第1話 ダンジョン攻略1日目

俺の名前は源零(みなもと れい)で今年の6月15日で30歳、しがないサラリーマンだ。


特に何の特徴もない一般的な日本人男性と言えるだろう。会社と家との往復の毎日で、今も東京駅で会社に向かう電車を待っている。東京駅は通勤ラッシュで人ゴミだらけだ。平日はいつもこうだとはいえ、もう少し人が少なくてもいいと思う。


そう思って周りを見渡していると、忍者服のようなものを着た女性が目についた。何かのイベントだろうか?女性が人ごみに紛れたので、電車の方を見ると、丁度電車が入ってくるのが見えた。


その時、人ごみから押し出され、引っ張られる感覚があった。


俺はぼーっとしていたのか、いつの間にか電車はとまっていた。人身事故でもあったのか、やけにホームがざわざわとして混雑している。あー、やっぱり事故か。グロ耐性の無い俺は遠目から事故があったらしい場所を見てみる。被害者はスーツに茶色のコートと普通のサラリーマンの格好だ。


レ「って、あれは俺やんけっ!?」


そう、いつの間にか俺は電車に轢かれて死んでいたのだった。


メ「起きて、お兄ちゃん!」


まるで恋愛ゲームに出てくる従妹役のような感じの声がする・・。特に体の不調は感じなかったので、そのまま目を開け起き上がった。


レ「ん・・、どこだ、ここ?自分が死んだ夢を見ていたような・・。」


辺りを見回してみると、6畳一間のような部屋で、小さなかわいい女の子が目の前に、部屋にはテレビっぽいものと漫画っぽいものとお菓子の袋っぽいものでちらかっている。


メ「私が生き返らせたの。練習で。」


視線を女の子に戻すと、女の子は右手を上げ、鉄砲の形にして俺に向けた後、衝撃的な発言をした。


レ「練習!?俺が生き返ったの練習なの!?」


俺は女の子の発言につっこむと、一応自分の格好を見直した。うん、特に血もついてないしスーツも破れてない。


メ「私はメィルって言うの。まだ見習い女神で、女神になるための試験中。試験には異世界人が必要なんだけど、地球ってところ見てたら電車事故があって丁度いいやってね、てへっ。」


メィルはくるくる無駄に回った後、ほっぺたに右手の人差し指を当て、舌をちょっとだして、左手であたまをコツンとたたいた。


レ「丁度いいって・・。まあ、俺も異世界転生ものの小説はよく読むから転生自体はそんなに驚かないけど。」


それに、まだ夢じゃないのか?と思っていた俺は特段リアクションしなかった。


メ「ほんとっ!?転生に詳しいなら、ついでにダンジョンクリアしてきてよ!」


メィルは目をきらきらさせながら、両手を胸の前にグーでもってきて、いわゆるぶりっ子ポーズをとっている。


レ「いや、そんな簡単にはいかないよ!?知識はあっても、自慢じゃないけど人生で何のスキルも得てない本当に一般人なんだから。」

メ「大丈夫、私は見習いだけど女神だよ!能力くらい付けれるよ!」


メィルはドヤ顔で俺を指さしてきた。指さすなよ!


レ「能力ってどんな能力だ?」

メ「それこそ自慢じゃないけど、まだ見習いだからね!あなたに付けてあげられる能力は一つだけ。」


メィルは真剣な顔で、顔の前に右手の人差し指だけ立てた。


レ「で、どんな能力だ?それによってはダンジョンに行くのもやぶさかではないが。」


チート能力さえもらえるなら、むしろ冒険者をやってみたいほうだ。召喚されて、勇者よ、世界を救ってくれ!とかじゃないけど、ダンジョンと聞くだけで夢が広がる。


メ「ダンジョンで最初に倒したモンスターの能力を得る能力よ!」


メィルはビシッと俺の額に指さしていた指を当ててきた。額に光の波紋が広がると、これで能力付与終了よ!と言った風にドヤ顔のまま腕を組む。


メ「あっ、能力を得たから、もう地球には帰れないよ。」


メィルはとんでもないことを事後報告してきた。


レ「実質は能力無いじゃん!無能力者だよ!」


メィルはチッチッチッと指を振って否定する。


メ「ダンジョンの1階ならモンスターも弱いよ。そういうわけで、はじまるのダンジョンへ行ってらっしゃい。」


メィルは笑顔で、小さく右手でばいばいする。しぐさだけ見るとかわいい。少し照れてしまった。


レ「言い間違えか?始まりのダンジョンじゃないのか?」


メィルは首をふりふりすると、しょうがないなぁというポーズをとった。


メ「ううん、はじまるのダンジョンで合ってるよ。はじまる様が作ったダンジョンだよ。」

レ「誰だよそれっ!」

メ「とにかく、ダンジョンの近くに転送するから、がんばってね!」


メィルは両手を俺にかざすと、足元に光の魔法陣が発生した。魔法陣に沈むように俺の体が飲まれていく。


転送中・・・転送完了。


足元から頭に向かって魔法陣が動くと、魔法陣が過ぎたところから体が実体化していく。


30m程前には縦横3mほどの洞窟の入り口と、少し奥に洞窟の出入りを防ぐように鉄の扉が見えた。


レ「ここがはじまるのダンジョンか・・って装備すらねぇよ!」


俺はスーツにコートと革カバンを持っただけの出勤装備でダンジョンに挑まざるを得なくなった。


レ「あ、ダンジョンクリアした時の報酬とかってあるのかな・・。」


半ば諦め顔でそんなことを考えながら、扉に近づいて行った。


レ「スタンピードを防ぐためか、やけに頑丈そうな扉だな・・。よっと、くっ、押しても引いても開かないな、どうすればいいんだ?」


俺は門を調べると、門の右端にインターフォンを見つけた。インターフォンを押してみる。


ラ「はい、こちらはじまるのダンジョン受付のラヴィです。お名前とご用件をお願いします。」


俺はダンジョンなのに受付?と思いつつも返答した。


レ「源零と言います。あの、見習い女神のメィルからここのダンジョンをクリアしてほしいとお願いされまして。」

ラ「かしこまりました。連絡は受けております。今、扉をお開けしますね。」


ラヴィがそういうと、どう見ても開閉しそうな鉄の扉の左側半分だけが左にスライドして行った。


レ「こういう仕組みって初めてだな・・、せめて全部スライドしろよって思うけどインターフォンが引っかかって壊れるのか?」


と、どうでもいいことを愚痴りながら扉の中に入った。

中に入ると、ホテルのカウンターのような受付に、ピンクの髪で、短いうさ耳をした少女が居た。目は赤く、身長は157cm、赤と黒のスーツに黒ハイヒールを履いている。


ラ「改めまして、ようこそおいでくださいました。私はラヴィと言います。このダンジョンの受付と、説明役を兼ねております。」


ラヴィは両手を前に組み、丁寧にお辞儀をした。


レ「じゃあ、さっそくで悪いけど色々と説明が欲しい。メィルからはほとんど何も知らされていないからな。」

ラ「では、ここに来てよく聞かれる、何故ダンジョンをクリアするのか、というところからご説明させていただきます。まず、こちらがパンフレットになります。」


ラヴィはカウンターに積まれている冊子を渡してくれた。冊子を受け取ると、表紙には「初心者向けダンジョン攻略」と書かれていた。


ラ「目次は飛ばしまして、1ページ目をお開きください。まず、このダンジョンははじまる様がお創りになりました。はじまる様はいわゆる創造神に当たる方で、大変忙しい方です。そして、女神は創造神様のサポートを行っております。様々な星や他次元で起きた事件を、創造神様の代わりに解決するという仕事ですね。そして、女神になるには、女神見習いが異世界から転生等で呼び寄せた人物にこのダンジョンをクリアさせることが一つの条件となっております。」


