帰るまでが留学です編
8-01
「まさかと思いましたが本当にお嬢でしたか」
「こっちの台詞だランディィィィィィィィイイイイイイイイ!!!」
ひょっとして影に隠れてわたしを監視している人員がいると仮定した場合、突然の絶叫に驚かせたのは申し訳ないと思っている。
だけどわたしだってビックリしたのだ、社交スキルを現状得られるカンスト状態で身に付けた後、ここまで感情を爆発発露させたのは初めてかもしれないくらいに。
短期留学随行任務の最中、秘密裡に訪れた隣国リンドゥーナの伯爵家。
大公家の執事が屋敷に招かれ、ダシに使われたわたしはひとり庭で放置され孤独と茶菓子を噛み締めていた時。
2年前に不意の別れを味わった、リンドゥーナ人の我が旧友ランディが商売道具を両手いっぱいに現れたのだ。
いや、確かに思った。友達と会いたいなーと思ったけどさ。
離別も再会も不意打ちが急所を狙い過ぎだと思いますよ愚者の神様。
「もう一回言うけど聞くけど、こんなところで何してんの!!」
「何って、仕事ですけど」
「そーいう意味ではないィ!!」
「まあ冗談はさておき」
おお、おお、我が友ランディよ。
仮にもレディっぽい恰好の相手にこの対応、本物なのは分かったけどふざけんな!
「実は母が倒れまして」
「あ、うん、体調を崩されたって話は親方から聞いてたけどお加減どうだったの?」
「お陰様で。ただ次の発作は耐えられないかもしれないと言われまして」
「え、それ大丈夫なの!?」
驚きが線路を変更してきた。思いがけない再会は思わしくない家庭事情に切り替わる。これで聞く耳持たず怒りを持続するのは人としての器を問われかねないので矛を収めるしかない、この野郎。
それに気になっていたのも事実。
ランディがまだウチの庭で働いていた頃の話。庭師雇用の契約が切れるタイミングの少し前、彼は母親急病の報を聞いて離れた地の自宅に戻り、それっきり没交渉であったのだ。
以前働いていたセトライト伯爵家の別邸に戻った形跡もなく、彼ら庭師一党の足取りは掴めなかったのだけど、まさかまさかである。
もっと詳しく話を聞きたいところだけど、
「それをなんとかしようと──」
「まあ立ち話もなんだからそこに座りなさいよ、むしろ座ってお願い」
「……なんでそんな必死なんです?」
「チャンスを逃さないのが優秀な狩人ってものでしょ」
「お嬢が何を言ってるのか分かりませんが何故か追い詰められてるのは察することが出来ました」
「なに、わたしの注いだ酒が飲めないっていうの!?」
「文句のつけ方が酔った時の親方みたいでおかしいですし、念のため言っておきますがここはお貴族の御庭で僕はただの庭師ですよ?」
「いいのいいの、どうせわたしはここに居ない存在なんだから」
実にランディらしい遠慮を示すが笑い飛ばす。彼の配慮は厳しい身分社会では常識的かもしれないが、今のわたしは微妙な立場。この場に放置されて以降、使用人の一切が接触してこないことからも不干渉を貫かれているのは明らかで。
なればこそ、居ない存在が使用人さんに悪さしても文句は言われないよね、客を持て成さない向こうが悪いんだしさァ。
「ここは見えない怪物にでも襲われたと思って諦めて」
「そんなお茶会の誘い方ってあります?」
かつてクルハやデクナと机を囲んだ頃のように、苦笑いで着席した少年は別れた時より背が伸びていた。座った時の目線の位置が少し違うのだ。会わなかった2年の間に起きた些細な変化。
「座高が伸びたのねェ」
「その褒め方されて喜ぶ人は居ないと思います」
「勿論身長もいい感じに伸びてると思うわよ?」
「それが第一声ならもっと嬉しかったんですけど」
なんでや、しみじみと感慨深く、年頃のレディらしくちょっとばかり照れの入った万感の思い籠る劇的再会の喜びを文脈から読み取れないと申すか。
「お嬢こそ立派なお召し物を着てらっしゃる、見違えましたよ」
「まず服の感想か、本体ではなく」
「いえ、だって僕の知るお嬢は大半がジャージ着てましたし」
「ハハハこやつ言いよる」
自分磨きの毎日で便利な服装だったんだから庭に出る時は着てた頻度が高いのは否定しないけど普段着も着てたんですけど! 軽装な洋服とかも着てたんですけど!!
