6-03

 カルアーナ聖教会のレイン・ソルイボゥヌ。

 彼女とは魔術魔法の測定時に取り交わした約束通り、定期的に顔を出しては魔力の測定等に協力している関係だ。

 良くも悪くもそれ以上に親しくもないビジネス上の関係、そう思っていたのに。


「あれはどういうことかなドクター・レイン!?」

「あら、思ったよりお早いお付きだわねミレディ?」


 いつもの、と呼ぶのにも抵抗が無くなってきたドクターの控え室に踏み込んでの第一声。博士に驚きの気配が僅かなのは奇襲速度の意外性であって殴り込み自体は想定内だったのだろう。


「まあ興奮せず、そっちに座ったら? ミレディ」

「何を暢気な!」

「MPポーションをどうぞ」

「ありがたくいただきましてよ」


 シュルルルと差し出された回復アイテムを飲み干す。このまま帰宅にも転移魔法を使えば魔力切れのダウン必至な決死行、魔力を少しでも回復させてもらえるなら望むところなのだ。

 しかし曲りなりとも貴族令嬢相手に牛乳瓶めいた入れ物のまま渡すのが博士クオリティ。効果は変わらないにせよ、もっと客に出す器があるだろうに。

 ──いや、無いのかもしれない。博士は存在を学問に全振りしてそうな人だ、自分でもコップ代わりにビーカーを使ってそうだし。


「喪女の宅配瓶、って感じかな」

「不当な評価を受けた気がするわぁ」

「不当な扱いをされたのはこっちの台詞なんですけど?」


 バン、と机の上に叩き付けたのは例の封書。

 交歓留学の概要が書かれ、最後に手書きの一文がしたためられた公文書。

 「あなたを推薦で選んだから是非参加してね♪」とわたしを国家事業に巻き込む意図を綴った悪魔の罠。


「簡潔に抗議すると『なんで?』」

「誤魔化しようのない疑問ねぇ」


 楽しげに笑うおフランセ博士をじっと見つめる。

 短い付き合いながら、わたしなりに博士のひととなりは掴めていた。ゲーム内での薄い描写を超えて築いたコミュの成果。

 曰く、「博士は他人を悪意で陥れるようなタイプではない」のが結論。しかし興味優先で他人を迷惑に巻き込んできそうなのが不安を煽るタイプでもある。マッドめ。


「わたしはブルハルト家の方々と面識もなければ、チュートル家もブルハルト家に連なる爵家ではありません」

「そうねぇ、南部って頂点はだいたい大公家になるものねぇ」


 準王族、王家の予備、王家の代理。

 権限的に「辺境の王」に過不足ない地位を得る大貴族、レドヴェニア大公家。四方を囲む列強で最も警戒される強国リンドゥーナに向けられた剣にして盾。

 南部域の成り上がり辺境貴族なウチも当然大公家の末席を汚している立場になる。最上位と最下級、距離が開きすぎて実感を得るべくもない、あくまで系図的に、だけど。


「ウィ、普通ならお友達役は、ブルハルト家に近しい侯爵家か伯爵家の、それこそ年齢の近いお嬢さんを選ぶのが無難って話になるわよねぇ」

「それが分かってて何故? バカ?」

「ノンノン、ミレディったら本音が漏れてるわよぉ」


 言葉以外にも目つきなどにも注目していただきたい。おそらくは冗談を解さぬ目力が篭っていたはずだ。この時のわたしはまさしく天王山、関が原に参加できるかどうかの前哨戦を交えている気分だったのだから。

 これから大事な『学園編』を控えて、海外に留め置かれるなどあってはならない。


「貴方を勧めたのはねぇ、魔術の才能を買ったからよん?」

「は?」

「ブルハルト家から正式に選抜を依頼されたのよぉ、せっかくなら四女様の刺激になる魔術の才能を有した人にして欲しいってねえ」


 言うまでもなく、ブルハルト家といえば『魔女の家』と称される魔術魔法に傾倒したお家。そういうリクエストが出されてしかるべきかもしれない。

 そこに現れた全属性持ちなんて変り種、紹介せずには居られなかったと。

 ──ただしそれって個人情報の漏洩とかそういうのに引っ掛からないのか。

 なさそう、上の貴族ほどあらゆる意味で偉いのは確定的に明らかな世界だし。


「ぬうう、そう来たか」


 色々納得いかない部分を残しつつ、筆頭公爵家に配慮した結果なのは分かった。いや、ここは流行りの表現で「忖度」と言うべきか。意味は同じだけど印象が違う。

 印象論で悪者用語にされた忖度さん可哀相。


「って、まさか博士、わたしの魔法適正のことを!?」

「ノンノン、流石にそこまでは明かしてないわぁ。本格的な引き抜き工作なんて事態になると大公家から睨まれかねないしぃ」

「ふう、脅しよるゥ」


 物理的には流れていない心の汗を拭う。

 今のは本気でヒヤリとした。何しろヒロイン・マリエットと『大公』ルートのライバルヒロインが激突した大きな理由のひとつが『魔法』だったから。


 マリエットはプレイヤーの分身に相応しい才能の持ち主で、魔術の全属性保持者なのは言うまでもない。その上で攻略対象の凍てついた心を溶かしつつ、さらには魔法に目覚める。

 自身の婚約者との関係に横槍を入れた相手が、『魔女の家』長子を差し置いて魔術のみならず魔法でも凌駕する才気を発した。この三連打が連鎖爆発を引き起こす。

 対立に突っ走るドミノ倒しの三点設置地雷、そのうち二個を踏みかねない恐怖がわたしを襲う。


 魔術全属性持ち、魔法行使者。

 この二点をわたしは満たしてしまっているが故。


(入学後どころか成人前に魔法授かってたとかどんだけ反感買うのか)