冊子1ページ目には、はじまる様の絵と女神の仕事と書いてあった。箇条書きにされた仕事の一つに、女神はあらゆる出来事を解決する。と書いてあり、あらゆる出来事の一例としてダンジョンの掃除とあった。


レ「え?ダンジョンで死んだモンスターが消えたり、遺体や装備が無くなるのって女神様が掃除してるの?」

ラ「ちなみに、私はこのダンジョンを任されている女神です。他の異世界は分かりませんが、この世界のダンジョンは、モンスターや人が死ぬと女神のパワーで死体を圧縮してコアと呼ばれる経験の球にします。なので、ドロップ品は基本的にありません。」


ラヴィは女神だったのか、これからは様を付けよう。ラヴィ様はかわいく両手でおにぎりをつくるようにぎゅっぎゅと握って見せてくれた。


レ「マジか・・。じゃあ敵を倒して装備を奪ったり、魔法のスクロールなんてのも無いのか。」


俺は異世界物でよくある、主人公が普通ドロップしないようなアイテムや魔法を得て最強になる類を夢見ていたんだが・・。


ラ「ありませんね。装備も基本的にモンスターの一部ですので残りません。スクロール自体は存在しますが、ドロップはしません。メィルからスキルをもらっていると思いますので、それで敵を倒してください。」

レ「スキルはもらっているけど、モンスターを倒さないと得られないらしいんだけど・・。」


ラヴィ様は、「ふぅっ、やっぱりメィルね。」って感じのため息をつく。


ラ「メィルは見習いの中でも最弱に近いパワーしか持っていませんからね・・。ちなみに最弱見習い女神はスキルすら付与できないので、まだマシかと思います。」


ラヴィはたんたんと説明した後で、最弱見習い女神は女神予備軍に落とされて、今はメィルが最弱だったかもしれないと思いなおしたが、あえて訂正はしなかった。


レ「最悪じゃないだけマシって納得いかないが。ちなみに、ラヴィ様が何かスキルをくれたりなんかは?」


俺は藁にもすがる思いで、両手を組みラヴィ様に祈った。


ラ「すみませんが、決まりで私は見習い女神の手伝いが出来ないことになっております。アドバイスくらいは出来るのですが。」


ラヴィ様の少し困った顔もかわいい、じゃなくて、俺はこのままじゃすぐ死ぬんじゃないか?転生した勇者が死ぬことはほぼ無いが、俺は一般人だしな・・。


レ「俺がもしダンジョンで死んだら・・?」

ラ「圧縮してコアにします。圧縮は物理的ではなく、データや魂的な感じです。もし、そのコアが壊されたら消滅します。」


ラヴィは再びぎゅっぎゅとおにぎりを作るように握って見せた。


レ「マジか・・。じゃあダンジョン攻略は諦めるんで地球に返してとかは・・?」


メィルは無理だと言ってたが、女神であるラヴィ様なら出来るかもしれないと淡い期待を寄せる。


ラ「諦めるのは自由ですが、新しい者が召喚されるだけだと思いますよ?決まりでクリア前に帰す事はできませんし。あなたがダンジョンをクリアし、メィルが女神に昇神した時に転送してもらって下さい。」


ラヴィ様は小動物をいじめるような目で、にっこりとほほ笑んでいた。こうして俺は本当にダンジョンに行くしか無くなったのであった。


他にダンジョンの説明としてHP(ヒットポイント),MP(メンタルポイント)があり、HPは0にならない限りは死なないこと。HPは1でも残っていれば普段通りに動けること。ダメージはどこの部分で受けても一緒で欠損ダメージは受けないが、普段から生え変わる部分は対象外とのこと。爪、髪は切れるがダメージは受けない。歯は生え変わらないからダメージを受ける。


階層最奥にはエレベーターがあり、ボタンを押すと階層クリアとして記録され、クリアした階層まで自由に使えるようになること。10階にボスが居るので倒したら全クリアになる事等教えてもらった。ちなみに、ダンジョンと言いつつ普通のビルにしか見えない。俺はラヴィ様に連れられて、ダンジョンの入口に着いた。


レ「よし、行くか。と言っても何も準備するものも無いが・・。」


念のため、念入りにストレッチをして会議室の扉のようなものを開けて1階層へ踏み込んだ。


1階層はゴブリンだけが出る層だと聞いている。それも、メイジやヒーラー、ファイターやジェネラル、キング等の強い個体は出ず、RPGで例えれば、最初の村の外に出るような雑魚ゴブリンだけである。また、同名のモンスターに個体差は無く、同一のステータスなので強さの差は無い。


レ「ゴブリンって小鬼だよな?勇者のレベルが1でも1~2回の攻撃で倒すようなやつか。」


1階層は学校の廊下を組み合わせて作った迷路のような形だった。窓はなし、コンクリっぽい壁と天井、通路としては幅4~5mあってそれなりに動くには不都合が無さそうだ。直線は10m~20m程しかなく、遠距離まで見通すことは出来ない。


天井には蛍光灯が点いており十分明るい。俺はカバンを抱きしめながら最初の角を曲がると、一匹のゴブリンが居た。緑色の体に尖った耳、鋭い爪に爬虫類のような目。大きさは140cm程度だろうが、口は耳くらいまで裂けており、並んだ歯も尖っていて噛まれたらただじゃ済まないだろう。俺はそっと入口まで引き返した。


うん、無理。入口の扉を開けると、ラヴィ様が待機していた。


レ「ラヴィちゃん、あれ無理だよ無理~、バンピーな俺は一瞬で死ぬってYO~。」


チャラ男のノリでポーズをとりつつ、ラヴィに文句を言った。スキルも武器もなしで倒すなんて絶対無理。喧嘩すらしたことないし武道の経験もない、授業で柔道をちょろっとやったくらいだ。


ラ「無理でもやるしかないですよ?」


ラヴィ様は扉の横にあるホワイトボードをタッチすると、ゴブリンのステータスを見せてくれた。


これだけ見ると勝てそうだが・・。普通のRPGならちょっといい武器でもあれば一発で倒せそうだ。


ラ「ちなみに、ホワイトボードの右側のボタンを押すと自分のステータスが見られます。」


そう言ってラヴィは右側のボタンを押すと、ホワイトボートにステータスが表示される。


ラ「ちなみに、スキル数が100を超えると表示されませんのであしからず。」


俺はぱっと見で分からなかったので、桁数を数えると攻撃力が億だった。


レ「ラヴィ様強っ、めちゃくちゃ強いんだけど!」


さっきのゴブリンのステータスから比べると明らかにゲームが違うくらいの差だ。ドラクエに某戦闘民族が参加したような感じだ。


ラ「女神ですから。ちなみにメィルは私の百万分の1くらいの強さです。」


俺は頭の中でラヴィ様のステータスから0を削っていく。


レ「えっ、百万分の1とか弱いな・・と思ったけど、あの見た目でも攻撃力300もあんのか・・。それでも最弱に近いとか女神怖い。」

ラ「別にあなたに危害は加えたりはしませんよ。自身のステータスも一応確認してはいかがですか?」


そう言われて俺もホワイトボードのボタンにタッチした。


・・・弱い。わかっているつもりだったけど予想以上に弱い。単純にゴブリンにダメージすら与えられないんじゃないかこれ。


ちなみにダメージ計算は(攻撃力-防御力)でクリティカルは(攻撃力-防御力)×1.2+攻撃力分貫通らしい。


つまり俺は普通に殴ってもゴブリンにダメージを与えられない上にクリティカルでも3ダメージで、クリティカル5回与えてやっと倒せるくらい。素早さは単純に移動速度や回避速度だから、これが高ければクリティカルは与えやすいが、低ステータスでは誤差の範囲だ。オリンピック選手と素人なら差はあるが、俺とゴブリンなら運動会の1位とビリくらいの差か?