そもそも上級貴族の方々ですら人と会うのは予定を組んでおめかしドレス武装をするのだ、普段からあんな大袈裟なヒラヒラ格好をするのはそういう服装が好きな趣味人だけだろう。
なので今回ニンジャからアポ無し突撃を受けたクーベラ家の人たちは慌てて身支度を整えたんだろうなァと同情する。
「……まあそろそろお互いいい大人になる年なんだから引き分けにしましょう」
「そうですね、大人の発言を心得ます、アルリー様」
「だからっていきなり他人行儀にならなくていいのよ! 心の壁建設反対!!」
とりあえず混乱に湧く頭が程々に冷える軽口雑談を交わしておく。2年ほど会わず音沙汰も無かった友人の変わった外見、変わらぬ中身を僅かな会話で埋めるのは実に有意義で、今のわたしにはとても癒し効果が高かった。
ここ一か月は他人の言動に気を払ってピリピリしつつも即時ツッコミで封殺できない体だったのだ、単純にアホ発言のデッドボールを繰り返せるのは尊い。
「ひとまず肩が温まってきたからさっきの続きを聞くんだけどお母さん大丈夫だったの?」
「前置きが投球練習みたいでおかしくないですか。それはともかく大丈夫じゃなくなる前に手を打とうと思ったんです」
「そのココロは?」
「貯めたお金全放出で高度な魔術治療を」
「堅実だ」
前世の科学文明より魔術が優れている点を挙げろと言われるとまず医学。
高位術師が扱う『浄化』はあらゆる毒素を消し、『治癒』は傷を、『病癒』は病気を完全に癒すことが出来る。高ランク高魔力で発動すると末期の病状ですら一撃で治るのだからズルいと言える。
勿論欠点もある。
「でも王国に医療魔術師のコネクションなんて持ってませんし」
「あーうん、それは世知辛い」
「なので親方のツテを頼りにこっちに戻ってたんです」
「世界観が不甲斐なくて申し訳ない……」
「ちょっと意味が分からない謝罪をしないでくださいよ」
科学と異なり使える使えないが完全なる才能前提で教育機関を増やしても人材の育成には限界があり、また優秀な術者の多くは貴族王侯に雇われる。
結果、医学的恩恵が前世よりも広く一般には浸透していない弊害が発生していたのだ。これは医学に限らず魔術が発展してる分野に見られ、科学的な仕組みやカラクリを無視して結果を出せるものは前世に比べて大きく遅れを取っていると思う。
この世界の住人にとっては当たり前かもしれないけれどなんとなく謝罪したい気分になった、ロミロマ2を遊んでた立場からして。
「それで、どうにかなったの?」
「はい、一度の魔術で全癒する程のランクではなかったのですが、持病は根治されたとのことで」
「おめでとう!」
「ありがとう!」
突然二人して立ちあがりハイタッチなどを決めておく。それ以上のアクションは机を差し挟む距離ではちょっと無理があったので自重しておいたが何はともあれめでたいのは変わらない。
自分大事、身内大事でバッドエンド回避を願うわたしにとって友人の家族大事はとても喜ばしいのである。
思わぬ友との再会と、彼の母親が助かる慶事のダブルめでたき。
西遊記よろしく望まぬ道連れガンダーラもといリンドゥーナ紀行に心荒れ果てていたわたしのシルクロードに恵みのオアシスは優しかった。やさしみ。
「幸せは一人で、不幸は友達を連れてやってくるとは嘘だったわ」
「で、僕は母が快癒するまでこっちで働いてたわけですが、お嬢がここにいる事情を聞いてもいいですか」
「表向きの理由なら」
「それ思いっきり裏事情があるって言ってません!?」
「魑魅魍魎の政治的思惑を隠して話すんだけど」
「だから隠してるって言わないでくださいよ!!」
「王国のブルハルト家がリンドゥーナに留学生を送る話になってね」
「表面だけでも割と重めの政治じゃないですか!!」
転生関連以外で嘘はつきたくないとの乙女心である。分かって分かれ。
ともあれ表向き、筆頭公爵家の留学で共連れに選ばれた事情をかいつまんで説明したのだった。
「お嬢」
「どうして生暖かい視線を寄越されてるのか理解できない」
「相変わらずトラブルに襟を掴まれてますね」
「首を突っ込むんじゃなくて襟を掴まれるって言い回し初めて聞いたわ……」
呆れ声に冤罪だと強く言い返せないのも苦しい立場。そもそもランディとの出会いもトラブル絡みだったので必ずしも悪縁だとも切り捨てられないのでさらに倍。
しかし襟を掴むのはサリーマ様ファンの令嬢だけにして欲しいものである、首が絞まって苦しいんだ。いや、ヴェロニカ様にも勘弁してもらいたいんだけど。
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