7-09
ある晴れた日。
隣国リンドゥーナの学園内、教室の一角で。
貴重な休日を費やして、ゴルディロア王国の人間たちが必死になって魔力を練っていた。
「水属性の反応薄いでしゅ、もっと水気を練るんでしゅ」
「あはは、これ難しいですねアリティエ様!」
暢気に紅茶などを楽しみつつ魔導機械の計器をねめつけて四女様は気楽にリクエストを出す。楽し気に応じるのはパナシルテ様くらいで、
「ぬうう、これでどうだ!? 駄目か、駄目なのか!」
「しんどい、流石の僕もしんどい、これは……」
ミギーヒダリーの男子コンビは魔術を発動させず剥き出しの小魔力に属性付与させる感覚を掴めず四苦八苦している。
そんな3人を観察しているわたしはといえば、
「…………」
「光を貯めるのに闇が漏れてましゅよ、しっかり選別するでしゅ」
声を出すのも疲れるので無言でいるだけであった。
光と闇、ひとりで相対する魔力の補充を担当させられたわたしはブルハルト風の鍛錬を前にして
(これ超むずいわ!)
魔力という見えない力、魔術魔法で発現した結果こそ重視されるものに対して今までとは異なる知覚に意識を切り替えるのが非常に難しい。
そもそも前世が魔力なんてパワーの無い世界だったのに、セバスティング監修の厳しい訓練を経てようやく「ああ、これが魔力か」と朧げに理解し扱えるようになったのをさらに異なる認識、細分化して捉えよとか鬼かな?
(セブンセンシズに目覚めたばかりなのに息つく暇なくエイトセンシズに覚醒しろって言われたような理不尽ンンンン!!)
現にわたし以外の面子も例外なく苦戦している。魔力の存在を当たり前に受け止めて生きて来た現地人が難航しているのだ、科学文明を謳歌していた中身女子高生には荷が重いのはやむを得ないのではなかろうか?
結局誰も属性付与のコツなど掴めぬまま、不完全な魔力放出で無駄に疲れながら器を満たす羽目になった。そりゃ魔女の一門ブルハルトの秘奥、簡単に習得できるとは思わないけどさァ。
魔力を必要以上、膨大に放出しきってみんなヘロヘロである。わたしとミギーは2項目担当でさらに倍。
「ご苦労でしゅ。思ったより時間がかかったのは許してやるでしゅ」
尊大なる四女様からお褒めの言葉と思えなくもないように思い込めば信じることが出来たかもしれないと表現を濁せば意図を汲み取れなくもない一言をいただき、わたし達は休憩に入ることが許された。
解放解散ではない、一時的な休憩。
「わたちの魔術覚醒を刮目するでしゅよ」とのありがたいお言葉を貰ったからだ。別にあなたの属性なんて興味ないと言えないのが辛い。
「ぐ、ぐう、何故休暇にこんな仕打ちを……」
「彼女に余計なちょっかいかけたからじゃないかね、君が」
椅子に腰かけて真っ白に燃え尽きたボクサーめいたミギーに比べ、ヒダリーにはまだ余裕があるように見える。比較的魔力制御が上手かったのか、それとも小魔力総量が多いのか。貴公子然したミギーよりも肉体派すぎる外見の彼が魔術に秀でていそうのもなかなか面白い。
(ギャップ、まさか俺様キャラのギャップ萌え要素か。隠しルートのキャラ疑惑を晴らさないくせに深めてくる、やめやめろ!)
もはや疑い出すとキリがない、疑心暗鬼の奈落に嵌るまいと目を逸らす。彼らの真実がどうあれマリエットが関わる『学園編』が始まるまでは致命的な事態にはならないだろう。
──ならないはずだ、そのはずだ。
「アルリー様、お疲れ様でした」
「パナシルテ様もお疲れ様です。随分楽しそうでしたけど大丈夫でしたか?」
「あはは、わたくしは魔術一門の端くれですから。勉強になりましたし今度の自己鍛錬の参考に出来そうで満足です。アルリー様こそ光と闇の2属性放出で負担は相当でしたのにお元気そうで」
「それは、まあ、魔術で魔力使い切る感覚に慣れてるからで、ははは」
パナシルテ様の気遣いに曖昧な笑みで応える。嘘はついてないが真実も話せないスマイル。厳密には魔術よりも魔法が原因なのだ。
わたしがゲーム関連で得ている最大のチート要素、転移魔法は2度の使用で小魔力がすっからかんになる荒業。何度も繰り返して魔力がごっそり失われる体験を幾度と重ねたゆえ。
何事にも耐性というものは付くものである。
「そういえばアルリー様は全属性所持の才能をお持ちでしたね」
「残念なことに才能がその時点で尽きてしまったのですが」
全属性の才能とランクDの悲劇は良くも悪くも目立つ特徴だろう。合わせ技でプラマイゼロ、危うく魔女ホーリエの憎悪フラグを立てるところだったのは笑うに笑えないが魔術に興味ある貴族相手に対する話題の取っ掛かりには出来る。
「あはは、でも貴重な才能だと思いますわ。魔術方面を伸ばすおつもりは?」
「何を突き詰めるかは入学後に考えようかと。もう来年の話ですけど」
「まあまあ、わたくし達は同級になるのですね!」
手を打って喜んでくださるパナシルテ様。おおっと予想外の巻き込まれイベントで友好的な伯爵家のコネが手に入るかもしれないぞ! バカボンやヒダリーからセトライト伯爵ラインの攻略は無理だと諦めつつあったのに思わぬ光明が。
同じ苦楽、苦苦苦楽を共にした連帯感が呼び込んだ幸運、派閥違いが残念と思うのはきっと贅沢が過ぎる。それに『大公』ルートの阻止にはブルハルト閥のお人とライン保てるのは大きな前進になるだろう。
この縁は大切にしなければ、心からの友情より打算が先走るのには目を瞑る。すまない、すまない。
(……ヴェロニカ様? うん、彼女は上級貴族の子女で身分差がもっと強くなるし、あちら側があまりにも打算的だから期待し過ぎるのはどうかな……?)
