8-14

「ひ……!」

ッ!」


 四女様の漏らす引き攣った悲鳴と同時、反射的に差し出し四女様の盾とした左掌に鋭い激痛が走った。

 凶器が突き立ち、左掌に傷が穿たれ、血が零れる。

 男の視線、四女様を竦ませた殺意の正体は鉄で出来た極細の弾丸めいた針。

 ──わたしは見た、男の繰り出した殺し技の発生を。


(含み針で射殺狙い!? 非常識かッ!!)


 含み針。

 口に含んだ針状の物体を吹き付ける暗器術で、本来はプロレスの毒霧攻撃などと同じく至近距離から相手の顔に吹き付ける目つぶしが主な使い道。元より遠くに飛ばせる攻撃ではなく、割と非科学的な世紀末救世主伝説漫画でも不出来の兄が比較的正しい使い方で弟の視界を塞いでいた。

 あれは2回目を指で挟んで針を受け止める弟の方がどうかと思う。


 そんな目つぶし攻撃をファンタジーはもっと威力と射程距離を延長させてきた、男は口から噴出させた針の数本で四女様を射殺そうとしたのだ。その威力は盾になったわたしが身に刻んだ通り、魔力で肉体強化している手のひらに突き刺さる程のもの。

 これが脆い幼女ボディに突き立ったと思うと怖気が走るも間に合った、なんとかカバーリング出来たのは幸いだ。


 そしてわたしは持久戦の選択肢を奪われる。


「──ッ!?」


 ただの怪我、針が刺さった程度の負傷。クルハとの訓練で打ち身切り傷捻挫骨折までこなし、肉体強化した時点でたいした痛みに感じない。

 途端に不自然な眩暈が起き、脱力感に蝕まれなければ。


(まさかの毒!? ますます非常識なことをッ!!)


 口に含んだ暗器に毒を塗っている、有り得ざる事象のファンタジー連続に腹が立って来る。怒りの感情が戦意を萎えさせないのはありがたいが、


「『浄、化』ッ!!」


 乱れた息で自身に解毒魔術を施す。洗濯から汚水処理、果ては毒見役の危険度を随分下げた浄化術で毒の影響を拭い取ろうとする。

 全身を魔術の効果が駆け巡り──治らない。凡その毒なら一定の効果を発揮するはずの『浄化』が通じない、心当たりはある。


(これ魔力毒か!)


 魔力毒。

 ロミロマ2に登場したこの特殊毒は体内の魔力を減衰させて気死に追い込む、水闇魔術の高ランカーが生成できる呪術的な毒物。

 解毒は難しくランクA以上の『浄化』でなければ払拭できず、魔力を溶かし切られた対象は昏睡状態に陥り自然には治らない。眠らせた後は殺すも浚うも思いのままというわけだ。


 『大公』ルートではヒロインマリエットが魔女ホーリエの取り巻きにこれを飲まされるも自力で『浄化』する形で突出した魔術の才能をアピール、魔女のさらなる嫉妬を煽るイベントで使われた。

 ぶっちゃけ『戦争編』では製造に時間のかかる貴重な品だったけど捕まえたい相手に使用するのに重宝した。最後に死なせず無力化するのに便利だったんだ──


(そして今、わたしが無力化されそうになってる!)


 薄れそうな意識を奮起と自己ツッコミで食い止める、それも限界は近い。

 持久戦で助けが入るのを待つ作戦は頓挫した、もはや僅かな時間を稼がれれば負けるのはこちらなのだ。

 タイムアップ直前のここから勝ちを拾うには短期決戦。

 最初で最後の攻撃に全力傾け暗殺者を仕留める、それ以外に挽回の手段はない。

 そんなこと出来るのか、もはや圧倒的優位を確保した暗殺者をこちらから斬り込んで一撃必殺の下に倒す方法など


(あるにはある、けど)


 実戦で使いこなせるか、魔力が進行形で削られていく中で出来るのか、それに──心に余裕ある状態なら躊躇ったかもしれないが、もはや迷う時間すら奪われたのだ。

 今はもう、やるしかない。


「四女様」


 最後に頼みごと。上手く生き残れれば後々問題になりかねない不安の払拭。

 絶対にやり通して生きてやるって願掛け。


「出来れば目を、瞑っていてください」

「……なぜ?」

「見たら死ぬ、からです」


 残した言葉に四女様がどんなリアクションを取ったのか、お願いを聞いてくれたか確認の時間は取らず。

 燃え尽きそうな力を駆動させ、わたしの足は暗殺者の領域へと踏み込んだ。

 無謀なる突進、魔力毒の侵蝕が許す限りの時間内決着狙い、これらの事情は毒を仕掛けた男も当然承知していたのだろう。防戦側が急に仕掛けた攻撃を物ともせず、鋭く早い剣捌きで侵入を阻み、軽率な接近を逆撃で切り落とそうとする。


