ウチの銀暦事情 Fractal.6

『さて、お話は、だいたい分かりました~ ♪ 』

 天真爛漫な笑顔で、マリーは状況把握を自己申告する。

 いや、どうせ分かってないやろ?

『要するに、モモちゃんは仲間外れになったみたいでイヤだったんだよね~?』

 ちゃうよ?

 当たらずとも遠からずの範疇はんちゅうではあるけれど、何かちゃうよ? 表現が。

『じゃあね、わたしがちゃんと説明してあげるね?』

 ほんわか担任教師が微笑ほほえんどった。

 いや、せやから……そもそも、マリーの説明で理解できなかったんやん?

 助け船を求めてリンちゃんを見遣みやると──あ、そっぽ向いとるし。

 さては無関係を決め込んだん?

 場の空気などつゆほども悟らずに、マリーは説明を始める。

『モモちゃん、まずケーキを想像してみて?』

「ふぇ? ケーキ?」

『モモちゃんの好きな白玉抹茶のケーキが、丸々あるとするよね? とても大きなホールサイズの。でね、一層目が生クリームで、二層目がスポンジで、三層目が白玉入り抹茶スフレで、四層目もスポンジなの。この各層が重なった造りを、ブレーン構造だと考えてみて?』

 ふわぁ? おいしそうやわぁ ♪

 って、ちゃう!

 ん? つまり──

「──つまり、違う層が重なってる……って単純な解釈で、ええの?」

『そうそう! でも、層の性質が違っても、それをひとつにまとめた解釈で〈ケーキ〉だよね? このケーキの層と同じで、宇宙も『異なる宇宙同士が次元層で重なってる』って考えるのがブレーン宇宙構造の基本的解釈なの。違う宇宙が次元層で重なっていても、まとめて〈宇宙〉というくくりになるでしょう? 〈ブレーン〉っていうのは〈膜〉っていう意味だから、要するに〝次元宇宙という名の膜が重なってる〟って考え方なのね。ただ、ブレーン宇宙層はケーキ層とは違って、現在確実視されている数だけでも十二層になるんだけれど……』

「せやけど、単に重なってるだけなら別次元宇宙への航行なんて、そんなに大変な事でもないんちゃうの?」

『もしもモモちゃんがケーキの上でうごめく微生物だったとしたら、一番上のクリーム層を抜けてスポンジ層へ到達するだけでも大変でしょ? 層の間にウェハースなんか敷いてあったら、も~う大変!』

 ……その表現イヤや。

『さて、これで〈ブレーン構造〉は、なんとなく理解できたかな? じゃ、次は〈フラクタル構造〉の説明ね?』

 理解……できたん?

 自覚はあらへんけど?

 ま、ええか。

 〝表マリー〟の説明よりかは解りやすいし……。

『今度はケーキの層を〈次元〉と考えて、抹茶スフレ層の白玉それぞれを〈宇宙〉と考えてね? いい?』

「うん、ええけど?」

『じゃあ……食いしん坊のモモちゃんは、上から指を突っ込んで白玉を摘み取ろうとしま~す ♪ 』

「ちょっと待ってーーッ?」

 いきなりの誤解を招く例文に、ウチは思わず絶叫訂正!

「そんな意地汚い食べ方、ウチはせぇへんもん!」

『だ~か~ら~、仮定だってば~~』

 いくら仮定やからって……。

 あれ? リンちゃん?

 何で顔を背けて、笑いを噛み殺してるん?

『はい、白玉が取れました~! でも、アレレ? その隣に埋まっていた白玉の方が大きいですね~? モモちゃんは悲しくなりました。シクシク』

 ……此処は〝ハウゼン幼稚園〟やの?

『そこでモモちゃんは、また指を突っ込みま~す! 今度は、さっきよりも少し斜めに指を入れてみました』

「……せぇへんってば」

『白玉は無事に取れました~! さっきより大きいやつで~す! すこし指を入れる角度を変えただけなのに……不思議ですね~? そこでモモちゃんは指を差し込む角度を毎回変えて、他の白玉もほじくり出す事にしました』

「せぇへんってーーーーーーッ!」

 何や、コレ?

 何や、この辱め?

 ふぇぇ……もうイヤやぁ~~!

