体が枯れて、塵になる。
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