第9話 地下牢にぶちこまれた!

 薄暗い地下牢の中で、カイトは途方に暮れていた。

 湿っぽく淀んだ空気のせいで、どんどん

が滅入ってくる。溜息が出るのもしょうがない。


「どうしてこんなことになったんだ」


 時折見回りにやってくる看守の軽薄な視線がやけに腹立たしい。


「あーくそ。腐ってても仕方ないか」


 せっかく異世界に来たんだ。この世界について色々と考えてみてもいいかもしれない。なんとか気を紛らわせようと無理矢理にでもそんなことを思う。

 カイトは罅割れた天井を見上げ、硬い石の床に身体を投げ出した。


「さて」


 どうやらクディカやリーティア達は、魔族と呼ばれる存在と戦争をしているらしい。ここは砦。つまりは、防衛戦の最中ということか。


 マナや後衛術士など、滅多に聞かないのに聞き慣れたような単語もあった。この世界に魔法か、あるいはそれに準ずるものがある証拠だろう。


 戦場でカイトを襲った身体の異変を、彼女達はマナ中毒と呼んでいた。マナとは人体に有害な物質なのかもしれない。


「魔族。魔法。マナ。馴染みはある。いいじゃないか」


 ある程度考えが煮詰まってきたところで、カイトはふと胸に違和感を覚えた。シャツの襟元を開けると、今更ながら見慣れないペンダントがあることに気が付く。


 はて、こんなものを身に着けていただろうか。


「耐魔のタリスマン」


 カイトの疑問を察したかのように、穏やかな声が地下に響いた。


「あなたをマナ中毒から守ってくれます。いつどんな時でも、肌身離さず身に着けていてください。絶対に手放してはいけません」


 カイトは体を起こして鉄格子の方を見やる。

 翡翠の髪に臙脂の法衣。声の主は緋色の瞳を細めて、柔らかな微笑を湛えていた。


「えっと。たしか、リーティア、さん……だっけ」


 彼女の手にはランタンのような物があり、十分な光源となっている。しかし灯っているのは火でも電気でもない。とても明るく、しかし眩しさを感じない。カイトが初めて目にする不思議な輝きであった。


「あら。名前を憶えて下さったのですね。嬉しいですわ」


「いや、まぁ」


 一応、この世界のことを知ろうとアンテナを高くしていたのだ。会話に出てきた人物の名前くらいは憶えている。


「そんなことより。耐魔のタリスマンって、これのことですか?」


「ええ。それのことです」


 カイトの問いに、リーティアは優しく頷いた。

 ペンダントを手に取ってまじまじを観察してみる。光沢のある銀の台座にアーモンド大の石が三つ埋め込まれている。青、黄、赤の横並びは図らずも信号機を連想させた。


「マナ中毒っていうのは? 病気みたいなもんですか?」


 身体が震えているのは、牢が肌寒いせいではないだろう。カイトは努めて平静を装って尋ねた。


「どちらかと言うと、毒を飲んだ時の状態に近いでしょうか。そのあたりも含めて、すこしお話しさせて下さい」

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