レ「ラヴィ様、何か、何かアドバイスを下さい!お願いします!」


俺は土下座して頼んだ。恥かくくらい、死ぬよりはマシだ。


ラ「仕方ないですね。せっかく時間をかけて説明までしたのに初戦闘で死なれては時間の無駄になるので、弱点くらい教えてあげましょう。」


ラヴィ様は「ふぅ」とため息をついた後、説明してくれた。モンスターには、いや、人間にもだけど必ず急所となる場所がある。そこを突けば必ずクリティカルが出るそうだ。ゴブリンの急所は目、首、鳩尾、股間。普通に人間とほぼ同じ見た目の敵は人間と同じ急所を持つそうだ。


また、不意打ち等の相手が接近に気づいていない時の攻撃もクリティカルの判定になるらしい。ついでに、ゴブリンは全部オスしかいないそうだ。アドバイスは以上とのことで再度1階層へ。


さっきゴブリンに遭遇した曲がり角へ着いたので、そーっと覗くと、さっきのゴブリンは寝ているようだ。壁にもたれかかってだらしなく腹をだして寝ている。服は腰布っぽい茶色の布だけだから急所はすべて狙える。


レ「よし、今なら殺れるかもしれん。」


静かに近づき、カバン(攻撃力1)の角を目に突き刺す。クリティカル発生、4ダメージ。


レ「よっしゃー!これで片目潰した・・ぞ?」

ゴ「グギャーー!」


ゴブリンが起き、怒りを露わに叫び、にらみつけてくる。両目で。そう、ダメージはHPから減るが欠損はない。つまり・・。


レ「目つぶしも効かないってことだーー。」


俺はダッシュで逃げた。素早さは俺のほうが上なので、ゴブリンには追い付かれない。しかし、入口方面じゃないほうへ向かって逃げてしまったようだ。右へ左へ逃げるうちに、マッピングすらしてない俺は当然迷った。


途中何匹もゴブリンに会ったがそのたびに逃げた。不思議と疲れはしていない。欠損ダメージが無いのと同様にスタミナも減らないのか?好都合とばかりにさらに逃げ続けると、地球では見慣れた非常階段のマークが見えた。


後ろを見ると数匹のゴブリンがまだ追いかけてきている。


レ「助かった!一旦あそこに隠れよう!」


俺は非常階段の扉を開けると、その中に滑り込んだ。それと同時に扉にドカンとぶつかる音がしてガチャリと鍵の閉まる音がした。


レ「は・・?閉じ込められた!?」


俺は焦って扉を開けようとノブを回したが、やはり鍵が閉まったらしく開けられなかった。鍵は向こう側にしか無いらしくこちらからは開けられない。まあ、開けたら開けたでゴブリンに殺されそうだが。


幸い、ゴブリンも鍵の開け方を知らないのか、扉をたたくばかりで開ける様子はない。仕方なく辺りを見回してみると、2階への階段はあったが、外に出る扉や下への階段は無かった。


レ「ゴブリンにすら勝てないのに2階か・・。2階で運よくエレベーターが見つかればいいが。」


エレベーターは触れるだけで使えるようになるため、1回も戦闘しなくても良いはずだ。俺は恐る恐る2階へ上り、2階の非常階段の扉を少し開き、扉近くに敵が居ないか確認する。


2階は1階と違いまるでナメクジが這ったようにぬるぬるだった。床も壁も天井も。俺は適当に進路を右に取ると、こそこそと進んでいった。100mほど進んだくらいだろうか、2~3回角を曲がったあたりの先で女性の悲鳴が聞こえた。


ヤ「きゃぁぁー。来ないで!」


俺に言っているんじゃないよな?と思いながら、急いで悲鳴が聞こえたほうへ向かった。角からそっと見てみると、忍者みたいな恰好をしたかわいい女の子がスライムに襲われているところだった。すべって転んだのだろうか、体中がぬるぬるの粘液まみれでうまく立てないようだった。


ヤ「こうなったら最後の手段!えいっ!」


彼女はそう叫ぶと、胸元から手裏剣(攻撃力1)を出すとスライムに向かって投げた。手裏剣は、スライムの表面でブニョンとはじかれて落ちた。スライムに0ダメージ。


ヤ「そ、そんな・・。最終兵器が・・。」


彼女の最終兵器らしい手裏剣も、スライムには効かなかったようだ。スライムが攻撃しようとしているのを見て、俺はカバンを漁り、たまたまあったある物を握ると角から飛び出した。


レ「これでも食らえ!」


俺は食べられませんと書いてある乾燥剤を開け、中からシリカゲルを取り出した。1mくらいあるスライムに大さじ1杯程度のシリカゲルが効くのかわからないが、目くらましくらいになればいいやと思ってかけた。スライムに0ダメージ。状態異常:脱水になりました。


すると、シリカゲルがかかった部分の表面が泡立ち始め、体積が減っていくとともにのたうちまわっていたスライムがコアになった。スライムのコアは水色で、ビー玉みたいな大きさだった。


※スキル:未確定がスキル:分裂になりました。


俺は初めて倒したモンスター、スライムの能力を得たらしい。一応、スライムのコアを拾い、彼女の手を引っ張って起こした。


ヤ「ありがとうございます。危うく死ぬところでした・・。」


彼女は、自分を両手で抱くようにして震える。


レ「他に敵が居るかもしれない。一旦ここを離れようか。」


彼女は慌てて左右を確認し、首を縦にぶんぶんと振った。他にスライムが居ないことを確認しながら、俺たちは非常階段まで戻り自己の状況を話し合った。扉を開け、一応扉を背もたれにして急に開かないようにして座った。


まあ、スライムがドアノブを開けられるとは思わないが、ちょっとした隙間から入ってこないとも限らない。彼女は少し離れた位置に座ると、ぬるぬるの体を拭いた後、自己紹介を始めた。


ヤ「私の名前は形無 弥生(かたなし やよい)って言います。弥生と呼んでください!年齢は22歳で、忍者村で働いていたんですけど、たまたま今日、出張で東京に来たときに電車事故に遭ったみたいで・・。気づいたら、メィルとおっしゃられる女神様が目の前に居ました!」


彼女は大分さっきのショックから立ち直ったのか、明るく話してくれた。


レ「俺の名前は源零(みなもと れい)。年は今年30歳で普通のサラリーマンだ。東京駅でいつの間にか電車事故に遭って死んだみたいで、気づいたら同じくメィルの前に居た。」

