第84話 デルニエール攻防戦 王国軍サイド① 下

 対空魔法はあくまで牽制。目くらましに過ぎない。致命的なダメージを期待できる弩砲を命中させるための布石だ。


「どうだ……?」


 ソーンは黒煙を見つめる。胴体を撃ち抜かれて落下していく一人の魔族を捉え、舌打ちを漏らした。仕留められたのはたった一人だけ。


「効果が薄い」


 濃い弾幕を張ったつもりだったが、敵もそう甘くはないらしい。城壁に肉薄される前に出来るだけ数を減らしておきたかったというのに。


「ここからが本番だ! 各々、奮闘せよ!」


 ソーンに代わり、ジークヴァルドが軍を鼓舞する。それに呼応して、兵達も鬨の声をあげた。

 デルニエール側の士気は高い。彼らには守るべき故郷と家族があるからだ。


「若。重騎兵隊、出撃してもよろしいか」


「許可する。地上は任せるよ。あの有象無象を蹴散らしてくれ」


「必ずや」


 言うや否や、老将軍はこの場の指揮を副官に引き継ぎ、勇み足で城壁を去る。


「メイホーン」


「は」


「奴らにはどう対処する?」


 間もなく魔族は城壁上空に到達するだろう。飛行する者にとって、高い城壁は障害にならない。地上の獣とは異なる対策が必要だ。


「予定通り、真正面から迎え撃ちます」


「なんだって?」


 メイホーンの強い言葉に、ソーンは些か驚いた。


「想定より敵を減らせていないんだよ?」


「多少の狂いで作戦を変更しては兵に要らぬ誤解を与えます。士気の維持を優先させた方がよろしいかと」


「……なるほど。一理あるね」


 効果的な策ばかりを考えて、頭でっかちになっていたかもしれない。戦において何より大切なのは士気の高さである。士気旺盛であればこそ、作戦の遂行も上手くいくというものだ。


「わかった。なら予定通り術士隊は飛空戦を展開しよう。弩砲の一部を支援に回す」


「感謝します、若。ですが支援は無用。弩砲は地上の支援にお使いください」


 メイホーンは、率いる隊に絶対の自信を持っているようだった。彼の言葉と表情には並々ならぬ自負が見て取れる。

 ソーンはじっとメイホーンを見つめる。彼が抱いているのは自信か。それとも慢心か。

 おそらく半々といったところ。それを正確に見抜いたソーンは、しかしメイホーンの進言を受け入れた。彼は優秀だ。ならば思う存分その力を発揮できるよう後押しするのが指揮官の務めだろう。


「よし。デルニエール術士隊の晴れ舞台だ。その雄姿、しかと僕に見せてくれ」


「御意!」


 メイホーンはローブを翻し、歯を剥き出しにして力強い笑みを浮かべた。


「これより術士隊は飛空戦に移行する! 全員私に続け! 遅れるなよ!」


 ルーン文字を纏い勢いよく上昇したメイホーンを追って、三百人の術士隊が一斉に飛び立った。

 彼らは六十個の五人編隊となり、矢じり型の隊形を作りながら高度を上げる。ルーン文字の輝きを引いて飛翔する術士隊は、まさに空に虹を描くが如く。

 空を飛ぶことは長らく魔族の専売特許であった。彼らが強者である所以の一つに、この飛空魔法の存在がある。人間は対空魔法を開発したが、その有用性は見ての通りだ。

 王国の術士達はこぞって飛空魔法の研究開発に勤しんだが、ついぞ魔族の侵攻には間に合わなかった。それをつい数日前に、デルニエール術士隊が完成させたのだ。すべてはソーンの支援と、メイホーン含む新進気鋭の術士達の不眠不休の研鑽あってこその成果であった。


「この戦いは王国史に残る。人間が初めて飛空魔法を実戦投入した記念日としてね」


 上空を舞う術士達を見上げ、ソーンは感慨深げに呟いた。

 旧式兵器や飛空魔法だけではない。彼が用意した手札はまだまだある。

 事前の準備が、戦いの八割を決める。

 その持論を、今証明する時だ。

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