 顔から火ィ出そうやぁ~~!

 リンちゃんに至っては、コンソールパネルに突っ伏して笑い死にしとるし……。

『白玉は全部、形も大きさも違いました。指を入れた穴は同じなのに、角度を変えると出てくる白玉は違うのです。不思議ですね~?』

 ウチは不機嫌さを隠しもせず、膨れっ面で答える。

「別に不思議やないよ。入れる穴は同じでも、その先にある白玉は全部別物なんやから」

『そう! それなの!』

「ふぇ?」

『全部〝抹茶スフレ層に埋まっている白玉〟でも、個々の出来には微妙な違いがあるから同じ・・ではないでしょう? それと同じで、同一の次元層に存在する宇宙でも、それぞれが微妙に違うのよ。だから、次元突入の際に座標方向性を変えるだけで、微妙に異なる宇宙へと到達するの』

「つまり、進入角度と到達座標によって異次元宇宙の性質が決まる……って事なん?」

『抹茶スフレ層全体にある白玉は、それぞれが全然異なるよね? 大きさや形はまだしも、細かくいえば〝粉の生産元〟とか〝機械の調整具合〟とか〝白玉粉を作った人のプロフィール〟とか〝練り上げるタイミングのコンマ秒での差〟とか……同じ条件の物は、ふたつと無いでしょ?』

「病的に細かいよ?」

『うん。でも、その細かな差が、宇宙へ置き換えた時には重要なの。一見同じ宇宙に見えても、実際には微妙な差があって、全く同じ宇宙は決して存在しない。例えば〝モモちゃんがサイボーグの宇宙〟もあれば〝モモちゃんがサイキッカーの宇宙〟もある。そうかと思えば、果ては〝モモちゃんが存在しない宇宙〟だってありえるの。これは本当に一例で〝モモちゃんを基準に考えた宇宙・・・・・・・・・・・・・・〟だけでも、それこそ無限にあるのよね』

「『存在しない』とか言われると、ゾッとするわぁ……」

『そうよね。でも、これは〝モモちゃん〟を基準にした例だけで、基準を他へ移すともっと膨大な数になるの。〝銀河連邦が設立されていない宇宙〟とか〝イザーナが開発されていなかった宇宙〟とか。あるいは〝人類が死滅した宇宙〟だってありえるのよ?』

「し……死滅ぅーーッ? そ……そんなんアカン!」

 ウチ、慄然と硬直したわ!

『例よ、例! もっと小さな例でいうと〝いま地球にいるたちばなさんが小石を蹴ったか蹴らないか〟なんていう些細な事でも分岐した宇宙が発生する。ね? 無限大でしょ?』

「せやけど、それって普通に〈パラレルワールド〉概念とちゃうの?」

『うん、そうだよ。でもね? これに〈フラクタル構造〉を適応させると、この差が微妙な宇宙ほど近くに存在してて、差が激しい宇宙ほど遠く離れている形になるの。さっきのケーキの例でいうとね? モモちゃんが指を入れた辺りは〝白玉〟だったけれど──』

「……入れへんってば」

『──外れたところでは〝果物〟かもしれない。もっと外れた位置なら〝ダイヤモンド〟や〝ウラニウム〟かもしれないのよ』

「あ、だから『コンペイトウの出来損ない理論』なワケや?」さっき〝表マリー〟が何をさせたかったのか──ようやくウチは解ったような気がした。「つまり、そうした微妙な差が次々と際限なく派生していくから、ああした〝線のインフレ〟みたいな図形になるワケやね?」

『そうそう! だからね? 縦軸の次元層はケーキの層、横軸の分岐宇宙はたくさんの白玉なのよ。解った?』

「うん ♪  漠然ばくぜんとやけど……」

『それでいいと思う』マリーは嬉しそうに、満面の笑顔を浮かべた。まるで落ちこぼれ生徒が、ようやく公式を解いた瞬間に立ち会った先生みたいに。『モモちゃんは、漠然ばくぜんとした感覚でしっくりとくればいいのよ。解釈の在り方なんて、人それぞれなんだもの』