メ「私が事故った2人を千里眼で見つけ、死体を転移させ蘇生しました!」


いつの間にか、隣にメィルが右手をピンと上げながら正座で座って居た。


レ「びっくりした!なんで急に現れてるんだよ。」

メ「そろそろ様子を見ようかと。暇だったので。」


メィルは悪びれることなく言い放った。


レ「理由が暇だからか・・。丁度いい、聞きたいことがある。」


俺はメィルに詰め寄ると、びしっと人差し指で指す。


メ「そうですね、丁度スキルも得たことですし?」


メィルは指さされても気にすることなく、まぁそうですよねっていう顔をしている。


レ「その前に、事故った2人って言ったよな?俺が生き返ったときは一人だったんだけど。」

メ「千里眼、転移、蘇生にMPが必要なので、MPが足りなくて時間差となりました。ちなみに、彼女が線路から落ちる時にあなたのコートを掴んだので、一緒に轢かれて死にました!」


メィルは弥生を両手で指さしたあと、その指を俺に向けて「バキューン」と言った。


ヤ「わ、私が源さんの死んだ原因ですか・・。すみません!たぶん、ぼーっとしてて足を踏み外し、近くにいた源さんを掴んだのだと思います。私、昔からドジっ子とか、ぼーっとしてるとか言われるので・・。痛い思いをしませんでしたか?」


弥生が怒られてしゅんとした猫の様な顔で、俺のほうを目をうるうるさせながら見てきた。


メ「大丈夫です!源さんは1分ほど時間を戻していますので死んだ時の痛みや記憶は無いはずです!」


俺が返事をする前に、メィルが答えた。


レ「どおりで俺に死んだ記憶が無いわけだ・・、1分程幽体離脱みたいな感じだったが。」


今となってはあれが現実だったのか、夢だったのかも分からない。正直、電車にぶつかる寸前で転移させましたと言われても分からなかっただろう。


メ「じゃあ、そろそろスキルの話をしましょうか。」


メィルは「事故の話はこれくらいでいいでしょ?」と言わんばかりに話を切り替えた。


レ「あっさり流すな!?まあ、積もる話は後にして、スキルの話を聞こうか。早くダンジョンから出たいし。」


他に気になる話もあるが、異世界ものといえばやっぱりスキルが気になるところでもある。


メ「では、話しますね。まず、基本的な話ですが、スキルの使用にはMPが必要です!これはお二人とも持っていますので大丈夫です。そして、これが彼女のステータスです。」


メィルは空中に手を突っ込むとホワイトボードを取り出した。ダンジョンの入口にあったやつか。


弥生のステータスは俺とほとんど変わらないようだ、ただ、一点気になるところが。


レ「え?もうスキル持ってるの?俺の時はスキル無かったのに。」


俺は男女差別か?同性優遇か?とメィルの方をにらんだ。


ヤ「いえ、私もスキルは持っていませんでしたが、ゴブリンから逃げてるうちに非常階段を見つけたので、そこから2階に昇り、しばらく歩くと急にスキルを得ました。使い方が分からないのでまだ使ったことはありませんが。」


弥生は「何でスキルを得たんでしょうね?」と、ほっぺたに人差し指を当てながらかわいく首を傾げていた。頭の上にクエスチョンマークが見えるようだ。


メ「それはですね、ドッペルスライムというレアスライムを踏み潰したからです!そして、ドッペルスライムのステータスがこちらです。」


メィルがホワイトボードをタッチし、画面をスライドさせると弥生のステータスからドッペルスライムのステータスに表示が変わった。


メ「変化したらそれなりに強いスライムですが、変化前に潰したので倒せたようですね!」


メィルは、ちなみに大きさはこれくらいですと、両手の人差し指で5cmくらいの隙間を作った。


レ「それで、手に入れたスキルの説明をお願いしたいんだけど?」


俺は腕を組むとあぐらで座りなおした。


メ「では、説明します。源さんと形無さんのスキル効果は、分裂は本体が分裂できます!変化は物体を変化できます!」


メィルは分裂のあたりで俺を、変化のあたりで弥生を指さした。


レ「雑すぎるわ!もっと細かい説明プリーズ。」


メィルが「仕方ないですね」とホワイトボード体の前に持ってきて、画面をスライドさせると、スキルの説明が出てきた。便利すぎるだろホワイトボード。


分裂:体積、密度に応じてMP(メンタルポイント)を使用し、分裂体を作る。一度作るとある程度のダメージを受けるまで存在し、一定のダメージを受けると形態を保てなくなって消える。分裂体も知識や経験を得ることができ、死亡時にはコアとなる。コアをもとにすれば分裂体の再現も可能。再現された分裂体内にはコアがそのまま残り、コアを破壊されると消滅し、経験もなくなる。小さすぎる分裂体は作れない。本体の知識を共有可能で、知識量の設定も可能。知識を全部与えれば、自分と同じように判断し行動するが、知識を全く与えないと設定すると本能すらなく動かない。コアを作るほどの経験を得ていない場合(経験が新規に無い場合)はコアが残らない。形態が保てなくなる前ならダメージは徐々に回復し、再生していく。


変化:MP(メンタルポイント)を使って物質を変化させることができる。変化させるには触れる必要がある。変化は本人がある程度知っているものではないとだめなので、複雑な機構や知らないものは作れない。ただし、ある程度見たことがあるもの、効果を知っているものなら似たような性能のものを作れる。(炎、氷、鉄など)。変化後一定のダメージを受けると再度変化はさせられなくなる。元に戻すことは可能。変化後に欠けたりして体積が減ると戻した場合、その分減っている。


レ「つまり、俺は自分の分身を作って戦うことになり、弥生は武器を作ったりして戦うということか?」

メ「簡単に言うとそうですね!それでは、スキルの説明も終わりましたので休憩に入ります!さらば!」


メィルはそういうと、なんちゃって敬礼をした後、転移を使って元の場所に帰ったようだ。


レ「ちょっ!?止める間もなく帰りやがった・・。スキルの説明以外も聞きたいことが山ほどあるのに。」


とりあえず、一旦ダンジョンから出るためにもスキルの訓練をしてから1階の入口に戻ろうと思う。


レ「とりあえず、自分の分身を作るイメージで・・分裂!」


俺は立ち上がると、某漫画の忍者をまねて、印は適当に組んでスキルを使用するイメージをする。すると、俺の体の輪郭がぶよっとして俺と瓜二つの分身が目の前に作れた。ただし、全裸で。


ヤ「きゃーー、源さんのエッチ!変態!」


弥生は、某猫型ロボットの源さんがお風呂を眼鏡の子に見られた時と同じようなリアクションで、いつの間にか握っていたクナイで分身を刺した。ダメージ2。刺された分身はあっさりと消滅した。この分身のHPは2以下で防御力は1か・・。あのクナイ、プラスチックの偽物っぽいし武器攻撃力を1として計算してだが。


レ「ご、ごめん。まさかこんな結果になるとは・・。」

ヤ「い、いえ。びっくりしただけです。そういえば、スライムってよく考えたら服なんて着ていませんよね・・。」


仮にスライムに服を着せたとして、その状態で分裂したらどうなるかは分からないが、おそらく今と同じ状況になるだろう。今度は、きちんと服を着たイメージで自分の分身を作ってみるか。


