6-02

 留学。

 本来所属していない学校に留まって見聞を広めたりする行為。

 頭に「海外」などが付くと分かり易く馴染み深い。


 この海外留学制度、王国の教育機関たるカーラン学園にも存在している。

 ゲームでも王国を囲む東西南北の国々から学園に留学生が来ていた様子は描かれていたのだ。仮想敵国からの留学を受け付ける、リアリティに溢れる権謀術策ぶりだと兄などは感心していた覚えがある。


(あんまりゲームで深掘りされなかった設定だったけどね)


 留学生のスチル、いわゆるイベント絵などはせいぜい2枚。ずらずらと連なる留学生がお供を引き連れた様子を遠巻きに眺めるシーンと国際交流イベントくらいで特筆するものが無かったせいだ。

 ステータス次第でマリエットは交流する代表のひとりに選ばれはしたけれど、外国人相手にもコミュ力高いねってマウント取る以外に発展性のないイベント。

 ロミロマ2の中では学園物らしいからと足されたっぽい軽いイベントのひとつに過ぎなかったキーワード「留学」。


「『この度、今秋よりリンドゥーナの教育機関に我が王国から交換留学を行うべく人材を選別した経緯を』……」


 手紙を読み進めて頷く。うん、ここまでは分かる。

 王国が他国からの留学生を受け入れるなら、こちらからも出す。これが国際政治、これが外交。国交が断絶しない関係なら表面上は仲良く付き合う、理路整然とした何の疑問も湧かない流れである。


「『留学されるのはブルハルト筆頭公爵家の次男並びに四女』……ふむ」


 ブルハルト筆頭公爵家。

 聞き覚えある名前の登場に少し緊張する。『大公』ルート、難易度ハードの攻略を進めると立ちはだかるライバルヒロインのお家。

 大公家が「王家の予備」ならば筆頭公爵家は「大公家の予備」と言うべきか。王家や大公家からも婿や嫁を入れた過去もある名家ナンバー2。

 ロミロマ2設定資料によれば、レドヴェニア大公家に成り代わることを狙っていたとの裏書きある向上心高いお家でもあった。


(その辺は婚約者の設定も面倒に絡んでくるんだけど、今は関係ないか)


 思案を置いて続きに目を通していく。今のところ、わたしに公文書が届いた理由に繋がる記述が何もないのはどういうことか。メールの誤爆でもあるまいし、まさか間違いで届いたということはないだろうけど。


「『──ご両名の留学に際し、ついては一季のお付を供とすることを了承した。人員の選別は教会の推挙を許し、以下の』……」


 教会の推挙。つまり教会が選んでいいよって待って。

 なんでそこで教会が選ぶのかってクエスチョンが即座にアンサーを導く。

 ブルハルトの名前に思わず引っ掛かったけど、留学そのものはあくまで王家主導の事業。派閥を超えて適した人材を選べという意図なのだろう。

 ──『魔女の家』との別称を持つ筆頭公爵家と、魔術魔法の総本山な教会のコンビに裏の繋がりを想起して不安を覚えたりしつつ一応の筋は通っている。


(よし、公文書が届いた事実の不意打ちを受けたダメージは随分抜けてきた。このまま冴えた頭で事態を俯瞰して)


「『四女様のお供にあなたを推薦したからよろしくね。レイン・ソルイボゥヌ筆』」


 堅苦しい文面の最後にいきなり馴れ馴れしい口語体の一文。

 教会所属ドクター・レインの一筆がさらさらと。


 ……。

 …………成程?


