第39話 救出

 だが、その魔法が撃たれることはなかった。

 唐突に空が翳り、ソーニャの直下に巨大な円形の影を落としたからだ。


「なにこれ?」


 頭上を見やる。

 そこにあるのは、視界を埋め尽くさんばかりの紅蓮の塊。


「うそ――」


 避けられない。回避のタイミングはとうに失われている。


「え、ちょっ」


 ここでソーニャはようやく悟る。

 これがリーティアの狙いだったのだ。何度かの手加減した攻撃で油断させ、あたかもそれが限界であるかのように演じ、偽りの号令でソーニャを欺き、冷静さを奪ったところで本命の一撃を確定させる。


「退避ーッ!」


 騎兵達は即座に転進、その場から撤退する。

 落下する紅蓮を辛うじて受け止めたソーニャは、しかしその勢いを殺せず、大地に圧し潰されて身動きを失った。


 刹那。


 龍にも見紛うほどの壮絶な火柱が、天まで届かんばかりの勢いで立ち昇った。

 すんでのところで逃れる騎兵達は、背後で消滅する一帯の様子に戦慄を禁じえない。

 森の中、リーティアの細い腰にしがみ付く兵士は、轟々と燃え盛る火柱の苛烈さに圧倒されていた。


「上手くいって、よかった」


 ほぼすべての魔力をつぎ込んだ乾坤一擲の大魔法。

 いちかばちかの賭けに勝ったリーティアは、豊かな胸をほっと撫で下ろしていた。


「あの、フューディメイム卿」


 若い兵士が、おずおずと口を開く。


「さっきの人、助かりますか……?」


 ほとんど上の空のような一言だったが、その声には僅かな諦めの響きが混ざっていた。

 リーティアは答えない。カイトの容体は、もってあと数分といったところだ。本来なら死んでいてもおかしくない状態である。まだ息があることは奇跡的といえるが、本人は地獄の苦しみの中にいるだろう。


「やっぱり……無理ですよね」


 幼さの残る顔が、痛ましい表情に歪む。


「申し訳、ありません。ボクが余計なお願いをしたばかりに、皆さんにご迷惑を」


「気に病む必要はありません」


「でも」


「今後はこのようなことにならぬよう、ゆめゆめ精進なさい」


 リーティアは淡々と言い切る。未熟な兵士への厳愛の言葉。

 それは同時に、自らへの戒めでもあった。


「心配は無用です」


 緋色の瞳に強き意志を宿して、彼女は馬を走らせる。


「救ってみせますとも。必ず」


 リーティア率いる部隊はただ一騎の損害も出さず、将軍と兵士、そしてカイトの救出を達成したのだった。

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