第8話 到着、元暗殺者達の孤児院

「ふう、はあ、あ、あれがそうか?」


 エンデュミオンが息を切らして長い坂道を登り切ると、景色が一気に開ける。

行く手にはなだらかな下り坂が伸び、その先に教会然とした立派な建物があった。


「王立孤児院が街からここまで遠いとはな、おお、もて私の両脚よ、もう少しだっ!」


 馬車便の停車駅の時点で、周囲には待ち合いの小屋ぐらいしか見当たらなかったが、ここまで辺鄙な場所にあるとは思っていなかった。


 最寄りの市街地から馬車便で2時間、そこから歩いて1時間半程かけてようやく目的地が見えたことに、少しだけ安心する。


 もっとも、時間がかかったのには、エンデュミオンは普段ほとんど運動しない為、久し振りに歩くアップダウンの激しい道のりで大分時間を食っていたせいもあるのだが。


エンデュミオンが息を整えて坂道を下っていくと、だんだんと孤児院の全貌が見えてきた。


大きな中庭では、子供達が元気に走り回り、周囲には耕されたばかりの畑が何枚もある。


道すがら見た農村のように、丁度種蒔きが終わった頃合いなのだろう。


まだそこそこの距離があるのに、子供の甲高い笑い声が風に乗って聞こえてくる。


「ふっ、些か辺鄙な場所ではあるが、寂れた場所でなくて安心したぞ……」


エンデュミオンが、薄く笑いながら誰にともなくそう呟いた。



 重量を魔法でいくらか浮かしているとはいえ、巨大な袋をいくつも背負いながら歩いてくる人物が目立たないわけがない。

人気の無い場所であればなおさらのことで、エンデュミオンの姿を見た孤児院の職員達は、何事かとぞろぞろ外へ集まってくる。


「あの大荷物、行商人かしら? でも、いつもの人じゃないわよね」


「誰かのお知り合いではなくて? 一応、院長にご報告しましょうか」


 不安そうな顔でそう話す女性たちは、全員が同じ修道服を着ており、後ろでは子供達がその様子を伺っている。

彼女達は近隣の街の教会からお手伝いに来てくれているシスター達で、元暗殺教団の教徒とは違い、エンデュミオンに面識が無いのだった。


「あんなに堂々と、強盗とかではないと思うのですけれど、そうね。院長か、古株の方々を呼んできてくれないかしら」


中年のシスターにそう頼まれ、若手が足早に建物の中へと入っていく。


 まだ下り坂をよたよたと歩いているエンデュミオンには、そのやりとりが聞こえないので、何人かこちらを見ているな、ぐらいにしか思っていなかった。


 それと時を同じくして、孤児院内では迫り来る不審者の情報が瞬く間に伝達され、外に出てくる 職員や子供の数が増えていく。


「外が騒がしいですね。何事、ですか?」 


 机に向かっていた一人の女性が、さらりと靡く黒髪を耳にかけ、眼鏡を外す。

落ち着いたその様子からは、まるでどこぞの議会の書記官のようにクールで知的な印象を受ける。


「失礼します、院長。シスター達が、大荷物を持った奇妙な男がここに向かっていると騒いでおりまして。ただ、様子を見にいかせたジェインが言うには、その男性は______」


 執事のような風貌をした、浅黒い肌の男が恭しい態度で告げたその名前を聞き、院長と呼ばれた女性は、はっと驚いたように口を覆う。


「ええ、間違いないかと。院長、いえグラニカ様。どうぞ、お出迎え差し上げて下さいませ」


「えっ、えええ、エンデュ!? な、なんでいきなり……あ、あぅぅ、ど、どうしようディル!? 私、ほとんどすっぴんなのに~~!」


 元暗殺教団の参謀役、ディルは久方ぶりに見る主が可愛らしくわたわたする様子を懐かしく思いつつ、軽く指を鳴らす。


「えっ、ちょっと、ディル!?」


 一体どこにいたのか、元教団所属のスタッフ達がグラニカの机をずらりと囲んだ。

それぞれの手には、化粧道具やら、普段は着ない来賓を迎える用のドレス、香水が握られている。


「え、そ、そんな急に、待っ、きゃああ~~~!?」


主の恋路を全力で応援。

若く美しい主に、絶対に婚期を逃させるわけにはいかぬ。それが暗殺教団出身組の総意であった。


「よし、お前たち! グラニカ様をドレスアップしたら、さっさとエンデュミオン殿との会食の準備だ! 子供達は早めに寝かせろ、我ら教団の一大事だ、往時を思い出せ! 散ッ!!」


「「「ハッ!!!」」」


「あ、あなた達、ぜったい面白がってるでしょぉ~~!?」


 院長室前の廊下にこだまするグラニカの悲鳴は、誰にも聞かれることはなかった。

今ここに、3年振りの暗殺教団頭目と救世の大魔導師による、両片想いの歪な再会が幕を開けるのだった。


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