ロマンスは移ろいゆく時代とともに サラ・エドワーズ編

藤屋順一

第1話 プロローグ

 物心ついた頃には、ほとんど家に帰らない父と義理の母、そして、私にとっては腹違いになる妹と一緒に暮らしていた。


 父、ジョージ・バーネットはドーバー近郊に拠点を構える繊維貿易商社バーネット商会の社長で、政略結婚に近い形で一緒になった継母とのあいだにはなかなか子供を授かることができず、あろうことか愛人の方が先に子供を授かってしまった。それが私だ。


「ねぇ、お姉さま。私やお母様の髪は金色なのに、どうしてお姉さまの髪はきれいな銀色なの?」

「さぁ、きっと神様が髪の毛に使う糸を間違えたんじゃないかしら?」


 私が五歳になる頃、母が流行病はやりやまいで他界し、私生児だった私は訳のわからないままバーネット家に連れられて正式な娘となった。

 上流階級ジェントリの令嬢として育った継母はプライドが高く、夫の愛人の娘である私を毛嫌いして無視するように扱っていたが、私の方としても赤の他人に母親面されるよりはよっぽど良いと割り切って継母との奇妙な共同生活を送っていた。


 私は継母や女中たちともほとんど顔を合わすことなく自分の部屋に籠もり、父から贈られた沢山の人形や本や洋服に囲まれて過ごしていて、暇を持て余していた継母は同じような境遇で結婚した上流階級の婦人たちで開かれるサロンに入り浸るようになっていた。

 なんの取り柄もなかった継母にとって、家の資産だけで周囲からちやほやされる環境はとても居心地が良かったに違いない。


「ねぇ、お姉さま。私やお母様のお目々は青いのに、どうしてお姉さまのお目々はきれいな銀色なの?」

「さぁ、きっと神様が瞳に使うガラス玉を間違えちゃったのよ」


 それから一年余の月日が過ぎて継母に待望の娘が生まれて生活に変化が訪れた。エリザベスと名付けられた腹違いの妹を継母は溺愛し、私の目に極力触れさせないようにしながら甲斐甲斐しく世話していたが、それも長く続かず、乳離れする頃には乳母や女中にお守りを任せきりにしてサロンに出かけることが多くなっていた。

 孤独だった私にとって腹違いとはいえ妹ができたことを嬉しく思っていて、継母が家を開けているときを狙って乳母をそそのかし、お世話の仕方を教わって代わりにお守りをしていた。


 初めて抱き上げたときの重みや温かみを今でも覚えている。最初はお人形遊びの延長のつもりだったのかもしれないけれど、そのとき、空っぽだった私に大切なものができた。


「お姉さま、絵本読んで! 外国のお姫様が出てくるの!」

「はいはい、わかったわ。読んであげるからこっちに来なさい」


 私の母はフランスの生まれで生前に二人で暮らしていたときはフランス語で会話をしていたので、その時の私はまだ英語になれていなくて、妹にはフランス語で話しかけていた。

 私が継母が留守の間にこっそりと妹のお守りをしていることは乳母も女中も秘密にしていたけれど、妹が言葉を話し始める頃には英語よりフランス語が先に出たりグズって私の名前を呼んだりするようになって継母の知るところとなった。


「私もお姉さまみたいな銀色の髪に生まれたかったなぁ だって絵本に出てくるお姫様みたいですっごく素敵なんだもの」

「そう? リズのブロンドも、青い瞳も、私は好きよ。お人形さんみたいで素敵じゃない」


 私が八歳、妹が二歳になる頃、継母は妹が私に懷いてフランス語をよく話すようになったことを気に入らず、私に家庭教師をつけて妹と引き離そうとした。

 私に付いた家庭教師は、きっと継母が選んだのであろう、教えるのが下手なくせに鞭ばかり振るう女で、最初のうちは反抗しては鞭を振るわれていたけれど、痛い思いばかりして一日を無駄にするのは割に合わず、得られるものだけさっさと身につけてしまおうと我慢して大人しく従うことにした。


 それから一年ほどが経って、程度の低い家庭教師から得るものも無くなり、真面目なふりをしながらわざと答えられないような質問をしたりフランス語で口ごたえしたりを繰り返すうちに、家庭教師はその嫌がらせに耐えきれなくなって交代することになった。

 代わりに来た家庭教師も前任と似たようなもので大したことはなく、同じように教わることだけ教わってから嫌がらせをして交代させ、そういったことを繰り返して何人かの家庭教師を交代させたところで我慢できなくなり、今度は私の方から父に頼んで評判の良い家庭教師をつけてもらうことにした。その家庭教師は鞭を持たず、教養深く、多くのことを学ぶことができた。


「リズ、お誕生日おめでとう。これ、あなたの欲しがってた銀色のお姫様のお人形よ」

「わぁ! いいの!? お姉さま大好き! 一生大事にするね!」


 私が母から受け継いだ銀髪とブルーグレーの瞳は父のお気に入りで、同じ色の髪と瞳を持つ人形を特別に作らせて幼い頃の私に贈っていた。古めかしいドレスを着た銀色のお姫様の人形は、今に思えば父の願いと期待が込められたものだったのだろう。私はその人形に自分の境遇が重なって見えてあまり好きではなかったけれど、妹はその人形で遊んでほしいとよくせがんできた。

 妹の五歳の誕生日、父から了承を得てその人形をプレゼントしたときの妹の喜びようはよく覚えている。それから妹は銀色のお姫様の人形といつも一緒に過ごすようになった。


「えへへ、どう? このドレス、私に似合ってるかな?」

「ええ、よく似合ってるわ。金色のお姫様」


 妹は私のお下がりのドレスを着てお姫様ごっこをするのが大好きで、妹が金色のお姫様、私が銀色のお姫様で王子様の役だった。

 継母は妹が私のお下がりを好んで着ることを快く思わず、ある日私の古いドレスをすべて処分してしまい、その日から妹は私に冷たく当たる継母によく反発するようになった。


 家に帰らない父と、サロン通いをやめない継母、母親に反発する妹と、家族と打ち解けようとしない私。家族がバラバラになる中で、妹は余計に私に懐くようになった。

 私は継母と関わり合いになるのも嫌だったし、この家での自分の立場を割り切って考えていたので別に構わなかったが、妹には円満な家庭で育ってほしいと思っていた私にとって、妹は大切に思う反面、少し重荷に感じることもあった。


「ママのばかっ! 私の目はなぜ青くて、髪はなぜ金色なの!? 本当はお姉さまの本当の妹に生まれたかったのにっ!」


 幼い妹のその一言で継母の精神こころは限界に達し、私を家から追い出すよう父に迫った。

 私自身もこの家で暮らすことに息苦しさを感じていたし、私の存在が妹にとってもバーネット家にとっても害になるのならその方が良いと思い、継母のいう通り家を出ることを父に申し出た。私が十二歳になる時のことだった。


 そうして私は家庭教師に泣きじゃくる妹を託し、家を追い出されるようにドーバーの北、マーゲイトの貨物港にあるバーネット商会の倉庫兼事務所の一室に住むことになった。

 後日送られてきた荷物には私の部屋にあった本や人形やドレスが乱雑に詰められていて、その中には妹に贈った銀色のお姫様の人形も混ざっていた。

 そのドレスにくっきりと残る涙の跡に私も胸が締め付けられ、人形のドレスにまた一つ、涙の跡が広がった。

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