第14話 接触
ゴールデンウィークが明け、登校中、志保と結愛と鉢合わせたりしたが、俺は平静を保つ。
結愛の方もいつも通り。俺が夜中に部屋に忍び込んだことに気づいているのか、気づかない振りしているのか。
教室で別れた後も、何となく視線で追ってしまう。
「おはよう。九重君」
「あぁ、おはよう」
霧島が早速、友人たちとの会話を切り上げて、俺の前の席に座る。
「どうだった? 連休は?」
「まぁ、それなりに。お前こそ大丈夫だったのか? 部活メンバー、窃盗だろ」
「あぁ。しばらく活動自粛だってさ」
「とばっちりだな」
「あぁ。それより、君、早速噂になっているよ」
「はぁ」
まぁ、見かけた奴はいるだろうなぁ。
「連日別の女とデートする軽薄野郎って」
「噂好きで嫉妬深いとは、このクラスは救いようが無いな。お前には会った時に説明しただろ」
「まぁね、フォローはいれたよ。でも君、クラス親睦会にも来なかったしな」
「あぁ、連絡来てたなそう言えば」
ゴールデンウィーク初日、最終日にやりますという連絡が来ていた覚えがある。確認だけして放置してたな。忘れてた。
「お前は行ったのか」
「いや。その後上げられた写真だけ見た」
「人のこと言えねぇじゃねぇか」
「いやいや。僕は行けとは一言も言ってないし、行かなかったことに一言も文句を言うつもりもないさ」
「どちらにせよ、自分を嫌ってる奴らの開くパーティーとか、ただの地獄だろ」
「嫌いな奴とも仲良くするのは賢い生き方だろ。それに、嫌われてるだけ、というわけでも無さそうだぞ」
「あ?」
「意外と顔が良いことで最近話題の九重君」
「チッ」
前髪を少し引っ張る。さっきから感じる鬱陶しい嫉妬とか嫌悪の視線に、好奇が混じってるのはそれか。
「ははっ」
陽気に笑って肩を竦めて。
「ではまた、今度は昼休みにでも」
霧島が立ち上がると同時に、奏が戻ってくる。
奏は霧島を一瞥して。
「ふーん。結構仲良いじゃん」
「へっ」
「うわー。って、それよりも史郎君」
「なんだ」
「学級委員長としての仕事。ちゃんとしようね」
「無理矢理押し付けられた役職を全うする気が起きるか?」
そう、クラス内の役職を決める際、先生がぼやくように奏を推薦、ならば、と奏は俺を推薦と、なし崩し的に
「史郎君と以外、上手くやれる気しないもん」
「やはは。愛されてるね、史郎」
志保だ。後ろには結愛もいる。志保の席の周りにいる男子の視線がこちらに向いているのを見るに、話しかけられるのを察知して逃げてきたのだろう。
「人見知りとか言っていられないと言ったのはいつ、誰だったか」
「んー。知らないなぁ」
「さいで」
ため息。
はあ、本当、何で俺は志保を好きになったのか。わからん。
正直、自分勝手な人間だと思う。
振ったのに、こうして当たり前のように話しかけてくるし。
俺だけか? 俺だけだな、多分、悩んでるの。
「席につけー」
担任が教室に入ってくる。
結愛の姿をなるべく見過ぎないように目で追う。テーブルの上に置いていたハードカバーを鞄に入れて、教壇に目を向けている。
昼休み、は難しいな。放課後か。仕掛けるとしたら。
そう思っていた。
そう思っていたが。その考えが、機先を制することを許すことになった。
「先輩」
昼休み。トイレの帰り。俺は声を掛けられる。耳元で。すれ違いざまに。
この学校で、俺をその呼び方をする奴なんて一人しかいない。
立ち止まる。
「結愛、ここでその呼び方をするな」
「そういえば、なんて呼ぶか決めてませんでしたね。では、史郎さんと呼びましょう」
「それで良い。何の用だ」
「ここではあれなので、こちらに」
もしや。やはり気づかれていたのか。
それとも、何か緊急事態か?
どちらにせよ、ある程度気持ちの準備をしておこう。
無意識に、制服に仕込んだ武器の位置を頭の中で確認する。
あとは、俺に結愛を攻撃できるかどうか。
文化部の部室が並ぶこの階は、昼休みはほとんど人が来ない。
廊下の窓と窓の間の壁を背もたれに、外から狙えない位置に立つ。
「先輩、私に何か話があるのでは?」
「気づいていたか」
「古いパスワードでログインされたら、わかるようにしていましたから。覚えていたのですね、先輩」
「まぁな。お前が志保の護衛任務をしているのは本当。でも、狙われているというのは嘘。というのが今のところわかっていることだ」
「それが全てです」
「どういうことだ?」
「どうして騙すようなことをした。と聞きたそうですね」
「当たり前だ」
俯いて、気まずそうに、制服の上に羽織ったパーカーのフードを深く被る。
身構える。もしこれが、襲撃する直前の気の迷いなら。
いや。結愛は知っている。その一瞬の隙があれば、俺ならどうにでもできると。
いや、逆にそれを利用して敵意が無いと油断させる戦略か。
思考の堂々巡り。良くないな。ここは、仕掛けるか?
「その、先輩」
息を飲む。
結愛の顔が上がり、真剣な目が、真っ直ぐに向けられた。
耳を澄ます。足音はしない。そもそも昼休みの学校だ、部隊を送り込むのは不可能。警戒すべきはスナイパーくらいだ。それも対策は出来ている筈。
だとすれば、警戒すべきは目の前の結愛で。
「ごめんなさい」
その言葉とともに、結愛は勢いよく頭を下げた。
「ただ先輩に近づきたかった、それだけです」
「……近づく」
身構える。何が来る……。
「あの、警戒しないでください」
「そう言われて警戒しない奴がいるか」
「その会話、前もやった気がします」
一歩、さらに一歩。無造作に結愛は距離を詰めた。武器を抜く気配は無い。袖に何か仕込まれている感じはあるが、それを使う様子もない。
「先輩。私、先輩にずっと会いたかったのです」
距離が詰まる。息が詰まる。
駄目だ。無理だ。
俺は、結愛を攻撃できない。
悪い、奏、約束、守れそうにない。
「……ん? 会いたかった?」
「はい。そして、また先輩と、仕事がしたかった。だから、嘘を吐きました。先輩なら自分の知っている人の危機を、見過ごすようなことはできない。それがわかっていました。ごめんなさい。先輩の性格を利用するようなことをして」
「えっと……」
「ごめんなさい。先輩。信用できないなら、どうぞ」
結愛は、手錠を二つ取り出す。自分の足と手首にそれをかける。
「この状態で話しましょう。なんでも吐きます」
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