第5話 戦いの始まりだ! ②
「おい! 大丈夫か!」
近くの兵士が駆けつけてくれたが、答える余裕はない。酸の海に放り出された気分だ。
皮膚の至る所が爛れ、鼻腔にはつんとした痛みを感じ、目から涙が溢れ出す。
「いかん、マナ中毒だ。誰かこいつを後方へ運べ!」
兵士が叫ぶと、軽鎧を纏った男二人がカイトを抱え上げた。そのまま引き摺られるように運ばれていく。カイトは苦悶の声で呻くが、彼らを振りほどく気はなかった。少なくとも彼らが自分を助けようとしていることは理解できたからだ。
とにかく一刻も早く、こんなところから逃げ出したい一心であった。
命からがら、とはこういうことを言うのだろうか。
少しずつ、戦の響きが離れていく。
視界を覆う涙を拭いたかった。自分は今どうなっているのかもわからない。とりあえずは、助かったのか。
否、現実は甘くない。
飛来した火炎の砲弾が至近に着弾し、激しい爆風を巻き起こす。カイトを抱える兵士もろとも、爆風に煽られて地に転がった。
だめだ。
早く逃げなければ。
死んでしまう。
殺されてしまう。
わかっているのに、激痛と息苦しさが力を奪う。立ち上がるのも億劫だ。
溢れる涙と鼻水に血が混じっていた。どれだけ空気を求めても、煙を吸い込んでいるみたいに苦しくなるだけ。
脳裏を過ったのは、死の一文字。
ちょっと待ってくれ。これは流石に夢だろう。夢に違いない。夢ならば覚めてくれ。
おかしいじゃないか。やっと異世界に来れたんだ。
だったら、もっとちゃんと戦えるはずだ。
無敵とは言わないまでも、それなりの力があって、美少女と出会って、仲良くなったりして。
「こんなはずじゃない……こんなはずじゃ、ないんだ……!」
こんなことがあってたまるか。
神でも仏でも、悪魔でも魔王でもいい。
「助けて……くれ……」
願いが聞き届けられることはない。
前線を突破した闇色の獣が一直線に向かってくるのが見えた。光のない瞳には、何が映っているのだろう。眼前に迫るのは、大きく裂けた口から覗く涎に塗れた鋭利な牙。
焦燥。嫌悪。恐怖。
叫ぶことすら叶わない。
「何をやっている! 逃げろ!」
誰かが勝手なことを言っている。
無理だ。できない。
痛いんだ。苦しいんだ。
こんなに辛い思いをしているというのに。
トラックに轢かれて、一思いに死んだ方がましだった。
全てを諦めて、カイトは固く目を瞑る。
死は間近。
まもなく訪れた激しい衝撃が、カイトの意識を消し飛ばした。
これは夢でも妄想でもない。
ファンタジーじみた異世界に、厳然と横たわる現実である。
「くそっ! 衛生兵! 早くしろ!」
耳元で聞こえているはずの大声も、遠い彼方の響きであった。
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