8-02

 不意に訪れた友人ランディと意外な場所での再会に旧交を温める。

 彼と差し向いの優雅さ欠いたティパーティー、こうなると相手方の不干渉、没落名門貴族の庭で放置プレイも逆にありがたくなってきた。

 格式ばった場所であれば庭師の少年と手酌で茶菓子をつまみながらの雑談など叶わなかっただろう。これも天の配剤か、それとも天の悪戯か。


「サリーマ様ってお嬢モデルの面白妖精を絵に描き込む人でしたよね。そんな大物画家になってるなんて凄いですね」

「凄い流れ弾で他派閥の侯爵令嬢を我が家に招待する羽目になったんだよねェ」


 鞍替えを考える疑惑とか持たれて後々問題にならないかしら、などと小物の不安も話の種にする。なにせ表向きの筆頭公爵家関係の話、裏事情の大公家絡みのあれこれは流石に憚られるので口に出来る近況も色々気を遣うのだ。


「さっきからわたしのネタばかり繰り出してるけどランディは何か面白いことないの」

「そんな、お嬢じゃあるまいし至極平凡な人生なので面白いことって言われても」

「実に抗議申し入れたい」

「むしろお嬢とリンドゥーナで再会するなんて出来事を越えろって言うのは無茶ぶりが過ぎますって」

「……異議を認めます」


 正論が過ぎてぐうの音も出ない。でもわたしの場合は将来を見据えてのコネ作りを兼ねているから貴族のゴタゴタに触れ易いのは仕方ない、仕方ないの。

 もっと恙なく平穏に生きるのはバッドエンドを回避した後の夢、未だ道半ばどころかスタートラインがようやく見えて来た段階なのが悲しい。


「とにかくお嬢の繰り出してくるインパクトに比較して面白いことを請われても無い袖は振れないと申しましょうか」

「不甲斐ないわねランディは」

「そんな甲斐性は平凡な幸せに不要では?」

「幸せの定位置について聞きたいんだけど、ランディってばこのままリンドゥーナに定住しちゃうのかしら?」


 音信不通のバカ友との思わぬ再会の縁、コネの拡大を図るに際して相手を選ばない悪縁奇縁の芽はあれどこんな幸運は中々にあるまい。となればまたわたしが帰国する、彼が所在を変える等すればか細い糸も切れるだろう。

 となると、今度こそ気負わず付き合える本当に大切な友人との関係が終わるわけで。

 うん、そいつはちょっと──全く面白くない。


「……そう思います?」

「分からないから聞いてるの、ストレートに、直球に、剛速球で」

「野球好きなんですか」

「慣用句って意外な分野の用語から引用されてるのが多いわよね」


 言葉とは地域に根付いた文化風習と深い関わりがあり、用語の多さはそのまま浸透度を表すとは何の解説だっただろう。

 相槌を打つ、単刀直入、付け焼刃、懐刀。

 前世の母国では矢鱈と刀に関係する慣用句やことわざが存在していたように──


「いや、そこはどうでもいいから。で、ランディ一家の将来設計は」

「王国に戻りますよ?」

「……そうなの?」

「お嬢は僕がこっちで暮らす方がいいですか?」

「いや、そういうわけじゃないけど」


 本当にそんな意図で申したわけではない。

 ただ親方のツテがあったり、バカボン達の外国出身者イジメ問題があったり他国で暮らすのは大変なんじゃないかと思っただけのことだ。

 それに、貴重な友人を失いたくないなァと思ってるわたしが彼の出処進退を気楽に問えたのには理由がある。


(今のわたしに物理的距離はあんまり関係ないし?)


 何故なら必殺・転移魔法『愚者の辿る軌跡』があるのだから。

 一度訪れた場所に転移が叶うゲームでは定番の移動魔法、上手く運用すれば自宅との往復で全世界踏破も夢じゃない便利魔法、移動制限のきつい世界観のせいか滅法燃費の悪い単独魔法。しかし幸いにして魔力消費量と距離に関係性がないのは幾度となく試した教会でのテスト運用でハッキリしている。

 つまるところ所在が分かれば会いに行けるのだ、なんとなく発想がストーカーじみてるような気もするが友人補正で目を逸らせ。


(あ、でもランディは魔法のこと知らないんだった、こいつは迂闊)


 転生事情以外は友人に隠し事をしたくない方針でバカ友もとい莫逆の友たるクルハとデクナのラブラブ婚約者コンビには当然話してある。そのラインで同じポジションたる彼も知ってる態で対応してしまっていた。

 浮かれ気分も考えもの、脳の水準が低くなっていたかもしれない。何しろ魔法の存在が判明したのはランディが居なくなった後だったのだから知ってるはずがないのに。


 聞きようによっては「これでお別れだね、こっちで頑張れよ!」との素っ気なさを窺わせたかもしれないノットデリカシー。いやいや違うから、こっちがバカ逆の友を続けて欲しいんだからねプリーズ?