「何してくれてんのォォォォォォォォ!?!?!?!?!?!?」


 わたしの憤りは天を衝いた。


******


 一過性の怒りが過ぎた後は急速に頭が冷えるものだ。

 不意打ちを捌いた後のさらなる追い討ちに怒髪した後、どうにか事の深刻さに向き合う程度に気分が落ち着いた。

 いや、落ち着けようとしている。

 分かりきっている事実をあえて反芻することで心の波が凪ぐのを待っている。


「……状況を整理しましょう。まず王家主導でリンドゥーナに留学生を送ることになった」

「そうですな」

「選ばれたのは名家ブルハルト次男と四女の2人」

「この時点で色んな思惑を感じ取れますが留学為されるメインは次男の方でしょうな。四女ともなるとまだ一桁のお年かと」


 残念ながら国家間の交換留学に純粋な学術的交流の要素は少ない。ほとんどが社交的側面、外交的駆け引きの産物だからだ。

 年齢一桁が予想される四女の子が同道者に付属しているのもその一環。

 ──力関係で王国が劣っていれば人質外交と見えなくもない。


「それで、当たり前だけど上級貴族の留学に2人だけを仮想敵国の学校に放り込むなんてことは有り得ない」

「勿論でございます」

「結果、世話役や護衛がわんさか付いていく、と」


 ロミロマ2の留学生イベントでもそうであったように、礼典式典を伴う国家間交渉には多少の民族大移動が発生する。その様子たるや大名行列ほどでないにせよ、国家要人の警護体制が日常に現れるのだ。

 大袈裟なれど国家の名を前面にした外交であれば当然の処置。


「執事やメイドさん、近侍の護衛なんかはブルハルト家が厳選して準備するのでしょうね」

「それ以外にもお供するご学友、という賑やかしをも用意するのが通例でございますな」


 これが問題だ。わたしに関わる問題だ。

 大名行列で連れて行かれるのは世話役、護衛だけではない。

 慣れない環境で不安を覚える、不調をきたす、枕か違うだけで眠れなくなる人間は珍しくもない。住環境の変化でかかるストレスに心身を冒されるケースは現代社会でも小耳に挟む身近な難題だった。


「そういった障害に先立ち用意されるのが使い慣れた枕、抱きなれたぬいぐるみ、そして同国人の友人、というわけね」

「左様でございますな。他国での孤立避けとのことで」

「でもそういうのって近い身分の人を用意するものでしょ、普通」


 あちらで友人を作るまでのお人形。

 求められるのは貴人が気軽に話しかけることの出来る相手役である。身分も知識も好みの把握も、とても見知らぬ他人に任せられる役目ではない。

 筆頭公爵家四女様の慰め役。その役割に、何故、どうして、ホワイ、末席貴族の子女たるわたしが?


「なかなかに最大級のミステリーでございますな、ホッホッホ」

「笑いどころじゃないィ!」


 本当に笑う場合ではないのだ。

 勿論荷が重いというのもある。筆頭公爵家の令嬢の面倒を見る、抱き枕になる無理筋に対する忌避感も充分に含む。もっと他に適任がいるはずだろうとの政治的見解だってある。

 しかし最大の理由は、


(留学なんて付き合わされたら来年の学園入学が出来なくなるなってしまうゥゥゥゥゥゥゥ!!!)


 これだ。

 今のわたしにとって唯一にして最大の課題、ヒロインの恋愛成就阻止。

 王国滅亡の危機を回避するための最大級ミッションをこなす最低限の条件は『学園編』の舞台となるカーラン学園への入学。

 ほぼ閉鎖空間、クローズドサークルと化す学園への所属なくして各イベントへの介入などは為し得ない。それを留学なんかに同行させられた日には学園どころか国内にすら居ない最悪の距離感が完成してしまう。

 まさに王国滅亡待ったなしの土俵際。この絶対的危機から逃れるには、


「……やはり醤油を一升瓶で飲み干すしか……」

「おやめください」


 強制的に体調を崩す策は最後の手段としてとっておくべきだと進言された。確かにタイミングが早すぎれば魔術で治療されかねず、また乱発が過ぎれば工作がバレる危険性がある、それは望ましくない。

 切り札とは温存しすぎも浪費しすぎも良くない、切るタイミングが早すぎても遅すぎても駄目なのだ、肝に銘じるべきだろう。


「じゃあ推薦人をちょっと問い詰めてくる」

「は、お召し物の変更は?」

「このままでいいよ。別に礼儀を弁える相手でもないから」


 魔術と魔法の測定以降、とても気安い間柄になった大人の女性がひとり。

 カルアーナ聖教会に勤める魔術博士、将来カーラン学園の魔術学教師に収まるはずの眼鏡。理知的な外見を裏切るマッド気質の学者バカ。

 レイン・ソルイボゥヌ。

 わたしを交換留学の近侍に勧めた伸び上がる蛇女である。


「夕方までには戻ってくると思うから、その時はわたしの看護をお願い」

「承知しました」

「じゃあ行って来る。魔法『愚者の辿る軌跡』」


 燃費最悪の魔法を唱え、わたしは面倒事を全力で投げつけてきた博士の元に転移したのだった。

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