レ「今度は、スーツを着た姿の俺をイメージしながら・・分裂!」


しかし、スキルに慣れていないせいか、今度の分身も全裸だった。


ヤ「も、もう!わざとですか!そんなに裸を見せたいんですか!」


今回弥生は、いきなりクナイで刺すことなく、赤くなりながら後ろを向いた。うん、MP使うしもったいないからできれば攻撃しないでほしい。


レ「ごめん、わざとじゃないんだけど。一応スキルの確認をするからしばらく後ろを向いていてくれるかい?」


俺は一応分身を後ろに隠し、後ろを向いたままの弥生にそのままでいるようにお願いした。そして、分身の方を向き、確認する。


レ「見た目は俺と同じだが、動かないな・・。イメージが足りないのかMPが足りないのか、中身もスカスカっぽくて触れると風船みたいだ。」


今回使ったMPは1。1だから密度が無くてスカスカなのかな?もう少し試してみよう。今度はMP量を増やし、10分の1フィギュアを想像しながら右の掌の上に現れるイメージをした。


レ「10分の1の俺、分裂!」


すると、今度は掌の上にぶよぶよとした物体が、プラスチック並みの強度を持った人形の様になった。MPを込めてやれば密度が上がり固くなる事が分かった。


レ「やった!弥生、固くなったぞ!」

俺はフィギュアっぽい俺を握りしめて弥生の方へ向けた。呼ばれた弥生は、振り向いた。


ヤ「固くって・・、キャー!どこを固くしたんですか!変態!」


弥生は俺の後ろの分身を見たようで、クナイを投げて破壊した。クリティカル発生、6ダメージ。うん・・どこかの急所に当たったようだ、どこかは分からないけど・・。それにしても投げるのうまいな・・。


レ「ち、ちがう、このフィギュアだよ。」


俺は一応人形の下半身を掴んで上半身しか見えないようにして弥生に見せた。弥生は顔を赤くしながら俺の右手の方を見た。そして、人形の頭をつんつんしている。


ヤ「あ、こっちでしたか。確かに固いですね、プラスチック人形みたいですね。」


かわいい女の子が自分そっくりの人形をつんつんしているのを見て、俺もちょっと照れた。


レ「じゃあ、今度は弥生のスキルを試してみようか?確か変化だったよね?」


俺は人形をコートのポケットにしまうと、そう言った。


ヤ「触れたものを変化させる・・。うーん?」


弥生はイメージが浮かばないのか、腕を組んで首をひねっている。


レ「じゃあ、羽を作ってみるとかは?メィルみたいに背中に羽がある!ってイメージするとかどう?」


俺はメィルをみた後だからか、ふと、そういう発想が思いついた。


ヤ「分かりました、やってみます!背中に羽~背中に羽~変化!」


弥生は、目をつぶり集中力を高めながら、胸に手を置いて変化と唱えた。すると、弥生の背中には天使の様な真っ白い羽が生えた。


ヤ「できました!羽と言ったらやっぱり天使ですよね!」


弥生は首を回し、自分の背中に羽が生えていることを確認した。うん、両手を胸の前でグーで握っているから今のところ大丈夫だけど。俺はゆっくりと後ろを向いた。Dくらいか?


レ「喜んでいるところ悪いんだけど、ちょっと服の方を確認してもらえるかな?」


弥生は後ろを向いた俺を見て首を傾げ、不思議そうに自分の服を見る。


ヤ「服ですか?・・て、キャー!わざとですね!やっぱりわざとこうなるように誘導したんですね!」


弥生の服は、羽になった体積分が減っていて、上半身裸になっていた。弥生は胸をガードしながら後ろを向き、「戻れー、戻れー」と唱えた結果、元の服に戻った。


ヤ「はぁ、はぁ、一応確認しますけど、本当にわざとでは無いんですよね?」


俺はいつの間にか壁際に追い詰められ、クナイを握った弥生に詰め寄られていた。


レ「本当の本当にわざとじゃないよ!ごめん!だから、クナイでは刺さないで!」


俺のHPは3、クリティカルを受けたら死ぬ!


ヤ「わ、分かりました。今回までは信じます。次やったら、刺しますよ?」


弥生はにっこりと両手でクナイと持つと素振りする。俺は冷や汗をかきながら、ぶんぶんと首を縦に振る。しばらく息を整えて、再度冷静にスキルについて話し合う。


レ「俺の分裂はMP使用量によって大きさや固さを変えられるようだ。知識の譲渡はまだできないけど、後々慣れたら出来ると思う。そして、弥生のスキルは変化させる体積分の物質が要るようだな?」

ヤ「そうですね、あの時胸に手を当てていたから、羽に必要な分だけ服が変化してしまったようです。ふふっ、思い出したらいろんなイメージが・・。」


弥生は、さっきの恥ずかしい姿を思い出したのか、偽クナイを左手でなぞると、本物の包丁に変えていた。再び包丁をなぞると、今度はアイスピックになった。元の偽クナイに戻すと、にっこりと俺の方を見た。


レ「それは、うん、ごめんなさい・・。さ、さて、これを踏まえてここから帰る手段を検討しようか。」


俺の特技はMPで分裂体を作り出す、弥生はMPで物体を変化させる・・。制限がどの程度あるか分からないが、とりあえず試してみるか。俺はコートのポケットからさっきの人形をちゃんと下半身を握った状態で取り出すと弥生に見せる。


レ「もしかして、この人形を変化させられないか?」


俺はさっきプラスチックっぽいクナイを包丁に変えているのを見て、同じくプラスチックっぽい人形になった俺の分裂体も変化させられるんじゃないかと考えた。


ヤ「この人形をですか?生物って変化させられるんですかね?」


分裂体が生物かどうかはわからないが、弥生が半信半疑で触れた人形はみるみる小さくなり、金属っぽい水色の鍵になった。


ヤ「そこのドアノブを見てたら鍵のイメージが浮かんだので・・。」


俺はとりあえず鍵になった分裂体をドアノブに差し込もうとするが、さすがに適当に作っただけの鍵が合うわけがなかった。でも、それでいいならと思い1階の扉の前に移動した。MPが全快になるまで休み、MP全てを使うイメージで「分裂!」と唱えると、分裂体を右手から生み出す。イメージに慣れてきたのか、金属並みに固い10㎤の塊として生み出すことに成功した。


レ「弥生、これを武器に変化させてくれないか?短刀か柳刃包丁みたいなイメージで。」


俺は塊を弥生に渡した。感覚的に鉄の塊っぽい感じがするから、それなりの武器になるだろう。


ヤ「分かりました!じゃあ、短刀に変化!」


弥生が変化を使って作った短刀は、水色の短刀になった。とりあえず、スライムの分裂を使った短刀、略してスラタンとでも呼ぼうか。こうして、護身用の武器、スラタン(攻撃力10)を手に入れた。そして、さっきの鍵に変化させたやつを鞘に変化させてもらった。抜き身は危ないしな。


レ「それと、これはどうやって使うんだろうな?」


俺はポケットからスライムのコアを取り出して、てのひらで転がした。


ヤ「飴玉ですか?丁度おなかが空きました、頂いてもいいですか?」

レ「あっ」


俺が返事をする前に、ひょいとスライムのコアをつまむと、弥生は口に放り込んだ。


レ「ちょ、吐き出せ!」


俺は慌てて弥生を怒鳴ると、弥生はびっくりしたのか、スライムのコアをごっくんと飲み込んだ。


ヤ「ごほ、ごほっ!びっくりして飲んじゃったじゃないですか!飴玉一つくらい、いいじゃないですか!それにしても、何の味もしませんでしたが、何味の飴ですか?」


弥生は胃に違和感を覚えるのか、胸をトントンと叩いている。


レ「それは飴じゃなくてスライムのコアだ!女神様がスライムのデータを圧縮した物だ。どんな効果があるかも分からないのに・・。」


俺はあえて死体とは言わないようにした。俺がそう言われたなら、即吐き戻すからだ。そんな汚い事になりたくはない。


ヤ「えーっ、そうだったんですか!でも、特段変わった様子は無いですが・・。あ、なんかステータスを上げられるみたいです!」


弥生はそう言うと、俺には見えないステータス画面を見ているようだ。スライムのコアを消化して経験を得たとかか?