「どんなつもりで今の質問投げたんです?」

「詳しい話は筆談か密談で伝えるとして」

「本当にどんなつもりだったんですそれ!?」


 使い方次第でパーフェクトな諜報能力と化すチート魔法の存在、監視の目がなければ今にでも伝えたいというのに面倒なことである。

 今の返事をはぐらかしに受け取られたのか、ランディは溜息ついて


「……まあ僕にとって、この国は特に思い入れはありませんから」

「おう」

「母もそこまでこだわりが無くて離れたんでしょうし、そういう感じですかね」

「お、おう……」


 流石に軽口でフォローし辛い評価が飛び出して、わたしとしては嬉しいが表立っての肯定はリンドゥーナ批判になりかねない危惧にあわわわと頷くのみで済ませておく配慮を忘れない。

 ランディ親子に医療魔術師を紹介したという庭師親方にしても立派な伝手やコネがあるのに故国を離れ隣国ゴルディロアで庭師をやっていたのだからあんまりよろしくない関係性は読み取れる。

 古人いわく「住めば都」、逆説的に住んでない場所なんて関心のない遠隔地なのだ。そこが故国であろうと生きている人間には二の次だった。


「故郷は遠きにありて思ふもの、か」

「なんですそれ?」

「なんか昔の人の言葉」


 国語の授業で習った詩の一節だったと記憶している。一見すると「都会に住んでる人が遠くの故郷に思いを馳せる」文章。しかし我が兄が言うには、


『ああ、それ逆だよ逆』

『逆って何よ、にーにー?』

『都会で成功した人が錦を飾って故郷に帰っても受け入れられず、都会へ帰り際に遠くから懐かしんでいれば良かったって嘆きの一文』

『世知辛いィ』


 ふるさと幻想を破壊してくる無情が転生先でも重なった。現実は厳しい。


「予定では来年には王国に行ければと思っていたんですけどね」

「本当?」

「ええ、予定は予定ですが」

「それは嬉しい……んだけど、そうか来年かァ……」


 湧いて立った喜びは未来図の放水で瞬く間に鎮火される。

 来年。

 ロミロマ2の大局に根差して生き急ぐわたしにとって、来年はビッグイベントを控えていたのが理由だ。


「……来年、わたしってばカーラン学園に入学しちゃうのよ」

「そうでしたね」

「時を止まれ! 世界観よ、わたしは悲しい」

「今度は何のボケなんです?」


 カーラン学園は全寮制の貴族学校。

 施設の充実ぶりが学園都市を思わせる至れり尽くせりの素敵空間な反面、緊急事態と長期休暇を除いて学園内で過ごすことを強いられる陸の孤島だ。学園ものらしい環境設定といえばそうかもしれないし覚悟はしていたけれど。


(今度は国内にいても気軽に会えないってことじゃん!!!)


 なんだこのボタンの掛け違い、コメディか何かかな?

 わたしに転移魔法がなければそれこそ宝の持ち腐れ、巡って来た機会をフイにするところだったじゃないかと。


(それに転移できても再来年から『学園編』が始まれば遊ぶ余裕もなくなるだろうし、本当についてないとしか言いようがないィ……)


 ロミロマ2の第1部『学園編』は言うまでもなくヒロインと攻略ヒーロー、ライバルヒロイン達が学園内で様々なイベントを起こす展開だ。わたしがそれに関与するなら彼らに張り付き動向を監視しなければならない。

 そして頼みの綱、帰郷の機会たる長期休暇すら好感度高い相手と過ごす時だと言わんばかりに学園に留まりイベントが起きたり起こしたりするプライベートイベントも完備。

 結果、学園から離れる余地が皆無に──確率高めの未来が過ぎった頭を抱える。


「やばいこれ、長期休暇すら帰郷が危ういのでは!?」

「またお嬢が苦悩のダンスを踊っておられる」


 舞踊とは無縁だけど苦しいのは事実だ。未来予測も苦しいし、せっかくの再会を果たした友人が戻って来るというのに顔を合わす余裕があるか怪しいのも苦しいし、転生事情が関わるので真実を明かせないのも尚苦しい。


「人生の理不尽を噛み締めてたところよ」

「抽象的で助言は無理です」

「簡単に言えば、来年から学園に閉じ込められるから会うの難しくなるなーって」


 学園にはクルハもデクナも、おそらくサリーマ様も同時期に入学してくる。現状の留学随行に比べれば心の癒しが得られる環境ではあるだろう。

 しかし画竜点睛を欠くのは残念というかガッカリというか。


「せっかく消息が分かったってのに上手くいかないものだわァ……」

「なんとかなりますよ」

「へ?」


 全てを説明できない上での曖昧な嘆きをどう受け取ったのか、ランディは強く頷いてみせた。


「ええ、やってやれない事で無し、なんとかなりますし、なるように努力します」

「その前向きな姿勢は嫌いじゃない」


 どうやら潤いを無くした心は不屈の闘志にも陰りをもたらしていたらしい。なんとかやってみせると言った友人の力強い笑顔に救われ、元気を貰った気がした。

 そう、彼だってバカボン達の理不尽なイジメに堪えてお金を貯め、見事に母親の窮状を救ってみせたのだ。ならば彼の友としてわたしも最初の決意を貫かなくてどうする、と思わなくもない。


 わたしは自分と自分の大切な周囲のためにバッドエンドを回避したいのだ。

 全て私欲、自身の先にある豊かな人生のため。故に辛くても苦しくても今は来たるべき未来に備え続けるべきなのだ。その後に笑える彼方へと至るために。


「でも本音では苦しいだけなのは嫌だからたまには遊びたいものね」

「正直なのは良いことだと思います」

「欲が根っこで何が悪い、にんげんだもの」


 その後しばらく、用を済ませたセバスハンゾウが顔を見せるまで。

 わたしとランディは変わらぬ気の抜けたトークでお互いを楽しませたのである。


 なので聞きそびれた。

 彼の言った『努力』とは何を指したのか。

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