近くて遠い、僕らの距離。

吾妻栄子

第一章:髪を切って

「バレエ辞めちゃったの?」


 あのハーフアップにしていた長い髪からこのショートカットというより刈り上げに変わった頭を見れば明らかだが、それでも問わずにいられない。


「うん」


 部活に向かう生徒の行き交う体育館への廊下の途中で、学校指定の真新しいジャージ姿の相手は大きな目を伏せて頷く。


 服の腕が袖口の所でダブダブに余っているし、全体としてもまるでジャージがハンガーに引っ掛かっているみたいだ。


 水色のジャージを着ているせいか、小さな白い顔も何だか青ざめて見える。


 その様を目にすると、つと胸が痛むのを感じた。


 同じバレエ教室に通う女の子の中でも、櫻子さくらこちゃんは一際小柄で痩せぎすな、大人しい子だった。


 赤やピンクのワンピースにレースのフリルの付いた靴下を履いてお母さんと教室にやって来る、小さなリカちゃん人形じみた女の子のはずだった。


 それが何故男のような刈り上げ頭にして、バスケット部に入ろうとしているのだろう。


 不意に相手の大きな瞳が真っ直ぐこちらを見据えた。


「私、かける君みたいにコンクールで入賞したりするような人じゃないし、もともとバレエ、好きじゃなかったから」


 耳の中から一瞬、全ての音が消えた。


「じゃ」


 相手はやっと安堵したような、どっと疲れたような面持ちで長い睫毛を伏せると、ジャージの後ろ姿を見せて遠ざかる。


 トロ臭いくせに、どうしてそんな逃げ足だけは早いのだ。


 頭のどこか冷めた部分で思う。


 廊下のガラス窓の向こうでは、満開の染井吉野が午後の柔らかな陽射しを浴びながら音もなく揺れていた。

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