ヤ「えっと、ステータスが5、割り振れるようです。HPに1振るとHPが10、MPには振れなくて、攻撃力、防御力、魔力、素早さは1振ると1上がるみたいですね。」


弥生は、ステータスのプラスマークとマイナスマークを押してステータスの変化を見てみた。


レ「とりあえず、即死が怖いし、逃げるが勝ちってときもあるだろうから、HPか防御力、素早さ辺りに振ったらどうだ?まだ魔法も無いし。」

ヤ「そうですね、今のHPだと怖いので、HPに2、防御力に1、素早さに2振ります!」


弥生はステータスを割り振ると、決定ボタンみたいなところを押してステータスを確定した。確定するときに見たステータスを、偽クナイで壁にがりがりと書いてもらった。


何気にMPも5増えていた。MPにはステータスを振れないと言っていたから、他に理由があるのだろう。まあ、後々わかるか。あとは、どうやってここから出るかだが。少しMPも回復したようで、鍵穴に指先からMP2くらい使って分裂体を突っ込ん

でみる。


レ「弥生、この分裂体をそのまま固める事はできるか?」


弥生は鍵穴から少し溢れている分裂体に触れると、「変化!」と唱えた。弥生が指を離すと、分裂体は金色の鍵になっていた。


レ「よし、このまま回してと。」


いいなこのコンボ、俺が材料を出して弥生が製造する感じで。ガチャリと鍵が開き、非常階段の扉を開いて俺達は再び1階へ足を踏み入れたのだった。


レ「あれ?ここって最初の受付の場所だよな?」

俺は確か、1階の非常用扉を開けて・・。その後の記憶が無いぞ?

ヤ「気が付きました!?よかったです~、消滅しなくてよかったですね!」


弥生は、俺の両手を握ると、ぶんぶんと上下に振って喜びを表していた。


レ「え?消滅って?どうなったか教えてくれないか?」

ヤ「あ、その前に、ふ、服を着てください!」


俺は起き上がったときに体の上に掛けられていたコートがずり落ちて半裸になっていた。スーツや下着などはひとまとめにして近くに置いてあったので、慌てて服を着た後、弥生から詳しい話を聞いた。


非常階段を開けてすぐ前にゴブリンが待ち構えていて、振り下ろされた爪が頭にクリティカルヒットして即死し、コアになって残ったこと。弥生はなんとかゴブリンを倒し、なんやかんやで入口まで戻ってきてコアをラヴィ様に渡して蘇生してもらったという事だった。


ラ「よかったですね。もし、コアが破損していたら蘇生できませんでしたよ?」


ラヴィ様がぎゅっぎゅとおにぎりポーズを取りながら怖いことを言う。


レ「そうか、助かったよ弥生、ラヴィ様。ありがとう。怪我はないか?」

ヤ「はい!反射的に落ちていた短刀(スラタン)をゴブリンの喉に刺したら一発で倒せました!その後、源さんのコアや服等を拾って、ゴブリンを倒しながら戻ってきました。あっ、あとはこれをどうぞ!」


そう言うと、弥生はポケットからゴブリンのコアを10個ほど俺にくれた。


レ「こんなにもらっていいのか?弥生ががんばったんだから、弥生が使えばいいよ。」

ヤ「大丈夫ですよ、ここに来るまでに数十個食べましたから!途中で食べ飽きたので、残ったのがそれだけです。」


弥生のステータスを見せてもらうと、結構強くなっていた。そして、投擲スキルというスキルも増えていた。


これだけ強ければ、クリティカルさえなければゴブリンからダメージを受けることもなさそうだ。ありがたく俺もゴブリンのコアを使わせてもらおう。


レ「これ、どうやって使うんだ?弥生みたいに飲み込めばいいのか?」


弥生は確か、スライムのコアを飲み込んで強くなったはずだ。


ラ「コアを砕くか、体内に取り込めば使用したことになりますよ。固さは飴くらいなので、噛み砕くか、武器で叩き割ればいいと思います。ある程度強くなれば、指先で潰し割ったりできますよ?」


ラヴィは右手の親指と人差し指でぷちっと潰すように見せた。落としたくらいじゃ割れないっていうのは一安心か?さっそく俺はコア使いたいが、食いたくはないので、弥生からスラタンを返して貰うと、叩き割っていった。


ほどほどMPも増えたし、これだけ防御力があればゴブリン相手に死ぬことも無いだろう。あとは、地道にゴブリン狩りでもして強くなるか。


ラ「あ、ちなみに今回の女神の試験は特別ルールが適用されるようです。いつもより経験値が多くもらえる代わりに、1か月以内にクリアしないと消滅します。」

レ「急だな!?俺の心読んでない?」

ラ「女神ですので。それに、ここを攻略しているのはあなた方だけではないので。」


俺たちだけじゃないのか。もしかして、最初にクリアした見習い女神だけが昇神する感じか?メィルが女神にならなくても別にいいけど、消滅は嫌だな。1か月で10階か・・。1階あたり3日しかないじゃん!?


ラ「あと、階層が上がるごとに格段に強くなりますのでお気を付けください。」


うん、やっぱり心読まれているな。急がなければならないけど、腹が減ったな・・。


ラ「こちらに食堂がありますよ?お金は要りませんので、階層クリア時にでもエレベーターで戻ってきて食事をする事をお勧めします。」

ヤ「やった!無料ですか!走り回ってお腹が空いていたので助かります!」


弥生はダッシュで食堂に向かった。食堂に着くと、カウンターの前に券売機があり、好きなものを押せば注文されるようだ。弥生はハンバーグ定食、俺はカレーを注文した。食堂に来たら何故かカレーが食いたくなるんだよなぁ。しばらくすると、カウンターに料理が運ばれてきた。


は「へい、おまちどう!温かいうちに沢山食べな!」


料理を持ってきたのは、つるつるの頭に、いかつい目で瞳が黒、身長180cmくらいだろうか?むきむきまっちょで、背中には翼が12枚、鼻の下にはくるりんとした髭、上半身裸で和服を着崩したような恰好にエプロンというおかしな格好をした男神だった。どっかで見たことあるような・・パンフレットか・・?