 どのルートでも最終的にライバルヒロイン達も魔法に目覚めるものの、『大公』ルートではもはや手遅れ、コンプレックスの解消には遅きに失し。決定的にひび割れた関係の修復には何の役にも立たなかった。

 後塵を拝する、これだけで『魔女の家』長子のプライドはズタズタだったのだ。


「わたしに目をつけた理由は分かった。でもわたし本人が引き受けた覚えは全然まったく少しもちっともこれっぽっちも僅かながらも無いんだけど!?」

「あら、ブルハルト家のリクエストを無碍に扱うなんて怖すぎるし、あなたも拒否できるとか思ってないでしょお、ミレディ?」

「ぐぬぬぬぬ!」


 博士の笑顔に反論の余地などない、精一杯に訴えた令嬢の言葉をパワハラ文化が一蹴する。

 筆頭公爵家の意向に逆らうなど王家か大公家以外には夢のまた夢。むしろ額づいて要求以上のものを差し出すのが正答、世渡りの秘訣。

 わたしだって普通ならそうしてやり過ごしたい、しかし。


(『学園編』に参加しないとバッドエンドォォォォォォ!!)


 抗えない権力を拒否って今すぐバッドエンドと、その権力の基盤ごと焼き払う将来のバッドエンドの双方にどう立ち向かうのか。

 やはり醤油か、直前に醤油の一気飲みか、ラストエリクサーを使うしかないのか、その覚悟を心の中で


「それに期限は秋から冬前までじゃなぁい? ちょっとした外国旅行だと思って楽しんでくればいいじゃない。ねえ?」

「……へ?」

「いや、手紙に『一季』って書いてあったでしょお? ワンシーズン、3ヶ月前後」

「………………そういえば」


 叩き付けた手紙を取り上げて、言及部分の文言を改めて精読する。

 ──ついては一季のお付を供とすることを──ごほん、冷静さを欠いていた。淑女にあるまじき不覚に動揺を隠せない。


「貴族っぽい気取った言い回しめ……!」

「いや、あなたも貴族でしょミレディ」


 言語文化への不当な非難は呆れ声に却下された。


******


 短期留学により危惧した最大のネックは回避され、どうにか人心地ついた気分でソファに腰掛けた。

 とりあえず数年を経た海外留学でないことに安堵する。正確には次男様は3年の留学をするも四女様は一季のみ。わたしは四女様のお付きに推薦されたわけだから、滞在期間は彼女に準じるものである。


「そんな嫌だったのミレディ? 貴族的には誉れだって付いていきたがる子は少なくないって話なのに、留学」

「そういうのは上昇志向のある人が適材ですよ」

「あら、海外を見て回るのも見聞が深まって貴族には重要ではなくてぇ?」

「下級貴族の小娘には要らない知識だと思います」

「あらあら正論ソルボォン!」


 男爵家の娘でしかないわたしが今後行う国際交流などは、せいぜい国境に接するリンドゥーナ庶民との接触程度だろう。

 まかり間違っても上級貴族や他国の要人と外交の場で交渉事や論戦する機会などは有り得ないし、今そこにある危機は国内にこそ火種がある。

 それも大きなのが3つ、或いは隠しルートを含まれば4つ。大火事が起きる前に対処しなければ、わたしの未来も炎に消えるのだ。


「むしろ自分の子を推薦して欲しいって野心家の陳情も多かったのでは?」

「それなりに届いてたわねえ。みかんの木箱からはみ出るくらい」

「多ッ。そちらから選べば良かったじゃないですか。みんなウィンウィンでしょ」

「その中に全魔術属性持ちでもいればそうしたんだけどね、ミレディ」


 ブルハルト家の注文した条件、魔術的に刺激になりそうな相手とのお眼鏡に適う人物はいなかったからと肩を竦めるドクター。

 名家のプレッシャーを怖れたのか、それとも魔術学博士のプライドにかけて厳選したのか。どちらにせよお鉢が回ってきたこの状況は迷惑な話だった。


「それにミレディも最初の転移魔法以降、新しい魔法は降りてきてないんでしょん?」

「……急に何の話です?」

「だからぁ、ここからひとつ移動できる範囲を劇的に増やしたり、環境を大きく変化される場にミレディを放り込みたいなぁって」


 なるほど、つまり博士の目論見ではわたしの内面的変化を促して魔法が授かるかもしれない心理状態を人為的にもたらすのも目的も含めてあったと。

 なるほど、わたしが気を抜いたように見えたから口が滑ったと。


「それが本音ね、尻を食いしばりなさい」

「ノンノン、鞭打ノン! むしろお尻ってどう食いしばるのミレディ!?」


 14歳のわたしは、既に大人と体格差は左程無い。むしろモヤシ博士相手にはステータス12で体力的には凌駕しているといっても過言ではないだろう。

 自らの学術的探究心で厄介ごとを背負わせましたと告白した博士に一発見舞わせるべきにじり寄る。猛禽に狙われた蛇が隙間に逃れるが如く椅子を盾にじりじり下がる、いい大人に制裁を。

 ヘビクイワシの一撃を。


「エクスキューズ!」


 後に痛みが原因の身悶えで奇妙なダンスを踊った博士の臀部は白衣とスカートに守られて目視は出来ないけれど、きっといい感じに紅葉を刻めたんじゃないかと手応えで確信している。

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