人間関係を整理します

秋永真琴

人間関係を整理します

 わたしは素直な人間だから、すぐに相手を信じては裏切られてきた。こういうのはもう終わりにしよう。人間関係を整理します。


     *


「また始まりましたよ、Iさんの整理モード」

 スマホでツイッターを見ていたAさんがため息をつきました。

「見ました、秋永さん?」

「さっき見ました」と、私は答えました。

 私とAさんは昼から開いているチェーンのイタリアン居酒屋で飲んでいました。

「何か面白くないことがあったんでしょうか」

 私が訊くと、Aさんは「どうせ今の仕事でセンセイ扱いされなくて、ふてくされたんでしょう」と言って、ジョッキに残っていたビールを飲み干しました。

 

 AさんもIさんも、ツイッターで知って相互フォローしている人です。

 Aさんとは気が合って、こうしてリアルでも会う仲になりました。Iさんとはまだ面識がありません。AさんとIさんは学生時代からの知り合いだそうです。

 三人とも作家です。客観的に見てみんなまだ無名ですけど。

 

 Iさんは確かに、素直にそのときの感情をあらわす人だというのが、ツイッターを見ていて受ける私の印象でした。

『最高の仲間たちと面白いことができています』

『わたしはいつも出会いに恵まれているなあ』

 などと盛り上がるときもあれば、今日のように、

『人間関係を整理します』

『お互いを高め合えない相手は要らない』

 などと落ち込んでしまうときもあります。


「自己評価が高すぎるんですよ、Iさん。デビュー前から『ワタシ作家です』って思いが強い子だった」

 ゲームのノベライズの原稿なのに、原作の人気キャラの決め台詞を改変して「こっちのほうがより自然な日本語です」と譲らず、出版社やゲーム会社と揉めた結果、仕事を降板させられたことがあるそうです。

 逆にセンセイ、センセイとおだてられて自尊心をくすぐられると、Aさんなら断るような怪しい仕事も安請け合いしてしまうことがあり……

「……で、最後は整理モードになっちゃう。いい子なんですけどね」

 と、AさんはIさんのことを語ってくれました。

 

「ああいう『人間関係を整理します』みたいなのを見ると、自分も整理される対象なんじゃないかって不安になるんですよね」

 私が言うと、Aさんは「秋永さん、気にしすぎ」と笑いました。

「そうやって無関係な人が流れ弾で傷つくこともあるから、ああいうのはあんまりよくないって言ったこともあるんですけどね。人と距離を置くときは黙って離れようって。『整理すると心の中で思ったならッ!』」

「『その時スデに整理は終わっているんだッ!』って?」

「それそれ! あっ、すいません、生ビールと――秋永さんは?」

「じゃ、赤のグラスワインにします。あと、チーズとプロシュートの盛り合わせ」

 お酒とおつまみをおかわりして、そのまま最近読んだマンガや小説の話題に流れていき、Iさんの話はそれで終わりました。


 その日を最後に、Aさんはツイッターに現われなくなりました。

 私が送ったメールにも返信が来ません。

 まあ、Aさんは仕事が立て込むと引きこもり状態になるタイプです。私も忙しかったので、それ以上は気にしませんでした。いずれ「一段落したから飲みましょう」と連絡をくれると思いました。

 ただ、不思議なことがありました。Aさんと飲んでから数日後のことです。

 私の家の郵便受けに、Aさんの本が投函されていました。

 なんの包装もなく、剥き出しで。

 以前にAさんから献本してもらった、スマホの乙女ゲームを小説化したものです。

 ふと、閃きました。

 Iさんが揉めて降板させられたノベライズの仕事って、もしかして、これ?

 それを急遽、Aさんが代打として引き受けたのではないでしょうか。そこまで裏事情を私に明かすのはさすがにIさんに悪いと思って、詳しく言わなかったのかも……

 では、この本を投函したのは誰でしょう。

 Aさん? Iさん?

 それは何のために?

 私は郵便受けの前で立ち尽くしました。


 あれから二週間経っても、Aさんは音信不通のままです。

 Iさんは通常運転でツイッターをやっています。思い切って「Aさんと最近、連絡取りましたか」と訊いてみようかと考えたのですが、まだできていません。

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