レ「って、はじまる様じゃないですか!?なんで食堂に?」

は「今はわしが料理長じゃ!ラヴィは料理が出来ないのでな。ただし、わしも忙しいから1か月間だけの臨時じゃがな。」


もしかして、1か月の期限が決まったのってこれが理由じゃないのか?ラヴィ様が料理したくないとか、ラヴィ様の料理食ったら死ぬとか?とりあえず、弥生と一緒に料理を受け取ると、テーブルに着いた。


うん、見た目は普通のカレーだな。弥生のハンバーグ定食は、大きいハンバーグにコーンやサラダ、みそ汁に漬物までついていて結構豪華だ。セルフの水を汲んできていただきます。結構うまい。家庭の味よりもお店の味って感じだ。


ヤ「おいしいですね、源さん!今度来たときは焼き魚定食を食べたいです!」

レ「日本基準の食堂は助かるな。そのうち、他の異世界人に会うことがあるかもしれないな。」

ヤ「じーっ。源さんのカレーもおいしそうですね!一口もらっていいですか?」


弥生は、答える前にいつの間にか握っていたスプーンで勝手にすくうと、ぱくっと食べた。こういうやりとりは年の離れた妹を思い出すな・・。


レ「はしたないことをするんじゃない。また今度食べればいいじゃないか。」

ヤ「だって、人の食べているものっておいしそうに見えませんか?」


それには同意するが、やれやれと残りのカレーを食べた。


レ・ヤ「ごちそうさまでした。」

は「おう、がんばるんじゃぞ!」


俺たちは、はじまる様に食べ終わった食器を返すと、食堂を出た。再びダンジョンの1階に来た。スラタンを構えながら、ゆっくりと廊下を歩き、角からそっと覗くと、ゴブリンが居た。


レ「弥生、今回は俺にやらせてくれ。弥生はすでに一人で倒しているが、俺はまだまともな戦闘をしていないからな。」

ヤ「わかりました。何かあったら私も手伝いますね、手裏剣の投擲で。」


弥生は、しゅっしゅっと手裏剣を飛ばす真似をしたので、俺は分裂で2㎤の固い塊を3個作ると、これで手裏剣を作ってくれと弥生に渡した。弥生の手裏剣ってスライムにあっさりはじかれていたプラスチックっぽい奴だろうからな。スラ手裏剣攻撃力5


レ「ゴブリン!こっちだ、かかってこい。」

ゴ「ぐぎゃーー!」


ゴブリンは右手を上げ、俺の方に突っ込んできた。俺は上がった素早さのステータスを生かして、振り下ろされた爪を回避すると、背後に回り込んでスラタンで背中を刺した。初めて攻撃するけど、血が出ないせいか、忌避感はあまりなかった。まるで、丸太にナイフを突き立てた様な感じだ。ゴブリンに10ダメージ。ゴブリンのHPは確か15だから、残り5か。


ゴ「ぐげっげげ!」


ゴブリンは振り向きざまに右手を振りぬくと、俺の肘に爪がかすった。ゴブリンの攻撃力は10、俺の防御力も10。ダメージは0だ。


レ「よし、痛くないぞ!これで止めだ!」


俺はスラタンで上から振り下ろすと、ゴブリンは左腕でガードした。まあ、ガードしてもしなくても急所じゃない限りダメージ一緒なんだけどな。ゴブリンに10ダメージを与えると、ゴブリンはコアになった。よし、俺でも十分倒せるようになったぞ!ゴブリンのコアを拾うと、意気揚々と進んでいくのだった。


十数回の戦闘を弥生と一緒にこなすと、前回見つけた非常階段の扉の所についた。今回は非常階段に入る必要は無いだろう。弥生に作ってもらったメモ帳と鉛筆で、マップに書き込んだ。変化って便利すぎる。ゴブリンのコアを弥生と半分に分けた。弥生は飴をがりがり噛む感じで食べて割り、俺はスラタンで叩き割ると、ステータスが上がったので割り振った。


魔法を覚えてないから魔力へは全くステータスを振っていないけど、将来を見越してそろそろ振るべきだろうか?俺は敵が居ないことを確認し、マッピングを続けながら歩いていくと、床に少し色の変わった部分があった。


レ「なんだこれ?汚れか?」


俺は何の気なしに少し赤い部分に靴でつついてみた。


メ「おぉ、死んでしまうとは情けない!」


メィルは、目をつぶり、首を左右に振りながら言ってきた。


レ「うわっ、びっくりした!急に出てきてどうしたんだ?」

ヤ「源さん!よかったですぅ!今度こそダメかと思いました!」

レ「今度こそって、また何かあったのか!」


俺は弥生の方に向かおうと起き上がろうとした。


ヤ「あの、その前に、また、服を着てください!」


俺はいそいそとまた服を着なおすと、弥生からさっき起きた状況を確認した。


ヤ「源さんが少し赤い床を踏んだ時、天井から火の玉が降ってきて、一瞬で燃え尽きました!ダメージは99だったと思います。コアまで無くなったかと思ったけど、残っててよかったです。」

メ「ふむふむ、それはファイアーボールの罠(100ダメージ)だよお兄ちゃん!基本的に魔法ダメージは、相手の魔力から自分の魔力を引いた分ダメージを受けちゃうよ。気を付けてね!」


魔力には魔法防御の意味もあったのか。そういや、防御力はあるのに魔法防御は無かったな。あと、物理的に燃えるわけじゃなくて、ダメージエフェクトとして燃えるだけで服とか装備が燃えた様子は無いのは助かる。服が燃えて、ずっと全裸になるのはごめんだ。


メ「あ、あとは魔法やアイテムは購買で買えるよ?」

レ「そういう大事な事は最初に伝えてくれ・・。弥生、とりあえず見に行ってみるか?」

ヤ「そうですね、何の対策もなしにまた燃えても困りますしね!」


弥生に痛いところを突かれて苦笑いしながら、メィルに着いていった。


レ「ところで、なんでメィルが居るんだ?」

メ「ラヴィ様は、17時になったので帰っちゃいました。ラヴィ様は朝8時から夕方5時までの勤務時間なので。あ、私もある程度出来るから大丈夫だよ、お兄ちゃん!」

レ「残業なしのホワイト企業か!今日はもう疲れたから休みたい。購買を見終わったら休める場所に案内してくれ・・。あるよな?休める場所。」

メ「わかったよ!お兄ちゃん!」


メィルと雑談しながら購買に着いた。学校の購買部みたいな感じだけど、売っているものはアイテムばかりだ。攻撃力の腕輪、素早さの腕輪、回復剤、中級回復剤、火の魔法書、水の魔法書、ファイアーの巻物などなど。


レ「火の魔法書とファイアーの巻物は違うのか?」

メ「魔法書は、その属性の魔法スキルを得る物だけど、巻物は誰が使っても固定のダメージを与える物だよ!固定と言っても相手の魔力分ダメージが減るけど。」

レ「ところで、どうやって買うんだ?」

メ「コアを貨幣代わりに使って買い物するんだよ!そこの天秤の左側にアイテムを、右側にコアを置いて釣り合ったら売買成立だよ!」


メィルがカウンターを指さすと、そこには天秤があった。


ヤ「丁度使用していないゴブリンのコアがいくつかあるので何か買っていきましょう!」


弥生は、非常階段付近からここに戻ってくる間に倒したゴブリンのコアを使用せずにそのまま持ち帰ってきたようだ。多分、即死した俺のステータスを上げてHPを増加させる予定だったんだろうけど、今まで出すのを忘れていたんだろうな。


見た感じ、20個くらいあるみたいだ。それで何が買えるかな?魔法に興味があったから、火魔法の書を乗せ、反対にゴブリンのコアを一つずつ載せていく。10個くらい置いても、天秤はほとんど動かないな。20個置いても数ミリ動いたくらいか?この感じだと200個くらい要りそうだな。


メ「コアにも価値があって、強いモンスターや珍しいモンスターを倒した時に出るコアの方が価値は高いよ!ちなみに、ゴブリンを1とすればスライムで5くらいかな?」

レ「じゃあ、今回は魔法を覚えるのは無理か。」


俺達は、相談し、ゴブリンのコア20個で回復剤を2個購入した。罠や戦闘でHPが減ったときに回復するためだ。この回復剤は固定でHPを200回復するらしい。中級回復剤はHPの50%回復らしいから、今のステータスなら回復剤の方がコスパはいい。