『楽しい個人授業中、申し訳ないんだけどさ──』不意にリンちゃんがくちを挟んできた。その口調くちょうはさっきまでと一転して、規律然とした緊張をはらんどる。『──前方からエネルギー反応が接近中! 到達推定距離、およそ2Cメートル!』

 すかさずウチも座り直し、気持ちを操縦体勢へと切り替えた。

「攻撃?」

『違うわね。間違いなく航行物体よ』

 ウチの質問を簡潔に否定しつつ、リンちゃんはパネルに輝き浮かぶイルミネートキーを次々とタッチ操作する。

「まさか〈クラゲ〉?」

『待ち伏せた? なくはないけどさ……』

 リンちゃんも完全には否定せぇへん。

 そんなウチとリンちゃんの緊迫したやりとりに、お呼びじゃない方のマリーが加わる。

『まだ、な~んにも準備してないのにぃ~……困っちゃうね~? ブゥ!』

 ……一気に場違いな脱力感に満ちたわ。

「可愛く膨れてる場合やあらへん! 艦長、マリーやん!」

『あ、そうだね? うん、そうだ! 頑張んなきゃ、わたし!』

 小脇絞めて小さくガッツポーズ!

 いや、言われんでも自覚してくれへん?

『で? モモちゃん、リンちゃん、どうしよっか?』

 アカンわ、この人。

 きっと『使命感』いう文字が辞書から落丁しとる。

 と、リンちゃんが的確な判断力に一喝した!

狼狽うろたえない! とりあえず識別が先!』

 リンちゃんのパネル操作は素早く、そして、正確やった。

 その手慣れた感覚がもたらす指捌ゆびさばきは職人技の域にも映る。

『ニュートリノビーコン、出す!』

 ミヴィークが前方へと光速素粒子弾を撃った!

 いや、もちろん肉眼では見えへんよ?

 これは次元航行直前に〈宇宙クラゲ〉にも使用した物で、本来は追跡などに用いる素粒子マーカーや。

 要するにな?

 えとぉ……えっとぉ…………。

「……あんな? マリー?」

『なあに? モモちゃん?』

「……〈ニュートンのベーコン〉って、何?」

 ウチの質問にマリーは優しく微笑ほほえみ、リンちゃんは『アタシが知りたいッつーの』と吐き捨てた。

『つまり〝人工ボソン粒子をニュートリノコーティングした素粒子マーカー〟の事よ? 光速を帯びるニュートリノコートの性質によって、如何いかなる距離でも初速着弾するし、障害物に関係なく透過貫通する特性があるの。おまけに不可視だから、気付かれにくいメリットもある。指定座標で拡散した後、対象表面に満遍なく付着した人工ボソンは〈イザーナ〉や〈ミヴィーク〉が発する対波動ボソンとの相互反応によってレプトン衝突現象を起こすの。その量子反響を電子エコロケーション感知システムが受信し、コンピューターが解析した仮想機体像から様々なデータを割り出してくるという構成なのよ?』

「ふぐぅ~……解らへん~!」

『う~ん? モモちゃんに解り易く例えるなら〝透明人間に頭から小麦粉を被せ掛けるようなモノ〟かな?』

「あ! そんなら解ったわ ♪ 」

 マリー、にっこりわろた。

 リンちゃん、深いいきや。

「せやけど、リンちゃん? そないなモンをブッ掛けて、どないすんの? 今回、追跡せぇへんやん?」

『今回は追尾目的じゃないッつーの。さっきマリーが述べた理屈の応用になるけど、ニュートリノビーコンは拡散付着した機体データを表層的に解析し、その機体像を仮想映像化する事も可能。それを狙ったのよ』

「……どゆ事?」

 小首傾げるウチを一瞥いちべつだけで無視したリンちゃんは、テキパキとしたキータッチ操作の後に処理報告を読み上げる。

『仮想モデリング完了……機体映像、出すわよ』

 そして、メインモニターへ問題の機体像が映し出された。

 その機影は……!

「『なっ?』」

 同時に驚きの声を上げるウチとリンちゃん!

 対照的にマリーは『あらあら~?』とゆったりしたマイペース口調。一応は驚いている様子やけど、伝わり辛いわぁ……。

 映し出された正体不明機は──宇宙を泳ぐ〈エイ〉やってん!

 いや、比喩表現やなく、読んだ文面そのままの!

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