7-10

 リンドゥーナに滞在して一か月も経てば校内に見るべき場所はない。

 校内の視察、そして学園の授業風景を観察し、教師連の教育方針や自慢話をひと通り聞いた後は食指を校外に伸ばすのは至極当然のこと。


 そうなると、もう留学との建前も風前の灯火。

 授業風景を時折見て回る他、最近では王都に住まう貴族の邸宅に招待されて挨拶をする機会が比率的に半分以上を占めており、既に名目どころか看板が瓦解しつつあるのが現状だった。

 当初から分かってる人は分かっているので気にもされないのだけど。


「ま、こっちは暇になるからいいんだけど」


 明日は休みと言いつけられたわたしは自室のベッドで寝ころんでいた。

 護衛や使用人の皆々は常変わらず四女様に同行する日々を送っているが、お友達役は必ずしも隣国・貴族邸訪問についていく必要はないからだ。

 むしろ実質的な公務に友達をゾロゾロと連れていくのは格式上にも格好が付かないので筋は通っている。せいぜい許される賑やかしはひとりだけ、ローテーション的には楽な反面、四女様が訪問先で問題発言をやらかした場合のフォローがひとりの肩にかかるのは困りものとの欠点もある。

 わたしが当番でない日などはどうなっているのか、せめて他者の目があるところではおとなしく過ごされることを祈るのみだ。


「さて、明日はどうしたものやら」


 思い悩んでも解決しない事柄は頭の片隅に、次なる議題を考察する。

 即ち、休日の過ごし方。

 早々に予定を立てて行動しないとまたぞろ面倒事に休日を潰される可能性がある環境。社会活動には根回し大事、予定表の作成と提出は横槍を防ぐのに大事。


 気軽に誘える友人が居ないため独り歩きが主になる欠点こそあれ、ここ2、3回は王都まで降りての散策、観光、買い食いなどを満喫していた。特筆すべき点はあまりないがカレーは旨かった。色々美味かった。日本風カレーも普通にあった。

 あと牛は居たけどカルアーナ神話の『運命の輪』の神サマに関する生き物として崇められていたのは細かい世界観の違いを感じ取れた。

 そして残念ながらレッドスネークカモンする蛇遣いは見かけていない。このゲーム世界ならどこかに居ても不思議はなかろうに。


(あえて世界観に言及するなら、リンドゥーナも外見はインドモデルだけど制度や社会構造はインド風じゃなかったわねェ)


 前世でインドといえば有名な4階層身分制度が現代にも色濃く影響を残しているのは否定できないが、ロミロマ2ベースのこの世界では王国と同じ爵位階級の貴族制度を採用している。

 これは理解し易く実にありがたい。他の周辺国、華漢央国やシヴェルタ大皇国なども共通しているのはユーザーフレンドリーだと言えなくもないだろう。

 脳内で関係性を掴み易いのだから万々歳、分かり易いは正義。そうなると欠けた定番要素も気に掛かって来る。


(蛇遣い、蛇遣いか。この世界でも存在するのかな?)


 くだらない疑問だけどちょっと気になって来た。

 存在したとして、果たして蛇を操る技術は笛の音によるのか、それとも魔術を用いた技なのか、まさか魔法を駆使するレア職なのか。地元でも見世物として成立しているのか、単に観光客向けのイメージ戦略、サービス営業なのか。

 この癒しの少ない世界、友人とも離れた孤独かこつ隣国で、たまには心に救いを求めて頭空っぽにするのも悪くないのではあるまいか。


「暇つぶしに追跡調査してみよっかな」

「失礼致し候、アルリー様」


 平和な自由時間の妄想をニンジャ執事が音もなく現れて容赦なく破った。遠慮の微塵も感じない行為、もうこの時点でわたしの脳内では明日の休日が危ないとの警戒信号が大音量で鳴り響いていた。

 そして残念なことに、この手の予兆は当たるものである。


「アルリー様。明日、我らの密命を果たす時期かと存じ候」


 かくして留学の建前がひび割れた頃合いを待っていたように。

 姫将軍より賜った謎の郵便配達任務が唐突に実施されることとなった。

 実に嬉しくない……。


******


「ではアルリー様、請け負いし密命について詳らかにさせていだだきたく候」

「うん、正直ずっと聞きたかった。何やらされるのかって不安で仕方なかったし」


 宛がわれた自室にセバスハンゾウが防音魔術まで仕掛けての密談が始まった。

 事が事だけにやむを得ないだろう。「レドヴェニア大公家の密使」この響きだけでどんな国家的陰謀が絡んでいるのかとわたしですら怪しむ。それも大公家にとって代わる野心持ちの筆頭公爵家が携わる留学遠征中に、と来たもんだ。

 当人はお家の政略とは無関係の依頼だと言っていたけど事実を文面化するだけで厄介事しか並んでいないのは凄いね!