メ「それじゃあ、泊まる場所に行くよ!」


メィルはそういうと、ダンジョンから出た。外に出ると、日は落ちていて辺りは暗くなっていた。時間を気にしていなかったが、カバンから携帯を取り出し、時間を確認すると18時になっていた。ちなみに腕時計はしていない。


レ「そういえば、晩飯はどうする?食堂はやっているのか?」

メ「食堂は11時から15時の間だけだよ。朝食と夕食は宿泊施設の方で取ってね!」

ヤ「ご飯、おいしいといいですね!」


まあ、はじまる様もずっと食堂にいるわけには行かないか。俺達はしばらく歩くと、ビジネスホテルがあった。


メ「ここが泊まる場所だよ!朝食、夕食は電話でフロントに注文してね!部屋には充電器はあるけど、TVもパソコンも無いからね!」

レ「充電器はあるのか。電力とか水道とかどこから来ているか聞かない方がいいか?」

メ「神のエネルギーとか魔法とかいろいろだよ!」


充電しても通話、ネット自体は繋がらないし、時間の確認とアラームに使うくらいか?日本時間とそのままリンクしてるっぽいから時計としてはこのままでいいや。


ヤ「部屋がいっぱいありますけど、どこでもいいんですか?」


弥生がビジネスホテルを見上げながら入口に入っていった。


ケ「こんばんワン、いらっしゃいませワン。あたちはケルベロだワン、ケルベロちゃんって呼んでほしいワン。」


ホテルの入口に、小さな犬耳の少女が居た。見た目130cmくらいでとげのついた首輪みたいなものをしている。ちらりと見える尻尾は左右にフリフリとゆれている。


メ「わー、私より小さい子だ!お手伝いかな?よしよし。」


メィルがケルベロちゃんを撫でようとした。しかし、その手は空振り、代わりにドスッと鳩尾(みぞおち)にパンチされている。メィルにクリティカル発生。残りHP1、状態異常:振動酔いになりました


ケ「あ?誰がチビだとこの見習い。あたちはこれでもラヴィ様に仕えている女神で、女神ランクⅢだ。次に舐めた口利いたら消すぞ?」

メ「ご、ごめんばはい、ゆるじてください・・。」


メィルは腹を抑えてうずくまりながら謝った。ケルベロちゃんはフンッっと鼻を鳴らすと、何事もなかったかのように笑顔になり、さらに脅しをかけた。


ケ「追跡スキルで攻撃しましたワン。HPは必ず1以上残りますけど、あたちがスキルを切らない限り、永遠にあなた達の居場所が分かるワン。」

レ「・・・。今、あなた達って言わなかったか?俺達も巻き添え?」

ヤ「わ、私たちは何もしていませんよ?」

ケ「当然ですワン、飼い主の無礼は飼い犬も連帯責任ワン。ちなみに、あたちの素早さは基礎値で777万あるから逃げられると思うな?ですワン。」


うん、一生逃げられそうにないステータスだな・・。そもそも転移してきそうだ。そのうちスキル効果を切ってくれることを願う。


メ「し、死ぬかと思った・・。今度から見た目で判断するのは絶対やめる。」


しばらくふらついていたメィルは、びくびくと俺の背中に隠れながら呟いていた。俺を盾にしても、なんの意味も無いぞきっと。


ケ「それでは、ご希望されるお部屋はありますか?ワン。無ければ444号室と999号室にご案内しますワン。」

レ「いや、不吉すぎるだろその部屋番号。できれば隣同士の部屋で、1階がいいかな。」

ケ「分かりましたワン、それでは101号室と102号室をお使いくださいワン。何か御用がありましたら、お部屋の電話でフロントにコールしてくださいワン。」


ケルベロちゃんは俺たちに101号室と102号室の鍵を渡すと、フロントのカウンターへ入っていった。


レ「メィルはもう大丈夫か?」


俺はすでに平気そうについてきているメィルに聞いてみた。


メ「状態異常はともかく、HPは自動回復(中)があるから、4分あれば全快するよ!」

レ「4分でHP全快か、すげーな女神。」

メ「まだ見習いだけどね!同レベルの相手には効果あるけど、格上だと意味無いし。」


女神は、格(ランク)が上がるごとにおおよそ強さが10倍くらい違うそうだ。メィルとケルベロちゃんでは、見習い→女神Ⅴ→女神Ⅳ→女神Ⅲと1000倍くらい素のステータスが違うらしい。また、スキルの取得数が全然違うため、実際はもっと差があるそうだ。ちなみに、ラヴィ様は女神ランクⅠだそうで、ケルベロちゃんの更に100倍くらい強い。規格外すぎて俺のステータスと比べる気も起きないな。


レ「とりあえず、時間もあるし一緒の部屋で飯食わないか?メィルも一緒に食うだろ?」

メ「女神は食事を取らなくても死にはしないけど、味を楽しむ事は出来るから食べるよ!エネルギー効率100%で分子分解までするからトイレも行かなくていいし!」

レ「よくわからんが、食っていくってことだな。よし、注文するか。」

ヤ「私は親子丼がいいです!お腹空きました!」

メ「私はミートソーススパゲッティかな。オレンジジュースも!」

レ「俺は昼がカレーだったから、夜はラーメンでも食うかな。しょうゆラーメン。」

ヤ「源さん、塩分の取りすぎは健康に悪いですよ!」


俺はフロントにコールし、ケルベロちゃんに注文をした。


ヤ「それにしても、ケルベロちゃんが語尾に「ワン」ってつけてるのは、わざとですかねぇ?」

レ「わざとじゃないか?メィルを脅したときはつけてなかったし。」

ケ「おめーらには関係ねーだ・・、どちらでもいいじゃないですか?ワン、お待たせしましたワン。」


振り向くと、すでに注文した料理を「おかもち」からテーブルに並べているケルベロちゃんが居た。


メ「わ、私は関係ありませんよ?」


メィルは、後ずさりしながら、転移できることを思い出したように転移した。したけど、1秒後には胸倉をつかまれた状態でケルベロちゃんに連れ戻されていた。


ケ「飼い主の責任だろ?まあ、せっかくの料理だ、冷める前に食って行けよ。」


ワンと付けるのが面倒くさくなったのか、素でしゃべってるっぽい。思ったより怒っていないのか、あっさりとメィルを床に放り出すと、


ケ「ごゆっくりおくつろぎくださいませワン。お食事が終わりましたら、器は扉の前に出しておいていただければ回収しますワン。」


そう言って形ばかりのお辞儀をすると、転移で帰っていった。


メ「うぅ、ひどい目に遭いました・・。何もしてないのに。」

ヤ「ご、ごめんなさい。もう話題に出すのはやめた方がいいですね。」

レ「そうだな、俺達だと1発で消滅しそうだし・・。」


俺たちは食べ終えた食器を片付けると、メィル、弥生と明日の予定や、今日の反省などの話をして別れた。メィルは転移で帰り、弥生は102号室へ歩いて行った。


レ「それにしても、まんまビジネスホテルだな。風呂は部屋にあるし、飲み物は冷蔵庫に入っていると。」


俺は冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、ぐびぐび飲んだ。携帯を充電しつつ、タイマーを明日の朝6時にセットすると、シャワーを浴び、歯磨きをしてから寝転がった。


レ「夜は暇だな。イメージトレーニングでもするか。」


俺は分裂で出来そうなことを考えていたら、いつの間にか寝てしまっていた。

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