転生しますか?いいえ、しません

まろん

第1話 異世界転生?①

「て……し……すか?」


「……今何か聞こえた? というか一体ここはどこ」


 見覚えのない空間、それもそのはず彼の今居る空間はこの世とあの世の狭間に位置する、見渡す限り暗闇の広がる世界。それがここ隔離世界-void-である。


「俺は確か………駄目だ何も思い出せない」


 自分の名前などの基本的な情報や、前の世界での記憶が無くなったわけではない。ただ、どうしてここにいるのか、ここにくる前に何があったのかを思い出せないのだ。


「となると、夢、か?」


 もしこれが夢なら、刺激を与えれば夢から覚めるはずなので、思い切り頬を引っ叩いてみることにした。


「いってぇ」


 これで夢である可能性は、儚くも消えてしまったわけだが。


「転……し……か?」


「また聞こえた……?」


 声が聞こえるというよりは、脳に直接響いてくるという方が正しい表現だろう。しかし、何故かはっきりと聞き取る事ができない。そこで俺は、その声の正体を探るよりも自分に何が起きているのかを考えることにした。


 取り敢えず腕時計に目を落とし時間を確認する。


「えーと?今は10時15分か」


 就職祝いで親から貰った腕時計でひとまず時間を確認したが、午前なのか午後なのかさっぱり見当もつかない。その上、時計の針が止まっているときた。

 しかし、この時間の少し前に自分の身に何かが起きたのであろうことは容易に想像がついた。

 続いて自分の身なりを確認するが、スーツ姿という至ってシンプルな格好だ。他にも持ち物も確認してみたが、持っていたのは財布とスマホくらいだった。


「スーツ姿で10時か、飲み会にでもいってたのかな。まあ、朝の可能性もなくはないか」


 結局いろいろ考えてはみたものの、直近で欠落している記憶が戻ることはなかった。


「転……し……すか?」


「なんかここ死後の世界みたいで、嫌だなぁ」



✳︎ ✳︎ ✳︎



「なーんで、ずっとシカトなのよっ、あいつ! かれこれもう3回以上は呼びかけたわっ」


 見るからに「プンスカ!」という擬音が溢れんばかりのこの女性は、狭間世界-void-の管理を任されている女神の1人である。


「それでなくても、最近ここにくる人多くて大変だっていうのに、さっさと転生してくれないかしら」


 ぶっきらぼうに、もはや投げやりとも言える対応ではあるが自分の職務を全うしようとしている。

 実際、現世では流行病が蔓延しており、死者が数多く出ている。ここにくる全てが死者というわけでもないのだが、条件を満たす者が少なからずいる。そんな中、今回の漂流者である彼は少し特殊だったのだ。


『彼だけは、絶対に、転生させてください。間違ってもそのまま、あの世へ送ることだけはないように』


 そう先輩の女神に告げられたために、この女神も多少なりとも苦労しているのも事実で。


「あーもうっ、なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ。あーおほんっ、転生しますか?」


 しかし、やはり彼には声が届いていないようで、というよりは、無視されているようなので、仕方なく直接声をかけに行くことにしたのだった。


「あの漂流者覚えてなさいよ」



✳︎ ✳︎ ✳︎



 そんな女神の苦悩を知る由もない、漂流者はというと、自分という存在の情報を思い出している真っ只中だった。結局一から情報の整理を始めることにしたようだ。


「俺の名前は、……。うん、覚えてる。他には…」


 そこへ先程から頭に響く声の主、女神がやってきた。


「もしもーし? これなら聞こえてますよね、聞こえてないわけないですよねぇ?」


 そう語りかけてくる人物を見上げる。そこには、正しく女神を体現したかのような風貌の女性が立っていた。そう、いろんな意味で。


「…え」


 思わず素っ頓狂な声をあげてしまったが許して欲しい。だって金髪碧眼の彼女はあろうことか、素っ裸だったのだから。

 そのことに一切気づいていないだろう彼女はこう続けた。転生しますか、と。




 

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