「密命執行は明日早朝より、薄闇に紛れて行動となり候」


 夜討ち朝駆けは不意打ちの基本。

 おおよそ先手必勝と似たような意味だ、相手に主導権を取られないよう振る舞うのは戦況を有利に進める第一歩。おお、第一歩は冷静に、冷静に。

 早速浮かぶ疑問点、誰かの不意を打つように行動する意味とは、


「つまりわたしですら誰かに見張られてる?」

「然り」


 わたしですら、との前置きをつけても瞬時の肯定。

 四女様の短期留学が政治的思惑塗れなのは貴族を齧っている若輩男爵令嬢にも予想がつく事案だ。公務で出かける以外に私事や休暇の散策に至るまでリンドゥーナの諜報員に見張られているだろうな、との状況判断がニンジャの頷きで裏付け取れたわけだけど。


(やっぱりわたし程度でも監視されてるゥ)


 友達役イコール筆頭公爵家の覚え良き子息子女、子飼いの手下だとの警戒を誘発するのだろう事情は汲めるが的外れにも程がある。


(こちとら派閥外の男爵子女だし、そもそもわたしを使ってるのは大公家やぞ、それも下っ端も下っ端だから覚えが良い悪い以前の立場だと思う。何故かユニーク評価を2回貰ったけど)


 しかしそうなるとこの部屋にも隠しカメラや盗聴器が仕掛けられているのだろうか。いや、セバスハンゾウが密命について話があると告げた時点でそれらは否定できる要素と成り下がる。

 そんなものが残ってる場所で大公家の執事が軽々なミスを犯すとは思えない。恐怖に裏打ちされた信頼がここにあった。


「……ちなみにこの部屋に盗聴器なんてのは何個くらいあったのかしら」

「今もござる。ただし事実とは異なる音声を拾っているで候」

「やだ、欺瞞工作で逆利用……!」


 敵地で一番怪しまれない方法は敵の術中にある、罠に嵌っていると思わせることだと聞く。獲物を前に舌なめずりは三流のすることだとは誰が言ったのか、今回に限っては友好使節を模っている間は手出しできないのも作用しているとしても、相手の油断を誘うのは変わらないだろう。

 手の只中でおとなしくしている、ように見えていれば充分に。


「続けるでござる。明朝、手配した馬車により目的地に向かう所存。アルリー様においては特に用立てしていただく物はござらぬゆえ、身支度のみを万全にてお願いするで候」

「それは分かったけど、こっち留守にしても大丈夫? 音は誤魔化せても誰かが顔を出すんじゃ」

「無論対策はござる。しかし挙動不審になられても困るゆえ、仕掛けは明日に」

「はあ」


 なんだろう、ロミロマ2にも風属性や闇属性で分身を作る魔術はあったけど、あれらは的を分散して回避率をアップさせる術であって実体を伴った偽者を生み出すほど便利ではなかった。


(まさかニンジャらしく影分身でも作り出すのかしら? でもああいう忍術って他人にかけられる術だったっけ?)


 興味は尽きないが詳細は明日と言われてしまったので追及は出来ないのであった。お楽しみは明日に取っておくとしよう、ただし不安もたんまりだ。

 話すことは話したと一礼するセバスハンゾウに対し、少しでも謎の闇を削るべくもうひとつだけ聞いておくことにする。


「最後にひとつだけ。そもそもあなたの隠密能力があれば目的の家に忍び込んで枕元に手紙置いていく程度は出来るんじゃないの?」

「正直に申せば出来る可能性は高いと存じまする」

「だったら」

「しかし確実とも言えず、あえて算出すれば九分八厘といったところ。なれば九分九厘の手段を方策とするがより確実ゆえに」

「……大公家の腕利きスパイがそこまで慎重を期すくらいにヤバい場所なの?」


 どこに連れていく気だ、不安解消どころか黒く塗りつぶされた気分。

 なんだそのニンジャが侵入失敗するかもしれないってのは。そこもニンジャ屋敷か何かか。伏魔殿か奈落の底か、梟の城か江戸城か。


「否、場所より素性の問題でござる。何しろ相手方が少々いわくつきの御家ゆえに未だ秀でたる間諜を拵えておるやもしれず」

「……いわくつき?」


 ここに来てもっと厄味を盛るの勘弁してくれませんかねェ。

 そもそもリンドゥーナの内情なんてゲームに出てこなかったから事前知識皆無、転生後に各書物で得た現地情報以上の知見無くて何のインテリチートも使えないのだ。

 ぶっつけ本番が多すぎて有利に事を運べない──わたしの懊悩など知らぬ顔でニンジャ執事は訪問先の厄度を説明してくれた。

 噛んで含めるように、伝えるべき言葉を選んで。


「相手方の家名は『クーベラ』。嘗て辺境伯に任じられ王家の軍神と謳われた一族」

「そして」

「現リンドゥーナ王が登極の際、降格の憂き目に沈みし失墜の一族にて候」


 ちょっと拾っただけでも不吉なワードが散りばめられた説明だった。

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