第18話 将と将

「もー! まーた魔王様に言い訳しなきゃじゃない!」


 ソーニャは憂鬱そうに柳眉を歪め、蝶の羽ばたきのような吐息を漏らした。


「貴様か。露出狂の変態女」


 クディカの鋭利な剣尖と眼光が、ソーニャに向けられる。


「あら、あなただったの。偏屈女騎士さん」


 髪に櫛を通しながら、ソーニャはクディカを見ようともしなかった。

 相変わらずふざけた態度だ。だが実力は侮れない。少女のような容姿でもれっきとした魔王軍の将である。殿を務めると啖呵を切ったものの、一体どれほど耐えられるか。


「一人だなんて寂しいわねー。あ、わかった。あんまり無能なものだから、部下に見捨てられちゃったんでしょ」


「似たようなものだ」


「えーかわいそー。人望ないのね。剣を振るしか能がないくせに、調子に乗って将軍になんかなるから」


 クディカの額に血管が浮いた。剣を握り締め、奥歯を噛み締める。


「よほど、死にたいようだな……!」


 怒りの衝動に任せて、白光の剣を振り抜いた。飛翔した濃密な魔力は瞬く間に敵の戦列に着弾し、凄絶な光の爆発を生み出す。十数の魔獣が激しく宙に吹き飛び、まとめて消滅した。


「あはっ。怒らせちゃった」


 爆心地の至近にいたソーニャと巨人は、魔力によって形成された球形の障壁に包まれ、悠然と無傷の姿を見せている。

 クディカは眉を顰めた。これまで何度かやり合ったことがあるが、やはりソーニャは手強い。乗り物にしている巨人も一筋縄ではいかなさそうだ。加えて、従える獣は目算で三十は超えている。

 どう考えても無謀だ。しかし退くわけにはいかない。指揮官としてより多くの部下を生かすためにも。


 クディカは決意を胸に剣を構える。手綱を強く握り直すと、彼女の鎧が仄かな光に包まれた。

 人の肉体は脆弱だ。彼女の纏う白い光は、弱い身体に強化を施す魔法の顕れであった。

 クディカが大きく息を吸い込む。


「あ、そうそう」


 突撃の出鼻を挫くように、ソーニャがぽんと両手を叩く。


「砦の地下にいた彼。逃がしておいたから」


「……なんだと?」


「ごめんねー勝手しちゃって。でもほら、悪い子じゃなさそーだったし」


 にっこり笑ったソーニャに対し、クディカはお見通しといった風に鼻を鳴らした。


「やはり貴様らの送り込んだ間者だったか」


「んー?」


 一瞬、ソーニャの顔がぽかんとして、すぐに妖しげな笑みを取り戻す。


「あぁー、そうそう。そういうことにしときましょっか。そっちの方が面白そう」


「間者を使って地下牢を掘り当てるとは。貴様達はついに己の信念を捨て去ったようだ」


 クディカの剣に、再び光が灯る。


「我こそは七将軍が一騎! クディカ・イキシュ! 乙女より賜わりしこの剣に懸けて、断じて魔族の好きにはさせん!」


 名乗り口上と共に白馬が嘶く。長い金髪を残光のようになびかせ、魔獣の群へと突撃した。


「はぁ。人間どもが勝手に作ったイメージなんて知ったこっちゃないけど、あたし達はあたし達できちんと考えて戦争やってるから」


 接近するクディカを、ソーニャの紅い瞳がようやく捉えた。


「思い知らせてあげる」


 ソーニャが細い腕を掲げるや否や、獣達は一斉に動き出す。

 それは総指揮官が単騎で殿を務めるという、メック・アデケー王国にとって異例の撤退戦であった。

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