第101話 記憶
「思うに、ルーク・ヴェルーシェを討ち取るには、カイトさんのお力が不可欠かと」
真剣味を帯びた言葉に、カイトは唾を呑み込む。
「本気か? カイトの体質に関しては聞いたが、強化魔法がよく効くというだけで奴に勝てるというのか」
「もちろん一騎討ちなんて考えてはいません。真っ当な戦闘力では敵うはずもありませんから。ただ……一撃の爆発力においてカイトさんに勝る人物は、おそらく今の王国軍にはいないでしょう」
カイトは隣で眠りにつくヘイスを一瞥する。カイトの肩に頭を寄せて、静かに寝息を立てていた。
「ルーク・ヴェルーシェは勇猛ですが、一介の戦士に過ぎません。彼は戦士としての矜持を重んじるあまり、搦め手を極端に嫌うと聞きます。それは美徳でもありますが、戦場において致命的な欠点にもなりうる」
「む。耳が痛いな」
クディカも同じ信念の持ち主だ。自身が戒められているようにも感じるのだろう。
だが、クディカとルークには大きな違いがある。それは、勝利を先とするか、信念を先とするか。クディカは勝利の為なら信念を曲げてでも策を用いるが、ルークはたとえ敗北し命を落とそうとも、正々堂々と戦う道を貫くだろう。
「そこに付け入る隙があるのです。故に私達が模索すべきは、いかにしてカイトさんの一撃を命中させるかということ。致命の威力も、防がれてしまえば何の意味もありません」
「確かに」
細い顎を押さえ、クディカがふむと息を吐く。
「ならば、勝利の鍵は連携にあるか」
「その通り」
人間にあって魔族にないもの。それが団結だ。
「力を合わせるってことですね」
カイトの声は弾んでいた。努めて落ち着いた声を出したつもりだったが、高鳴る胸の内を隠しきれていない。
仲間と手を取り合い、強敵を打ち倒す。まるで物語の英雄のようだ。
国王に四神将討伐の命を下された時、カイトは自分一人でそれを成し遂げなければならないと感じていた。そうでなければ、自分の力を証明したと言えないと思っていた。
けれどそうじゃない。皆がいる。
リーティア。クディカ。デュール。ヘイス。数百人からなる軍隊も一緒だ。過酷な戦場に向かおうというのに心が弾むのは、それに気付いたからこそ。
リーティアの優しげな微笑みと、クディカの凛とした笑みが、同時にカイトに向けられた。彼女達も同じ気持ちを共有しているのだ。
自分は決して、一人じゃないと。
それまで沈鬱だった車内の空気は、いつの間にか暖かく希望あるものに変わりつつあった。まるで一家の団欒のように。
「四神将だ!」
「戦闘準備! 急げ!」
馬車の外から聞こえて来た兵士の怒鳴り声が、場の空気を一変させた。
瞬時に表情を引き締めたクディカが、剣を手に馬車を飛び出していく。壁に掛けられた杖を取って、リーティアもそのすぐ後に続いた。
ひとときカイトは呆然となる。だが、すぐに我を取り戻した。
「ヘイス! 起きろ!」
華奢な両肩を揺さぶる。寝ている場合でない。
「ふぁ……カイトさま? なんですかぁ?」
「敵襲だ」
「へ?」
瞼をこすっていたヘイスの手がぴたりと止まる。
「この中にいろ。絶対外に出るなよ」
「あの! カイトさまは?」
「戦う。その為に来たんだからな」
胸に手を当て、深呼吸を一つ。ざわめく心を落ち着かせる。
そしてヘイスの目をじっと見つめる。ここに守るべき少女がいるのだと、自らを鼓舞するために。
「大丈夫。すぐ戻る」
「カイトさまっ」
ヘイスの手が、カイトの服の裾を掴む。
「お気をつけてっ……!」
不安げなヘイスの手を握り、笑いかける。下手な作り笑いだったかもしれない。
「行ってくる」
見つめ合いもそこそこに、カイトは剣を携え馬車を飛び降りた。
隊はすでに臨戦態勢であった。誰もが武器を抜き、前方の敵に備えている。彼らには既に強化魔法がかけられているようで、全身及び武器、跨る馬に魔力の光がほのめいている。
隊列の最前に向かうクディカの背中を追う。今はとにかく前に行かなければ。
「待って」
前方でクディカが立ち止まったのとほぼ同時に、横合いからリーティアに腕を掴まれた。
「迂闊に前に出てはいけません。機を図ってください」
耳打ちする彼女に、カイトはしかと頷く。独断で動くつもりはない。クディカやリーティアの指示には必ず従うつもりだ。
カイトは最前列から十数歩の後方で、剣の柄を握り締める。体の震えは恐怖のせいじゃなく武者震いだと、そう自分に言い聞かせて。
宵闇の森の中。クディカの背中越しに、敵の影がうっすらと見て取れた。
馬に酷似した闇色の獣に跨る、一人の騎士。闇に溶けるような漆黒の甲冑は、ところどころ傷付き欠け、煤けている。
「闇夜に紛れて奇襲とは、魔族の将にしては姑息だな!」
「そんなつもりはない」
勇ましく声を張ったクディカとは対照的に、敵の調子はやけに落ち着いていた。
「俺は戦士だ。戦に不純物は不要。ただ己が力を示すのみ」
剣を構えたわけでもない。魔力を帯びたわけでもない。ただそこにいるだけで放つ尋常ならざる存在感。圧倒的な強者の覇気が、カイトの呼吸を阻害する。敵の悠々とした佇まいは、力を持つ者の余裕を体現しているようだ。
ふと、兜のスリットから覗く金の隻眼と目が合った。
――瞬間。
カイトの視界に、今ここでない景色が割り込んでくる。強制的に、暴力的なまでの勢いで。
何度も切り替わる場面。静止画の連続。付随する感情。
安息と闘争。
愛念と友情。
罪悪感と無力感。
そして、ついに訪れる死。
「なんだ、これ」
まただ。知らない誰かの記憶が、フラッシュバックする。
目の前の魔族に覚える、あまりにも不可解な既視感。
「アーシィ・イーサム……」
直感的に理解する。
今は亡き先代めざめの騎士。この記憶は、紛れもなく彼のものだと。
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