第4話 複雑、大魔導師と暗殺者
勇者一行の仲間、盟友パラドンの口から聞かされたのは、同じく盟友で元暗殺教団の頭目、グラニカに舞い込んだという縁談話だった。
「はぁ……はぁ……グラニカに……くそっ、人間風情が、縁談を申し込むなど……!」
かつての旅、勇者一行の真意を図るため、暗殺教団を率いて襲撃してきたグラニカを迎え撃ったセフィロ、ファーリア、パラドン、エンデュミオン、そしてリュノスケは、統率の取れた教団の信徒達に圧倒され、窮地に陥った。
"狂化"状態となったリュノスケを殿に、一行はなんとか包囲を突破するも、グラニカの刃は勇者セフィロの喉元まで迫る。
その瞬間、エンデュミオンは己の身を顧みず、禁術とされる『空間転移』で空間を歪め、セフィロと己の座標を交換。結果的にグラニカの刃はエンデュミオンの胸に突き立てられた。
「それから、仲間になったグラニカとお前の何とも言えん関係を、俺らはずーっと見せ付けられてたんだよな」
グラニカは魔族と人間の混血であり、暗殺教団自体もまた、行き場のない者たちの集まりだった。
同じような境遇の二人は、殺し、殺されかけた仲とは言え、互いに強く惹かれ合う。
しかし、互いに心と脛に傷を持つ者。
旅が終わるまで特段の進展もないまま、曖昧な感情を残して今に至るのだった。
「っ……わ、私には、私には彼女を愛する資格など今さら無い……だが、だが、他人に奪われるぐらいならば、いっそ、この世界ごと………!」
「やっべ、そんなに思い詰めてるとは思わなかったぜ。すまん忘れろ、嘘だ嘘。グラニカは孤児院で元気にやってるさ。それに安心しろ、縁談を申し込んできた哀れな坊っちゃんは……教団の元信徒、現孤児院の職員が既に………な」
騎士団長に似つかわしくない黒い冗談かと思ったが、パラドンは昔から嘘のつけない男だった。
それに教団信徒もまた、グラニカに対して偏った崇拝をしているので、おそらく本当のことなのだろう。
「…………はあ、今の話でどっと疲れたぞ」
「何が言いてえかって、グラニカがいつまでもフリーだと思うなってこった。ほらよ、シチューだ。熱いぜ、火傷すんなよ」
「ふんっ、子供扱いはやめろ」
食欲は相変わらずなかったが、優しいミルクの香りで幾分心が安らいだ気がした。
大きめに切られた人参をスプーンですくって、口に運ぶ。
「…………うまいな」
「はっは、だろぉ? うちの嫁は料理がめちゃくちゃ上手い。聖女様とリュノスケも大概だったが、まあ引けはとらんだろうな」
聖女ファーリアは南の方の出身らしく、異国情緒のある料理が素晴らしかった。
リュノスケは逆に、安い食材や普通の材料から手早く旨い料理を創るのがやたらと上手かった覚えがある。
「ところで、貴様はわざわざ私にグラニカの縁談話とシチューを振る舞いに来たわけではあるまい。何が目的だ?」
「一々、言い方にトゲがあるんだよお前は。ったく、まあ、お見通しか。実はな、魔界の方で嫌な噂が流れてる」
この時点でパラドンの話、その行く末をエンデュミオンは薄々想像できていた。
何故なら、それはかつて予見されたある事態を知らせる物だったからだ。
「魔王の証が、おそらく後継者を見つけた。魔王宝玉から消えた証を、目下、エレナリア達が捜索している。だが、やはりあれに時間や空間の概念はないのかも知れん」
シチューを平らげたパラドンは、皿の上でスプーンを弄びながら、記憶の中の消え行く魔王を見つめる。
「チッ、あの魔王が散り際に言っていた通りか。『"魔王の証"は宝玉にて宿主を待つ。宿主生まれし時に宝玉より消え、過去未来の区別なく世界を混沌へ導くであろう』か。苦し紛れの出任せだと思いたかったのだがな」
勇者セフィロの聖剣で止めを差された魔王の遺言、それは魔王復活の序曲でもあったのだ。
「気を付けろ、つってもどうしようもねえが、気は抜くなよ。もし、既にどこかに生まれてるんだとしたら、真っ先に俺達を狙ってくるだろう」
魔王の証には、歴代魔王の力と叡知が込められているらしい。
復讐、そして障害の排除の為に、まずは勇者達を狙って動くであろうというのが全員共通の認識だった。
「はっ、こんなに落ちぶれた私を狙う理由があるかは知らんがな。まあ、せいぜい気を付けるとするさ。ご忠告痛み入ります、騎士団長殿」
シチューを片付け、パラドンの皿と重ねて流しに持っていく。
溜まった洗い物の上にそのまま積み上げるが、崩れそうになり、仕方なく脇に並べた。
「へいへい、魔王もそうだが、お前は精神面と生活習慣に気を付けろよ」
パラドンはそう言って立ち上がると、椅子の背にかけたコートを羽織り始める。
「……何だ、もう帰るのか? 食後のコーヒーぐらい出すぞ」
つっけんどんな態度を取ってもやはり盟友。コーヒーを挽こうとするエンデュミオンを、しかしパラドンが申し訳なさそうに手で制する。
「わりいな、今日は人を待たせてんだ。また、近くを通ったら寄るぜ。いいか、お前は早めに医者にかかれよ。何だったら、グラニカのとこでもいいぜ?」
余計な一言にイラつきが走るが、足早に玄関へと向かうパラドンを見送りに向かう。
「ふん、私より余程守るものが増えたんだ。気を付けるのは貴様の方ではないのか」
「……ああ、そうかも知れねえ。だが、お前もまだ、いや…とにかく、また顔見に来るぜ。ああ、それと残ったシチューはちゃんと食えよな。鍋はまた、近々回収に来る。んじゃ、あばよ」
腐れ縁同士、昔からの別れの挨拶。
軽く拳をぶつけ合うと、パラドンは背中越しに手を上げながら帰っていった。
久方ぶりの盟友が帰った家の中は、先程よりも余程静かに、寂しく思えた。
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