「ぐッ、ぐッ!」


 男の手数に阻まれて、足を進めようとしながら刃はまるで攻勢に打って出れない。毒が回るまでの時間を稼ぐ敵の攻め手は手打ちの速度重視、弾くのは叶うが崩すには届かない。

 歯を食いしばり短剣握る力も緩みかねない手で打ち掛かり、押し戻され、それでも前に出て振るい続け機会を窺う。

 この油断しない難敵の隙を。


「づッ!!」


 不意に抜けた力に一瞬手が止まり、剣を合わせに来た男の一撃で体勢が揺らぐ。

 これを好機と暗殺者が力強い横薙ぎを打ってきた。優れた戦士は敵の弱点を瞬時に容赦なく責め立てる、咄嗟に引き寄せた短剣でどうにか受けるも、


「ぐゥッ!!」


 元より力負けしていたバランスが崩れた。崩されたのはわたしだ。

 凶刃の切れ味を阻んだ腕はそれでも威力に打ち負かされ体全体が横に泳ぐ。殺しきれない勢いが覚束ない足元を脱力させて床に引っ張られる。

 わたしは敵前でだらしなく尻餅を付かされた。


シャッ!!」


 身動き取れない体勢、短剣持つ手も構えを取れず、剣の打ち下ろし位置におあつらえ向きに頭部を晒す無防備。

 標的を前にして小癪にも抵抗に及んだ愚者の挽回できぬ隙。かの命を刈り取るべく暗殺者は迷わず致命打の剣を振り下ろす。

 このままなればわたしの頭部は柘榴のように弾け飛ぶだろう。


 ──わたしは待っていた。

 この油断なき敵が進んで攻勢に出る機を。

 それ即ち、鬼札を切るチャンスと変わる瞬間だった。


「魔法、『愚者の辿る、軌跡』ッ!」


 暗殺者は見ただろう。

 トドメを打つべく振り下ろした剣の先、無様にも床上に座したわたしの姿が瞬時にかき消え去る様を。


 暗殺者には見えなかっただろう。

 姿を消したわたしが背後に現出し、短剣を大きく振りかざしていた理不尽は。


 クルハ曰く「ズルい初見殺し」。

 デクナ曰く「最悪の暗殺者になれるな」。

 これがわたしの切り札、魔法で敵の死角に跳ぶ超短距離転移。


 当初は燃費悪い、友人の元を訪ねるのに便利な魔法程度の認識だった。

 しかし悪友2人の協力の下で使い道検証と運用試験を行った結果、とてつもなく荒唐無稽な緊急回避と反撃性能を兼ね備えたトンデモ暗殺技に進化してしまった。

 検証に付き合ってくれた無自覚イチャコラコンビもそれぞれのらしい言い回しで評してくれた、総じて凶悪だと。


(これ無敵昇竜っぽいって言っても通じないわよねェ)


 転移前がどんな姿勢、たとえ座っていようと床に倒れ伏していようとも、転移先では立って現れることが出来るキャンセル技。

 直前までのあらゆる不利を覆し、立て直しを図れ、あまつさえ目を晦ませて敵を幻惑し好きな位置で攻撃姿勢のポジショニングを取れる。

 ──うん、これはズルい。会得した本人だってそう納得するレベルで。


 欠点は転移魔法の魔力消費量がべらぼうに多い点。

 万全の体調でも連続で使えて2回であることと、魔力放出の多さで見る者が見れば「魔力を使って何かをした」事実は見抜かれる。

 ロミロマ2世界に転移系の魔術は存在しないため、有り得ざる魔法の使用が分かる人には分かってしまうかも知れず。

 今ここに居るのは王国一の魔術大家、ブルハルト家の四女様である。


 そう、四女様に告げた「見たら死ぬ」とはわたし自身のことだった、何しろ見られてバレたら将来が死にかねない。

 王国の暗部に強制スカウトされて諜報員や暗殺者に仕立て上げられる可能性が増し増しなのを否定できる材料が何もないくらいに懸念が今も胸に残っている。わたしは根っこが小市民、王国安寧に自身の人生を捧げての日陰者をやる殊勝さは生まれ持っていない。


 それでも、この時は使うと決めた。

 どれだけ小憎たらしくても、可愛いのに可愛げなく、プライドと責任感が混ざり合って年齢不相応に偉そうぶり過ぎるとしても。

 身分制度が柱となったこの世界、貴族なら子供でも政争の具にされるのは普通の価値観だとしても。


 大人の都合で子供を殺すのは駄目だと思うのだ──


「あああああああ!!」


 絶え絶えの詠唱で発動した転移魔法はごっそりと身裡の魔力を削った。

 虚勢の呼気、毒と魔法で失った魔力の脱力感に抗い、最後に残った四肢の力を全て費やして、気勢を上げて倒れ込むように短剣を振り下ろす。

 この一撃で決着を。


 無防備に背中晒す男の後ろ首、人体急所の延髄箇所を目掛けて切っ先を打ち込んだのがわたしの覚えている最後の記憶。

 結果がどうなったのか、男を仕留めることが出来たのか、敵に増援がいたりはしないのか、四女様は無事で済んだのか。


 それら一切合切気を回すことも出来ず、わたしは魔力が尽きた痛み無き苦痛の中でそのまま昏倒した。



***********

これでちょうど100話目ですね。

登録上は102話目ですがハロウィンとエイプリルフールネタ込みの話数カウントなので本編はこれで100話目です。


主役活躍回で迎えられたのはめでたき。

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