「学園でも仲良くしていただけるとありがたいです」
「あはは、こちらこそ」
「さて、傾注するでしゅ群雀たち」
このまま和やかな会話で集いが終わればどれだけ幸せだっただろうか、そんな思いは今踏みにじられた。
まるでこれから晴れ舞台だ、と言わんばかりの笑みを浮かべた四女様が一同注目の羽ばたきを行ったのだ。大事な大事なお披露目の気分、彼女はその最中にある。今日この時、幕が上がり劇の本番を迎えるが如く。
「お前たちの献身の成果を今から見せてやるでしゅ。蓄えたお前たちの魔力とわたちの魔力が同期を示したもの、反応を浮かべたものがブルハルト四女の才気。それを目に出来ることを光栄に思いなしゃい」
(正直どうでもいい……)
表情から零れ落ちそうな本音は社交スキルで封殺する。わたしがブルハルト一門で一挙手一投足を気にするのは長女ホーリエのみ、後は難癖つけられなければ関わる必要性が無いのだから。
見守る面々の中、或いは好意的な視線を送るのはパナシルテ様だけなんじゃないかなという空気も読まず、魔力蓄積コンバータの一皿に己の手をかざす四女様。
少女の手から発せられる無形の小魔力が属性を付与されて集められた金属皿を撫でていく。端より地水火風、光闇と分けられたものを順番に、順番に。
反応は分かり易く劇的である。
魔力を蓄えた器がポワリと淡い光を放ったからだ。余人の目にも明らかな反応、四女様の小魔力に呼応した証。
「あはは、流石は幼くとも魔術の頂点ブルハルト家の御方、地水火風の四つ制覇。エレメントマスターですわ」
呆気に取られ、或いは夢見がちな口調でパナシルテ様が結果を漏らす。
エレメントマスターはロミロマ2の用語集にも説明が出ていた。基本属性4種類を扱える稀有な才能の持ち主で魔術の天才と称して過言ではない部類だとか。
ちなみに闇属性を除いた5種類制覇の魔女ホーリエや全属性制覇のヒロインマリエットもこれに属する。わたしも本来含まれるはずなんだけどなァ……。
こうして四女様は輝ける才気を下々の前に見せびらかせ、ようやく休日の無駄遣いは終了を
「……これ光と闇の魔力蓄積、ちゃんとされてましゅか?」
「なんですと!?」
「魔力が溜まってないからわたちに反応しないんじゃないでしゅか?」
おお、おお、なんという言いがかりをつけ申すか!
こちとら息も絶え絶え──と言うほどは慣れてるから疲れてないけど貴重な休日を削られてまで出動させられた上での労役を無碍に扱うとは!!
四女様を押しのける勢いで前に出て、わたしは自分の両掌をそれぞれにかざして見せる。途端、薄ぼんやりした明かりが明暗を共に示した。淡い白光と澱む黒霧が我が両手に──などと表現すると中学二年生っぽい。肉体年齢的にはストライクなのだけど。
「ね!? ちゃんと光ってますでしょ、ちゃんと!!」
「少し疑ってみただけでしゅ、わざわざ威張らなくてもいいでしゅよ」
流石にそれ以上は物言い付けず、わたしの主張の正しさを飲み込まざるを得なかった四女様は頬を膨らませてお下がりあそばした。王国内では白でも黒に出来そうな筆頭公爵家の威光を以てしても魔術の摂理をひっくり返すのは不可能なのだ。
属性の所持は生まれながらの才能、覆すことは出来ない──それを国内で最も知悉している一族の姫として。
「……あと1種類、1種類属性あればねえさまと一緒だったのに」
どこまでも偉そうな、実際偉いのだけどそれを隠さない四女様の声。
少女の呟き、心から残念さ、無念さを宿した弱気なそれを耳にして、ふと疑問が浮かんだ。
どうして四女様はわざわざ留学中に、自国でいつでも出来ただろう魔力測定を、自国の方がよほど環境が整った状態での実施が可能だった魔力測定を遥か異国の地、留学先のリンドゥーナで行ったのだろうか。
気まぐれと解釈するしては一族の秘奥だと宣った魔導機械を持ち込んでいた事実と噛み合わない。恣意的な行動では有り得ない、彼女は予めこの留学を魔力測定の好機だと思って準備していた、そうでなければ成立しない状況だ。
さて、これの意味するところは何だろう?
「まあ気にしてもしょうがないかな」
わたしが留意すべきは再来年より始まるブルハルト家と宰相家の婚約騒動であって四女様の事情ではない。そう結論付けて疑問は心の未解決事件置き場に放り投げることにした。
我がまま幼女の用件は済んだのだ、損なった精神力の分を休息で補うために。
──いずれ芽吹く問題の種かもしれないけど。
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